2019年6月11日、集英社と講談社による共同プロジェクト「ジャンマガ学園」が卒業式(終了)を迎えた。22歳以下限定、2カ月間限定の漫画サイトに登録した生徒数(登録者数)は合計で104万6451人。短期間でこれだけの数の若者を集められた要因はシンプルに徹したことだった。
4月1日にまさかの告知、広告無し・課金無しが拡散を促進
「ジャンマガ学園」は、少年コミック誌「週刊少年ジャンプ」(集英社刊)、「週刊少年マガジン」(講談社刊)など5媒体で連載中の164作品が無料で読める漫画サイトだ。
このプロジェクトが週刊少年ジャンプ、週刊少年マガジンのTwitter公式アカウントで告知されたのは4月1日。この日はエープリルフールだけに、ライバル誌同士がタッグを組むというニュースに対して、ネット上には「ネタか?」「うそだろ?」の声が相次いだ。
「それぞれの公式Twitterが告知したとき、双方ともに4000を超えるリツイートがあり、約1万の『いいね』が付いた。その時点で既に若者に届いた手応えがあった」と話すのは、「ジャンマガ学園」のサイトの企画・制作を担当したパーティー(東京・渋谷)の中村大祐氏。「その1週間後の4月8日に発表会を開いて各メディアに露出したところ、開設から2日間で約30万人の登録があった」。
「ジャンマガ学園」の生徒数は、開設から3週間足らずで60万人、ゴールデンウイーク明けの5月7日には75万人に達している。またTwitterのジャンマガ学園のフォロワーも、開設から1週間で5000人を超えた。
「ジャンマガ学園」がそこまで生徒を増やせたのは、「漫画を読ませる」ことに目的を絞り込んだからだ。例えば、サイトの操作性はシンプルなものにこだわった。最初に年齢認証を済ませれば、以降はログインの必要もなく、すぐに漫画を読み始めることができる。また、複数の漫画サイトに共通する操作性をできるだけ取り入れ、普段はほかの漫画サイトを利用しているユーザーでも違和感なく操作できるようにしたとのことだ。
「サイトを訪れたとき、ログイン認証が必要だと分かると3分の2が離脱してしまう。漫画をたくさん読んでもらうには、かっこいいデザインより、サクサク読めることが重要。コンテンツ力は十分なので、できるだけシンプルなサイトにすることを心掛けた」と中村氏。「いまどきの若者にとって、書店まで出向いて単行本を買う、アプリをダウンロードした上で課金するといったことはハードルになっている。だからこそ『ジャンマガ学園』は無料ですぐに読み始められるようにした」。
加えて、マガジンポケット編集長の橋本脩氏は「毎日サイトに来てほしいとか、アプリに誘導したいとか、Twitterのフォロワーを増やしたいとか、それは制作側の都合。ユーザーがやりたいことではない。とにかく若者に漫画をたくさん読んでもらうのが『ジャンマガ学園』の目的。100万人という数字は結果として付いてきた」と語る。
少年ジャンプ+編集長の細野修平氏も、広告などによるマネタイズの仕組みがなかったことが拡散を促したと分析する。「『ジャンマガ学園』には、見たくないものを見せられる、やりたくないことをやらされるというストレスがない。自分が読みやすいと思ったものは人にも勧めやすい。友人に勧めた後、『変な広告を踏まされた』とか言われたら嫌じゃないですか」。
「みんなが漫画を読みたいことには疑いがない。それなら読ませてあげましょうと。サイトに来てパッと読んで、読み終わったら帰っていいよ、くらいの感じです」(橋本氏)
拡散にも“シンプルさ”を取り込んだ。各話の最後にはLINE、Twitterにリンクを貼るアイコンに加えて「リンクをコピーする」というアイコンを用意。「リンクをコピーする」でコピーされるのは各話のURLそのもので、メールなどで送られた人はリンクをクリック(タップ)するだけでその作品にたどり着ける。「直接リンク先のURLを貼って(LINEやTwitter以外の方法で)拡散された漫画も多いと思うが、それは制作側からは把握できない」(細野氏)
「ジャンマガ学園」に入学する際は年齢認証が必要だが、証明書の提示などはないため、いくらでも詐称できてしまう。最終的な生徒数104万6451人のうち、本当に22歳以下だったユーザーはどれくらいなのか。
橋本氏は「こういったサービスをやるといつも思うのですが、日本人は真面目なんですよ。詐称しない。詐称して入った人は本当に少なかった」と言う。「具体的な数値は示せないが、想像されているよりはるかに少ないと思う。年齢認証をシンプルにしたのも、そういう理由からです」。
日本人の真面目さについて中村氏は「年齢認証の際に23歳以上の年齢を(詐称することなく)入力して入学を拒否された人が40%ほどいる」と明かす。入学できた生徒は約100万人なので、70万人ほどが正直に年齢を入力して入学を拒否された計算だ。「22歳以下という条件があるので『自分は該当しない』とサイトに来なかった人も相当数いるはず」と中村氏は補足した。
あくまでもキャンペーン、収益性は度外視
集英社、講談社の両社にとって「ジャンマガ学園」は22歳以下の若者に漫画を読んでもらうためのキャンペーンなので、収益性は度外視しているという。しかし、サイトの制作、運営には当然コストが発生する。無料で作品を公開することに懸念はなかったのだろうか。
これについて橋本氏は「『ジャンマガ学園』は認知広告の一種だと思っている。啓蒙活動に収益性は求めない」と話す。「(ジャンマガ学園は)絶対に話題になるよね」「そうだね」で企画が通ってしまう社内文化があったと橋本氏。
実際のところ、「ジャンマガ学園」の宣伝効果は大きかったようだ。
同サイトでは、公開されている作品については無制限で読める。膨大な数の作品があるため、1つの作品を読み終えたら別の作品を読み始めるケースも多い。その一方で、続きを読みたいと思ったユーザーは無料漫画アプリの「少年ジャンプ+」「マガポケ」へのリンクをタップするのだという。
サイトの効果で、4月から5月にかけてはアプリのダウンロード数が増加したとのこと。あくまでも漫画を読んでもらうことをメインに置きつつも、それがアプリへの誘導にもつながったわけだ。
「『ONE PIECE』は連載開始(1997年)から20年以上たっている。作品を途中から読み始めた22歳以下の若者にとって、『ジャンマガ学園』は連載当初のエピソードを読むきっかけになった」と細野氏は言う。
「1冊500円ほどの単行本を買うのは、若い人には勇気がいる。お金を払って買った漫画がつまらなかったら目も当てられない。『ジャンマガ学園』は作品の面白さをあらためて伝えるとともに、(買っても大丈夫という)安心感を与えることができた」(橋本氏)
U22に刺さったイベント、刺さらなかったイベント
実験的なプロジェクトとも言える「ジャンマガ学園」では、読者参加型のイベントとして、6つの「学校行事」も用意した。その中の1つ、拡散のための仕掛けだった「マンガリレー」は苦戦したという。
「マンガリレー」は、好きな作品の第1話を読んで次の人につなぐというイベント。リレーをつなぐたびに集英社および講談社の電子コミック配信サイトで閲覧・購読に利用できるポイントや、1ポイント1円で利用可能な「LINEポイント」が賞品として手に入るという仕掛けだ。ポイントが欲しいユーザーが、友達同士で閲覧を促進し合うことを狙っていたが……。
「ユーザーは漫画を読みに来ているのであってポイントを集めることに興味はなかったようだ」と橋本氏は分析する。また中村氏は「参加者の間では盛り上がってくれたので可能性は感じたが、ユーザーの『読みたい』と『勧めたい』には大きな開きがあった」と言う。
逆に若者たちに刺さったのは、72作品の第1話を集めた電子コミック「少年ジャンマガ(全3681ページ)」で、約22万人がアクセスした。「中間・期末テスト」の問題は「少年ジャンマガ」に収録された作品からランダムに12問が出題されるため、「答えが分からないときは、その作品の第1話を読めるように導線を用意したのがアクセスにつながった」(中村氏)
若者に漫画を読んでもらう実験の場として成功を収めた「ジャンマガ学園」。目的を絞り込み、無関係なものを極力排除したことが100万人超の登録につながった。漫画という強いコンテンツがあればこそだが、「ジャンマガ学園」の取り組みは、若者にリーチしたいマーケティング担当者にとって学ぶべき点が多いように思う。
(写真/堀井塚高、写真提供/少年ジャンマガ学園製作委員会)