動画配信の米Netflix(ネットフリックス)が、2019年5月から「高音質オーディオ」と銘打ち、一部コンテンツの音質を大幅に向上させた。このタイミングで同社が「音の価値」を訴求する背景には、動画配信サービスの競争激化がある。ユーザー体験の向上で他社との差異化を図る考えだ。

Netflixの新たな試みは、他のコンテンツプラットフォーム事業者だけでなく、映像・音響機器のメーカーからも注目されている
Netflixの新たな試みは、他のコンテンツプラットフォーム事業者だけでなく、映像・音響機器のメーカーからも注目されている

スタジオ品質の音声を家庭に届けるという挑戦

 Netflixはオリジナルコンテンツの制作・配信に早くから注力してきた動画配信プラットフォームだ。同社はこれまで、動画品質を高めるHDR(ハイダイナミックレンジ)や、モバイル端末に最適化した画質で配信する「アダプティブストリーミング」などの技術を積極的に導入することで他の動画配信サービスとの差異化を図ってきた。

 今回追加された「高音質オーディオ」は、5.1チャンネル、およびドルビーアトモス対応のオーディオ機器で、コンテンツをより“いい音”で楽しめるようにするものだ。

 Netflixが高音質オーディオ機能を開発した背景には、大きく2つの理由がある。1つは「ユーザーに最高のコンテンツ体験を届けるため」。もう1つは「音質に対するクリエイターの問題意識と期待の高まりだった」と同社プロダクション・サウンドテクノロジー マネジャーのスコット・クレイマー氏は話す。

Netflixが新たに投入した高音質オーディオの背景と狙いについて、スコット・クレイマー氏にビデオ会議でインタビューした
Netflixが新たに投入した高音質オーディオの背景と狙いについて、スコット・クレイマー氏にビデオ会議でインタビューした

 Netflixオリジナル作品「ストレンジャー・シングス 未知の世界 2」の監督兼プロデューサー、脚本家でもあるダファー兄弟が、一般家庭のリビングに近い環境で自身の作品を視聴した際、いつもスタジオで体験する音声よりも品質が劣っていると気づいたのが17年のこと。そこからNetflixの開発者たちは「映像だけでなく、音声についてもクリエイターの意図に近い形でユーザーに届けたい」という思いを抱き、約2年をかけて今回の技術を練り上げてきたという。

一般的なユーザー環境ではクリエイターが意図する音声を再現できていないとダファー兄弟が指摘。そこから高音質オーディオの技術開発が始まった
一般的なユーザー環境ではクリエイターが意図する音声を再現できていないとダファー兄弟が指摘。そこから高音質オーディオの技術開発が始まった

 4Kやハイレゾなど、映像と音声のクオリティーにこだわる配信サービスには次世代通信規格「5G」が不可欠といわれているが、既存の4G LTEの技術をベースに“音のいいコンテンツ”を届けられるのが高音質オーディオ技術の特徴だ。ネットワークのトラフィック状況に合わせてオーディオのビットレートを自動で最適化しながら、ノイズや遅延を抑えた高品質な音声を実現しているという。

 たとえ低ビットレートでの配信時でも「ユーザーはスタジオ品質の音声を自宅で体験できる」とクレイマー氏は胸を張る。

新サービス普及の鍵を握る「ドルビーアトモス対応4Kテレビ」

 「約2年にわたって開発を続けてきた技術がようやく実を結んだ」とクレイマー氏。Netflixが全世界共通で公開しているコンテンツについては、19年5月の段階で既に高音質オーディオに対応している。今後公開される作品についても、高音質オーディオが採用されることは確実だ。

高音質オーディオは19年の5月からNetflixの全てのプランで対応。「プレミアム」プランならドルビーアトモスのコンテンツも視聴できる
高音質オーディオは19年の5月からNetflixの全てのプランで対応。「プレミアム」プランならドルビーアトモスのコンテンツも視聴できる

 従来のオーディオと高音質オーディオに明らかな差があるとなれば、5.1チャンネル、およびドルビーアトモス対応製品にとっては大きなセールスポイントになる。ドルビーアトモス対応が増えているスマートフォンやタブレットも、高音質オーディオが楽しめるとなればその魅力が増すだろう。クレイマー氏は「提供が始まったばかりだが、クリエイターとユーザーの双方から高く評価されている。対応デバイスの拡大も含め、Netflixではユーザー体験を向上させるあらゆる可能性について検討している」と語る。

Netflix プロダクション・サウンドテクノロジー マネジャーのスコット・クレイマー氏
Netflix プロダクション・サウンドテクノロジー マネジャーのスコット・クレイマー氏

 既に追い風は吹いている。ソニーとパナソニックが19年に発売する4Kテレビの上位機種に、テレビ単体でドルビーアトモスのオーディオ再生が可能なモデルをそろえるからだ。ホームシアターに必要な製品を買いそろえなくても高音質オーディオが楽しめるのは、ユーザーとしてもありがたい。

ソニーが19年に発売する4Kブラビアでは、写真の「A9G」を含む4モデルが、ソフトウエアアップデートにより内蔵スピーカーでのドルビーアトモスの立体音声に対応する
ソニーが19年に発売する4Kブラビアでは、写真の「A9G」を含む4モデルが、ソフトウエアアップデートにより内蔵スピーカーでのドルビーアトモスの立体音声に対応する

 ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツでソニー製テレビおよびオーディオ事業の中期商品戦略を担当するHES商品戦略室 部門長の長尾和芳氏は、「ソニーは大画面と高画質・高音質による臨場感で、ユーザーの映像体験を高めることを目指している。画質だけでなく、音質でも優れたコンテンツをより多くの人に楽しんでもらえる環境が整備されるのは喜ばしい」と述べている。

 ドルビーアトモス対応の高音質テレビに関しては、今後メーカー各社が注力していくのは間違いない。そうなればハードウエア(4Kテレビ)とソフトウエア(コンテンツ)の両輪がかみ合って、ホームシアター市場が再び活況を呈する可能性もある。

高音質オーディオの圧倒的な臨場感に言葉を失った

 その実力を測るべく、アルフォンソ・キュアロン監督の映画「ROMA/ローマ」を高音質オーディオで視聴した。

5.1chサラウンド音声は192kbpsから640kbps、ドルビーアトモスの立体音声は448kbpsから768kbpsの範囲で、トラフィック品質に合わせて自動的にビットレートを最適化する
5.1chサラウンド音声は192kbpsから640kbps、ドルビーアトモスの立体音声は448kbpsから768kbpsの範囲で、トラフィック品質に合わせて自動的にビットレートを最適化する

 物語の後半、海辺のシーンでは、打ち寄せる波の重低音が圧倒的だった。通常は「ザーッ」というノイズのように聞こえてしまう波の音が、高音質オーディオではリアルな環境音として聞こえる。家族の団らんのシーンでは、ささやくような会話が鮮明に聞き取れて思わず息をのんだ。

 5.1chサラウンド音声で視聴した後、もう一度同じシーンをドルビーアトモスの立体音声で再生してみると、空間の広がりがさらに豊かさを増しているのが分かる。高い所から打ち下ろしてくるような波音の迫力にはたじろいでしまった。「どうだ、これがサラウンドだ」と言わんばかりのわざとらしさはなく、自然と物語の世界に引きずり込まれる印象だ。

 画質・音質によるユーザー体験の向上は、Netflixが他社との差異化を図る強力な武器になるだろう。高音質オーディオを体験できる環境が一般に普及すれば、ニーズが顕在化してくるのは間違いない。

Netflixのオリジナル映画「ROMA/ローマ」も5.1chチャンネルとドルビーアトモスの音声で配信されている。高音質オーディオの効果がとてもよく分かる作品だ
Netflixのオリジナル映画「ROMA/ローマ」も5.1chチャンネルとドルビーアトモスの音声で配信されている。高音質オーディオの効果がとてもよく分かる作品だ

(写真/山本 敦)