音楽ディストリビューションの米ジ・オーチャードが日本でのビジネスを本格化させる。同社は40以上の国・地域に拠点を持ち、各地域での配信状況をタイムリーに把握してマーケティングに活用できるプラットフォームを持つ。サブスクリプション(サブスク)型の音楽ストリーミングサービスは国内でも拡大しているが、プロモーションなどでの新たな活用も進みそうだ。
米ニューヨークに本社を構えるジ・オーチャードが日本支社を開設し、8月から営業を始めた。1997年創業のジ・オーチャードは、インディーズレーベルなどの音源を中心に音楽や映像コンテンツを配信してきたが、韓国出身で世界的に人気のグループであるBTS (防弾少年団)や、英国のアーティスト、ジョルジャ・スミスなどの音源も配信している。現在は米ソニー・ミュージックエンタテインメントの100%子会社で、米国、英国、フランス、ブラジルなど、40以上の国や地域に拠点を持つ。今後日本でも独自に契約アーティストや音楽レーベルを発掘して事業を拡大する。
ジ・オーチャードに音楽や映像データを預けると、米アップルの「Apple Music」やスウェーデンの「Spotify」といった音楽配信サービスでの音源配信などを代行してくれる。
大きな特徴は、詳細な音源の管理機能を持ち、配信データをマーケティングに活用できること。配信曲がどの地域でどのDSP(Digital Sales Provider、配信事業者)でどのように聴かれているかがタイムリーに分かるため、音楽の再生回数が伸びている地域で音楽宣伝を強化してヒットにつなげる、といったマーケティング施策がとりやすくなる。「日本の女性アイドルの曲が、例えば南アメリカのあるDSPで聴かれているということがリアルタイムに分かる」と話すのは、ジ・オーチャード・ジャパンのヴァイス・プレジデントである金子雄樹氏。「南アメリカで再生回数が増えたことが分かれば、では北アメリカはどうだろう、とデータを見たり、他の地域に売り込みをかけたりできる」(金子氏)。
もう1つの強みはプロモーションが打ちやすいこと。同社は営業部隊も抱えており、世界に展開する拠点ごとにさまざまなプロモーションができる。「日本のアーティストがヨーロッパツアーをするときは、ヨーロッパにこういうアーティストが行くので支援してくれないかと現地のスタッフに呼びかけることもできる」と金子氏。「こういう曲がアジアで受けるなら、こういうマーケティング展開をしようというような動きもサポートできる」(同)。デジタル配信に加えて、CDを流通させる仕組みを持っており、国内盤でも海外に流通できる。日本から海外に売り込みたいアーティストや音楽レーベルなどにとっては、グローバル展開に活用できる強力なマーケティングツールにもなり得る。
サブスク拡大、変わるマーケティング
国内の音楽ディストリビューションサービスには、TuneCore Japan(東京・渋谷)などがある。ディストリビューションサービスを活用するメリットは、一つの流通プラットフォームを使うだけでさまざまな音楽配信サービスに音源を配信できること。ジ・オーチャードは「どのプレイリストに加えられたか、どのエリアの人に聴かれているかまで詳細に把握できる点が他社にはない強み」と金子氏。サービスを利用すれば、今何が聴かれているかを把握しながらマーケティング戦略を策定できるようになる。音楽CDを買わせるマーケティングから、サブスクで聴いてもらうためのマーティングへ――サブスク型の音楽ストリーミングサービスではジャンルやテーマなどでCDのアルバムのように並ぶプレリストを通じて音楽を楽しむ。そのためヒットを生み出すには、お気に入りのプレイリストにどうやって曲を入れてもらうかが重要になる。
iTunesやSpotifyに加えて、米アマゾンや米グーグルなどが利用者拡大を競うサブスク型の音楽ストリーミングサービス。世界市場でみると有料で利用する人は2018年末時点で2億5500万人だった(国際レコード産業連盟〈IFPI〉調べ)。日本レコード協会によれば国内でも利用者は増えており、2018年のサブスク型の音楽ストリーミングサービス売上金額は前年比133%の349憶円。音楽配信の645億円のうストリーミングの割合は54%となり、ダウンロードの40%を初めて上回った。日本音楽著作権協会(JASRAC)が5月に発表したインタラクティブ配信(ネット配信)の徴収額でも、サブスク型の拡大は見て取れる。2018年度の配信実績は前年度比で34.2%拡大し、190.5億円となった。うち音楽配信は92.2億円、57.1億円がサブスク型によるものだ。
サブスク型の音楽ストリーミングサービスの利用は今後も拡大する見込み。利用者が視聴したデータ情報に基づく音楽マーケティングは、ヒット作りに欠かせないものになってくる。ジ・オーチャードはまず「独立して何かをしたいアーティストや音楽レーベルを広くターゲットとして日本での事業を拡大する」(金子氏)としている。今後こうしたサービスの利用拡大とともに、音楽マーケティングの手法も大きく変化しそうだ。
(写真/吾妻拓)