2019年6月10~13日にイスラエルのテルアビブで開催された、世界最大規模のモビリティ系スタートアップの祭典「エコモーション(EcoMotion)」。“中東のシリコンバレー”と称されるイスラエルで産声を上げた注目のスタートアップや、モビリティ分野の最新動向を専門家がリポートする。

出典/エコモーション2019公式サイトより
出典/エコモーション2019公式サイトより

 自動運転車両の“目”となる画像処理チップを手掛けるモービルアイ(Mobileye)や、相乗りサービスで急成長しているヴィア(Via)など、自動運転やスマートモビリティ分野で、最先端技術を擁するスタートアップを数多く輩出してきたイスラエル。政府が主導している先進モビリティの展示会「エコモーション」では、イスラエル発のスタートアップと世界の大企業のマッチングを促し、海外進出および海外投資を引き出す狙いがある。

 7回目の開催となる19年は、「自動運転&コネクテッド」「都市モビリティ」「シェア・モビリティ」「ドローン&航空」「海上モビリティ」といった分野で展示や講演を実施。イスラエル国内外から341のスタートアップを含む実に1375社が集結し、日本の自動車メーカーや部品メーカーも多数参加している。18年に続き、エコモーションを視察した世界最大のアクセラレーター/ベンチャーキャピタルPlug and Play日本法人でモビリティ分野を担当する江原伸悟ディレクターに、現地の様子やモビリティの最新動向を聞いた。

展示会場では、イスラエルの注目スタートアップがひしめく(出典/エコモーション2019公式サイトより)
展示会場では、イスラエルの注目スタートアップがひしめく(出典/エコモーション2019公式サイトより)

「AUTO-SHIYORI(お年寄り)」技術に注目

出典/エコモーション2019公式サイトより
出典/エコモーション2019公式サイトより

 まず、江原氏が注目したのは、19年のエコモーションの協賛パートナー。プラチナパートナーとなった米ゼネラル・モーターズに加え、ゴールドパートナーとしてルノー・日産・三菱アライアンス、Honda Xcelerator(ホンダ エクセラレーター)、SOMPOデジタルラボ・テルアビブ、シルバーパートナーとして独メルセデス・ベンツや独フォルクスワーゲングループなどが参画しており、大手自動車メーカーなどが軒並み積極姿勢であることが分かる。

 加えて、フランス国鉄(SNCF)や、英石油メジャーBP傘下の投資会社・BPベンチャーズがシルバーパートナーに名を連ねるなど、モビリティ分野で広くイスラエルへの注目度が高まっていることがうかがえる。「モビリティ分野ではスタートアップの争奪戦が過熱しており、投資する側の大企業やベンチャーキャピタルもイスラエルに出向いて積極的にアピールする必要が出てきた」と、江原氏は話す。

 そして数多くの講演が行われた中では、損害保険大手SOMPOホールディングスのデジタル戦略を担うSOMPOデジタルラボ・テルアビブによるアイデアコンペの結果発表が目を引いたという。SOMPOデジタルラボは、高齢者の交通事故を削減するための取り組みを「AUTO-SHIYORI(お年寄り)」と銘打ち、連携できるスタートアップを半年前から公募していた。最終選考を経て採択されたのが、コンティニューズ・バイオメトリクス(ContinUse Biometrics)と、モービルアイ(Mobileye)の2社。いずれもイスラエル発の企業だ。

SOMPOホールディングスのグループCDO執行役常務、楢﨑浩一氏によるプレゼンテーション(写真/江原氏)
SOMPOホールディングスのグループCDO執行役常務、楢﨑浩一氏によるプレゼンテーション(写真/江原氏)

 特に面白いのが、コンティニューズ・バイオメトリクスの取り組み。同社はセンシング技術のスタートアップで、自動車メーカー向けのスマートセンシング技術などを提供している。今回SOMPOデジタルラボに採択された案は、ドライバーの生体反応(心拍数や呼吸数、血圧など)をレーザーにより非接触でセンシングするというものだ。例えば、運転中にドライバーの体の異常を検知し、クルマを自動で止めるなどの活用が考えられる。

 「車載カメラでドライバーをモニタリングする技術もあるが、欧州のGDPR(EU一般データ保護規則)といった個人情報保護の動きが強まる中で、カメラの撮影情報を生かす方式は自動車メーカーにとって逆にリスクにもなり得る。そのため、レーザーを使うコンティニューズ・バイオメトリクスのように非カメラの技術が有望視されている」と、江原氏は解説する。

 一方、今年のエコモーション全体を俯瞰(ふかん)すると、18年に引き続き自動運転&コネクテッド分野での参加が多かったという。その中では、自動運転の制御や安全関連の技術だけではなく、車内体験をリッチにするサービス分野での技術提案が増えているのがトレンドだ。「自動運転で移動自体を提供するのは、どの自動車メーカーでもできる。その先で、ブランド価値を表現していくにはエクスペリエンスをいかに提供できるかがカギ。それに応えるモビリティ系スタートアップが多かった印象」(江原氏)という。

サイレンティウムが開発した「パーソナルサウンドバブル」(出典/エコモーション2019公式サイトより)
サイレンティウムが開発した「パーソナルサウンドバブル」(出典/エコモーション2019公式サイトより)

 イスラエル発のサイレンティウム(Silentium)が好例だ。同社が提供する車内システム「パーソナルサウンドバブル」(上写真)は、天井に個別のスピーカーを設置し、隣に座る同乗者がそれぞれ好きな音楽を流しても互いに干渉せず、音楽に没頭できるというユニークな技術。例えば、相乗りサービスの車両に搭載すると個人の空間をつくり出せるから、よりリッチな車内体験につながるというわけだ。

 また、エンジン音がない電気自動車で、最大の騒音といえるのが、路面からのタイヤノイズや振動音、風切り音。パーソナルサウンドバブルの技術は、これらを低減するノイズキャンセリング技術にもつながる。江原氏によると、同技術は航空会社との間でも導入の話が進んでいるという。飛行機のファーストクラスやビジネスクラスで、ヘッドホンを使わずに過ごす快適空間が生まれるかもしれない。

イスラエル発、注目企業5選

 引き続き、エコモーション2019でPlug and Play日本法人でモビリティ分野を担当する江原氏が見つけた、最新のイスラエル発スタートアップを挙げていこう。

オットピア(Ottopia )

出典/Ottopiaホームページより
出典/Ottopiaホームページより

 自動運転車両を遠隔操作するオペレーションシステムを展開するスタートアップで、エコモーション2019の外会場でデモンストレーションを行った。同社がユニークなのは、クルマに専用モジュールを後付けするだけで市販車を自動運転車に転用できるキットを提供する点。これを装着した車両に対しては、例えばドライバーの体調不良時などに遠隔で車両を移動できたり、歩行者の急な飛び出しを察知して遠隔操作でブレーキを踏んだりと、“人力アシスト”で自動運転時の安全精度を上げることができる。

 同社は19年6月18日、日本のデンソーと提携。自動運転車の直接、間接的な遠隔操作を可能にする「アドバンスド・テレ・オペレーション(ATO)プラットフォーム」の立ち上げを発表した。人間のオペレーターとAI(人工知能)を併用することで、複数の自律走行車を効率的にアシストできるようになるという。「自動運転の社会実装に当たっては、統合制御・監視するオペレーションセンターが重要な役割を果たすといわれており、オットピアへの関心は今後も高まりそう」(江原氏)。

オットピアのデモの模様。同社の担当者が遠隔でクルマを操作して見せたという(出典/エコモーション2019公式サイトより)
オットピアのデモの模様。同社の担当者が遠隔でクルマを操作して見せたという(出典/エコモーション2019公式サイトより)

オーロララボ(AURORA LABS)

 自動車の車載ソフトウエアを開発するスタートアップ。今後、コネクテッドカーや自動運転車が普及すると、ソフトウエアのアップデートが頻発することに着目している点がユニークだ。というのも、ソフトウエアのアップデート時にバグがあった場合、1つ前のバージョンへ戻すには、通常クルマを止めて再起動する必要がある。だが、高速道路での走行中に急停車するわけにいかないから、重篤なバグの場合、トラブルに発展することが懸念される。

 そこでオーロララボが提供するシステムの出番だ。同社は、ソフトウエアのアップデートと前のバージョンへの復元をシームレスに行い、「走行中」でも再起動できるようにする「セルフヒーリングソフトウエア」を開発している。クルマのソフトウエア化が進む中で、必須のシステムになり得る存在だろう。

出典/AURORA LABS ホームページより
出典/AURORA LABS ホームページより

オートトークス(Autotalks)

 独自開発の通信用チップを介して、車両同士、信号機などのインフラ機器、歩行者と無線でつなぐ、V2X(ビークル・ツー・エックス)技術を開発しているスタートアップ。ビル街の交差点など、視界不良の場所でもオートトークスの通信チップを搭載した車両や歩行者同士なら互いの位置を把握できるため、衝突を防げるというわけだ。

 同社にはトヨタ自動車などが出資しており、スパークス・グループが運用する未来創生ファンドが17年に約5億5000万円を出資して話題を呼んだ。

出典/エコモーション2019公式サイトより
出典/エコモーション2019公式サイトより

イスラエルはサイバーセキュリティーに強み

 イスラエルでは、軍事テクノロジーを転用したスタートアップが多いことも特徴だ。イスラエルのユダヤ人市民は18歳に到達した段階で男女ともに2~3年の兵役が課されることもあり、幹部にイスラエル軍出身者がずらり並ぶ企業も珍しくない。江原氏によると、「サイバーセキュリティーの技術がとても高い」という。

 モビリティ分野でいえば、ネットワークを介して様々なデータを集積するコネクテッドカーは、サイバー攻撃の危険性と隣り合わせともいえる。実際に19年4月には独ダイムラーが展開するカーシェアリングサービス「car2go」で、米国シカゴに配置した車両がハッキングされ、最大100台が盗難されたという事件も発生している。「例えば、メルセデス・ベンツやレクサスといった高級車でハッキング被害が発生すると、ブランディングにかかわる大問題。そのため、サイバーセキュリティー分野への自動車メーカーの関心は高い」と、江原氏は話す。

 こうした背景がある中で、江原氏がピックアップしたのが下の2社。いずれもサイバーセキュリティー系のイスラエル企業だ。

ガードノックス(GUARD KNOX)

 同社は、イスラエル空軍にソフトとハード両面で戦闘機やミサイル防衛システム向けのサイバーセキュリティ技術を提供している企業。その実力を自動車業界でも生かし、特許技術を用いて車両のすべての情報を保護し、あらゆる攻撃から防御するとうたう。同社の経営陣はイスラエル空軍出身者で占められており、例えばCTOのディオニス・テスラ―氏は、空軍の最高情報セキュリティー責任者(CISO)を務めた人物だ。

 自動車業界では、すでにポルシェグループやダイムラーとも連携しており、今後日本の自動車メーカーとの取り組みも進むかもしれない。

出典/GUARD KNOXホームページより
出典/GUARD KNOXホームページより

レギュラス(REGULUS)

 レギュラスは、インターネット接続型ではなく、GPSや準天頂衛星などの総称であるGNSS(全球測位衛星システム)や、リモートセンシング技術のライダー(LIDAR)といったセンサー入力型のサイバー攻撃を対象としているのがユニークな点だ。

 これらのセンサーの盲点は、“なりすまし”に弱いことであり、それに対抗するセキュリティーシステムをレギュラスは開発している。例えば、GPSデータをハッキングすると、実際には自動運転車が交差点に差し掛かっていないのに、その手前で右折させるといったことが可能になる。悪意があれば、重大事故に発展するのは言うまでもない。同社は米テスラの市販車でGPSデータのハッキングが可能であることを実証しており、業界で大きな反響を呼んだ。

 「モビリティのサイバーセキュリティーは、いたちごっこの面があるので『どこまでやればいいのか』という問題はあるが、高級車メーカーにとっては見過ごせない分野。もちろん、自動運転時代にも重要な技術となるから、レギュラスの注目度は今後も高まるだろう」(江原氏)という。

テスラのモデル3で実験を行った(出典/REGULUSホームページより)
テスラのモデル3で実験を行った(出典/REGULUSホームページより)
テスラのオートパイロットモード時にGPSのハッキングを行い、設定されたルートより手前で右折する指示を出し、実際にそのような誤作動を人為的に生み出せることを証明した(出典/REGULUSホームページより)
テスラのオートパイロットモード時にGPSのハッキングを行い、設定されたルートより手前で右折する指示を出し、実際にそのような誤作動を人為的に生み出せることを証明した(出典/REGULUSホームページより)
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