「考えた人すごいわ」「これ、半端ないって」――ちょいダサのネーミングと考え抜かれた極上の食パン。そのギャップが全国にベーカリーの繁盛店を生んでいる。仕掛け人はベーカリープロデューサーの岸本拓也氏。笑えるちょいダサ路線という独自マーケティングで人気ベーカリーを増殖させる手法を探る。
ダサいですか? 実はそこが狙いです
「本日はお忙しい中、『まじヤバくない?』の内覧会にお越しいただき、ありがとうございます」
女性司会者のアナウンスで、高級食パン専門店「まじヤバくない?」の内覧会が幕を開けた。粉ものグルメが数多い群馬県の中でも、高崎はおいしいパン屋が軒を連ねる激戦区。近くには生食パンの有名店「乃が美 はなれ 高崎店」もある。2019年4月18日に開催された内覧会は注目を集め、地元紙の記者やグルメブロガーなど多くのメディアが集まったが、真顔で語られたその変な店名に吹き出す人は、1人もいなかった。
このパン屋をプロデュースしたのは、ジャパン ベーカリー マーケティング代表の岸本氏。外資系ホテルでベーカリーショップのマーケティングなどを担当した後、20代後半で退職して横浜の大倉山にベーカリーカフェ「TOTSZEN BAKER'S KITCHEN(トツゼンベーカーズキッチン)」を開業する。2011年にはベーカリーのコンサルティング業務をスタート。現在計画中の案件を含め、全国100店舗以上のユニークなベーカリーを手がけている。
高級食パンブームもあって最近注目を浴びている“変な名前のパン屋さん”は、大半を岸本氏が名付けた。その実績を振り返ると、前出の「まじヤバくない?」という問いかけ系の他、「午後の食パン これ半端ないって!」(相模原市)、「うん間違いないっ!」(東京都中野区)、「考えた人すごいわ」(東京都清瀬市ほか)、「もはや最高傑作」(熊本市)などの褒めちぎり系、さらに長年夢見たベーカリー開業に向けて、退職したオーナーの思いを店名にそのまんま使ったという「松本幸司の世界観」(広島市)、果ては「日本列島パン食い協奏」(千葉県松戸市)といったダジャレ系まで、一度聞いたら忘れないユニークな店名がズラリと並ぶ。
町で人気のベーカリーの店名を見てみると、「ブランジェリー○○」などの横文字ものや、「○○堂」といったレトロ風味のネーミングが少なくない。凝ってはいるが、あくまで“真顔”。ため口で話しかけてくるような笑えるネーミングは、新機軸といえるだろう。ただしそのネーミングから想像するイメージは、おしゃれな雰囲気を漂わせるようなパン屋でないことは確かだ。
ネーミングだけではない。持ち帰り袋などにあしらったロゴもかなりクセがすごい。例えば高崎の「まじヤバくない?」の紙袋には、顔が群馬県の形になったおじさんが、親指を突き出して「グー」のボーズをしたイラストが。この店のコンセプトは「北関東を盛り上げるベーカリー」で、「YES!北関東」の文字がまぶしく光る。失礼ながらちょっとダサい。その点を指摘すると、岸本氏は笑いながらこう説明する。
「ダサいですか? 実はそこが狙いです。オシャレ一辺倒ではない“崩しの美学”とでもいうのかな。店名を聞いただけで、まず、『いったい何の店?』と思ってもらえる。そのため『まじやばくない?』では、看板のどこにも何を売っている店なのか、ひと言も書いていません」(岸本氏)