世界に先駆け、東京に誕生したデジタルアートミュージアムが2019年6月21日、開業から1周年を迎えた。入館者数は約230万人。うち半数が訪日外国人客とみられ、世界160カ国以上から詰めかけた。美術館としては国内有数となる、圧巻の集客力が明らかになった。

平日でも開館前には長蛇の列ができる。そのほとんどが外国人客だ
平日でも開館前には長蛇の列ができる。そのほとんどが外国人客だ
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 新橋と豊洲を結び、東京のベイエリアをひた走る、ゆりかもめ。列車が青海駅に到着すると、外国人客がどっと降りる。

 一目散に向かうのは、お台場のシンボルである大観覧車ではなく、その真下。ここに、世界初のデジタルアートミュージアムこと、「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless(森ビルデジタルアートミュージアム:エプソン チームラボボーダレス)」がある。

 ミュージアムを運営するのは、大手デベロッパーの森ビルと、ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」。東京レジャーランドの跡地を改装し、延べ床面積約1万平方メートルの圧倒的なスケールで華々しくオープンしたのは、18年6月21日だった。

 開業から3カ月は、前売りチケットが連日完売。その勢いは、全く衰えず、開業5カ月余りで100万人を集め、1年で230万人まで積み上げた。東京国立博物館や金沢21世紀美術館と初年度から肩を並べる、異例の入館者数を記録したのだ。

 特筆すべきは、その半数が訪日外国人客だったこと。最も多かったのは、米国。外国人客の27%を占め、以下、豪州(10%)、中国(9%)、タイ(6%)、カナダ、イギリス(いずれも5%)と続く。本来、数で勝るはずのアジア客よりも、欧米客のほうが多いという “逆転現象”が起きた。すべての国名を足し合わせると、160カ国以上。五大陸を制覇しただけでなく、世界の約8割の国をカバーするに至った。

開業1周年を記念し、エントランスに巨大な世界地図を設置。居住国にシールを張ってもらうと、米国が抜きんでて多かった
開業1周年を記念し、エントランスに巨大な世界地図を設置。居住国にシールを張ってもらうと、米国が抜きんでて多かった
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 「以上」と表現しているのには理由がある。実は、国名の集計を取り始めたのは19年2月16日から。しかも、公式サイトでチケットを買った人のみをカウントしており、160カ国をはるかに上回っている可能性は高い。

 実際に平日、休日を問わず、今なお、午前10時の開館前には、数百人が列をなす。ざっと見たところ、そのほとんどが外国人で、国籍はバラバラだ。入場待ちの列はエントランスの階下まで延び、路上まで延々と続く。

開業から1年を経てもなお、待機待ちの列は路上まで延びる
開業から1年を経てもなお、待機待ちの列は路上まで延びる
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 開業効果は、周辺にも波及した。青海駅の乗降客数は、前年比で1.5倍、隣接する商業施設「ヴィーナスフォート」の入館者数は1.2倍に膨らんだ。1館にとどまらず、東京のベイエリア全体に客を呼び込み、回遊性を大きく高めたという点では、近年でまれに見るヒット施設と言えよう(関連記事「東京ミッドタウン日比谷、チームラボ ボーダレスが新名所に名乗り」)。

チームラボ ボーダレスの開業により、青海駅は外国人の利用が急増。乗降客数が前年比で1.5倍に増えた
チームラボ ボーダレスの開業により、青海駅は外国人の利用が急増。乗降客数が前年比で1.5倍に増えた
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 米国のヒップホップアーティスト、スウィズ・ビーツ(Swizz Beatz)とナズ(Nas)が館内でミュージックビデオを撮影し、令和初の国賓として来日したメラニア・トランプ米大統領夫人が訪れるなど、海外からの注目度は高まる一方だ。

なぜ集客に成功したのか

 なぜ、短期間でこれほど多くの外国人客を集められたのか。世界でデジタルアートを発表してきたチームラボの知名度によるところも大きいが、同ミュージアムの杉山央企画運営室長は「世界に類のない、全く新しいミュージアムだから」とその理由を口にする。

 「チームラボ ボーダレス」という名の通り、館内に広がるのは「ボーダレス」な世界。作品と作品を隔てる境界はなく、広大な空間すべてをスクリーンに見立て、デジタルアートが縦横無尽に動き回り、時に交じり合う。

 順路も地図もない。薄暗い空間の中、現れては消えるアートを追って、入館者自身がさまよい、探索し、発見する。迷路のように入り組んだ隘路(あいろ)を進むと、突如として視界が開け、目の前を雄大な滝が流れ落ちる。その幻想的な光景に見とれるもよし、さらに歩みを進めるもよし。心ゆくまで没入できる体験型のコンテンツが、国境や言葉をも超えた。

館内を入ると、花が咲き乱れる迷路のような道が続く
館内を入ると、花が咲き乱れる迷路のような道が続く
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流れ落ちる滝をバックに、多くの人々が記念撮影に興じていた
流れ落ちる滝をバックに、多くの人々が記念撮影に興じていた
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 外国人客をうならせたのは、演出の力も大きい。最先端のアートに見えて、実は、日本の四季や伝統芸能が巧みに表現されている。

 館内を彩るのは、日本の四季と連動した里山の風景。春は桜が咲き乱れ、夏は青々とした稲が生い茂る。秋は稲穂が実り、冬はツバキが花開く。人の存在に共鳴して光を広げる「ランプの森」も、季節によって色彩が変わる。

「ランプの森」は、人の存在を感じて光の色が変わる。それが周囲のランプにも伝播(でんぱ)し、幻想的な光が広がる
「ランプの森」は、人の存在を感じて光の色が変わる。それが周囲のランプにも伝播(でんぱ)し、幻想的な光が広がる
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 江戸時代の絵師、伊藤若冲の屏風絵を、立体的な映像作品として昇華させた他、浮世絵の技法で瀬戸内海の渦潮を描画。さらには、「日本最古の漫画」と評される鳥獣戯画をモチーフに、ウサギやカエルが阿波踊りを繰り広げるデジタルアートを展開した。日本の伝統をテクノロジーの力でよみがえらせた「動く時代絵巻」の数々が、海外客の心をわしづかみにした。

 一服の茶をたてると、器の中から無数の花が生まれ続ける「EN TEA HOUSE」や、指先で漢字に触れると、その字が持つ意味が映像となって目の前に広がる「漢字アート」など、現代に息づく日本文化にも、楽しく触れられる。

 「運動の森」と題したエリアでは、体を動かしながら、立体的な思考を育める。そこに広がるのは、山や谷を表現した起伏に富んだ斜面。自らが描いた生き物が解き放たれ、“野山”を駆け回りながら、自然界の食物連鎖を目の当たりにできる。トランポリンも、ただ置かれているだけではない。飛び跳ねれば、時空が歪む映像が広がり、星の一生を追体験できる。言葉に頼らず、五感に訴える演出を施し、家族で楽しめるようにしたことで、幅広い世代を取り込むことに成功したのだ。

 こうした唯一無二のアート空間を形にするため、舞台裏では520台のコンピューターと470台のプロジェクターが稼働している。「10年前では実現できなかった最先端のデジタル技術を多く入れた。“現代アート中の現代アート”を目指した」と杉山氏は自負する。

日本を代表するデスティネーションに

 森ビルは、なぜ異業種であるチームラボと共に、新たなミュージアムを立ち上げたのか。そこには、東京を世界一の都市に押し上げるという目標があった。「東京から世界へ文化、アート、テクノロジーを発信し、東京の磁力を向上させたかった」と杉山氏は振り返る。

 都市の磁力とは、世界から人、モノ、カネ、情報を引き寄せられる力だという。「現代は都市の時代と言われている。都市間競争が激しくなる中で、東京が世界から選ばれるためには、都市の磁力を高めることで、イノベーションや新しいライフスタイルが生まれるようにしなければならない」(杉山氏)。

 磁力を高めていくためには、都市の総合力を高める必要がある。しかし、森ビルのシンクタンクである森記念財団が毎年発表している、その名も「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」では、東京は英ロンドン、米ニューヨークに次ぐ、3位が定位置となっていた。

 「研究や開発、経済に強みがある一方、文化と交流の力が弱いという結果が出た」(杉山氏)。そこで範としたのが、首位を独走するロンドンである。12年に五輪を開催して以降も、年々スコアを伸ばしていた。美術館や博物館といった文化的施設が集積し、アートを積極的に発信したことで、都市に厚みが加わったという。

 東京にも、世界から人々が集うデスティネーション(目的地)となり得る場所が必要だ。そう考え、世界各地で斬新な企画展を開催してきたチームラボと手を組み、この世に二つとない、アートとテクノロジーが融合した世界をつくり上げたのだ。

 実際、この戦略は見事にはまった。森ビルが入館者に対してアンケート調査を実施したところ、訪日外国人客の半数がこのミュージアムを目的に来日したと答えた。「日本の新たなデスティネーションになる」という目標は、開業1年で、早くも達成されたと言える。

完全新作の投入を明言

 20年の東京五輪・パラリンピックに向け、日本を訪れる外国人はさらに増えるだろう。ましてや、このミュージアムは、五輪会場に程近い東京のベイエリアにある。さらに多くの観光客が詰めかけるのは、想像に難くない。

 杉山氏は「何度来ても新たな発見や変化を体験できるよう、既存作品をアップデートし、全く新しい作品の追加もこれから発表する」と、さらなるてこ入れを明言した。日本を世界に発信する拠点として、より多くの国から、より多くの人々が訪れる、「ボーダレス」なミュージアムを目指し、アートの世界の探索は続く。

(写真/酒井大輔)