新事業や新商品開発にトライ&エラーは付き物だ。しかし、事前にアイデアの価値を評価できれば、開発期間を短縮できる可能性がある。そんなニーズに応え、独自ツールでアイデアの価値を定量評価できるとうたうVISITS Technologiesの松本勝CEOが登場したイベントに参加した。

アイデアの価値を定量評価できるツール「ideagram」を提供するVISITS Technologies(東京・港)の松本勝CEO(最高経営責任者)。アイデア創出から新規事業化までのスピードが6倍になった例もあるという
アイデアの価値を定量評価できるツール「ideagram」を提供するVISITS Technologies(東京・港)の松本勝CEO(最高経営責任者)。アイデア創出から新規事業化までのスピードが6倍になった例もあるという

 イノベーションを目指す上で、社員などから出てきたアイデアの価値を客観的に評価し、実現可能性や将来性を見極めたい……。

 そんなニーズに応えるユニークなツール「ideagram」を提供しているのが、VISITS Technologies(東京・港)というスタートアップだ。ゴールドマンサックスで培った知見などを生かし、AI(人工知能)を活用した投資ファンドを設立し名を馳せた松本勝氏がCEO(最高経営責任者)を務める。ideagramで今度はイノベーションを実現したい企業からの注目を集めている。そんな松本氏が5月29日開催の「テクノロジーNEXT 2019」に登壇。「イノベーション実現のカギは、共感度の高いニーズの発見にある」と語った。

 日本ではイノベーションを「技術革新」と訳し、テクノロジーの視点からイノベーションを捉えることが多い。だが、本来のイノベーションは今まで組み合わせたことがないニーズとシーズの組み合わせであり、新しい価値を創出する「新結合」を意味する。

 ニーズには「あなたの困っていることは何か」を尋ねた時に答えが得られる顕在ニーズと、得られない潜在ニーズがある。「顕在ニーズと既存シーズ」「顕在ニーズと新規シーズ」「潜在ニーズと既存ニーズ」「潜在ニーズと新規シーズ」の組み合わせで生まれる新しいソリューションは、すべてイノベーションと呼べる。

 デザイン思考とは、イノベーションの源泉となるアイデアを生み出す思考プロセスに他ならない。そのプロセスは「共感」「問題定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」の5つのステップに分解できる。

 ここで重要なのは、「プロセスが共感から始まることにある」と松本氏は強調する。「誰がどんなことに困っているか」に気付かなければ、潜在ニーズを顕在ニーズに変えることができない。共感力は潜在ニーズの発見に役立つ。

 デザイン思考から生まれた製品として知られるアップルのiPodや任天堂のWiiは、それぞれ「友人の電車通勤を楽しいものにしてあげたい」「親子のコミュニケーションが生まれるようにしたい」という共感を形にした例だ。優れたデザイナーが共感からアイデアを発展させ、創り出した製品やサービスは、ヒットする確率が高い。

アイデアを磨くカギは「統合思考」

 共感力が高い優秀なデザイナーは、皆「私たちのビジネスのお客様はどんな人たちか」「その人たちにどんな気持ちになってほしいか」を表現することに長ける。もしエキセントリックなアーティストをイメージし、デザイナーが組織の和を乱す存在と考えるのであれば、それは誤りである。「優秀なデザイナーは、いいチームワーカーであり、いいマーケターでもあり、いいソリューション営業でもある」と松本氏は話す。

 アイデアをより良いものにするための方法が、現在共存できていないニーズ同士を組み合わせ、より強いニーズにする「統合思考」である。

 松本氏によれば、統合のポイントは3つある。第1に同じシーン(When, Where)で起こる2つ以上の共感度の高いニーズを統合することだ。「早い、安い、うまい」を同時に1つの製品で満たす吉野家の牛丼が代表例だ。

 第2にトレードオフがあるニーズ同士の組み合わせを見つけることだ。ユニクロのヒートテックは、冬でも「暖かく過ごしたい」「着膨れするのは嫌(オシャレに見せたい)」というニーズの組み合わせを実現した。

 第3に、できるだけシンプルに統合することだ。ボタンの多い家電製品のように、色々なニーズを組み合わせると、複雑になり過ぎてユーザーはすべての操作を覚えられない。ニーズを1つ足したら、1つ減らすのが統合のコツと松本氏は解説した。

松本CEOのセッションでは、参加者が互いのアイデアを評価したり、建設的に批判することでアイデアを磨くワークショップを実施
松本CEOのセッションでは、参加者が互いのアイデアを評価したり、建設的に批判することでアイデアを磨くワークショップを実施

 ニーズを統合するとソリューションの難易度が上がる。それを解決するものとして松本氏は「転換思考」を紹介した。これは「検証されていない世の中の当たり前を疑うこと」であるが、体験バイアスがその邪魔をする。「目的地まで移動したい」というニーズに対するソリューションとして馬車が当たり前だった時代は、未来の移動手段として飛行機を想像できなかったはず。それと同様である。

 バイアスの可視化は難しい。松本氏は、ワークショップで出したアイデアをお互いが建設的に批判することが効果的だと話した。

デザイン思考を可視化

 VISITS Technologieが提供するideagramは、特許を取得したCI(Consensus Intelligence)という技術を搭載。大量のアイデアの中から、共感度の高いニーズや新規性、実現可能性の高いソリューションを発見するため、5W1Hの組み合わせなど、アイデアが出やすいフレームに沿ってオンラインでの簡単なテストを実施。個人がアイデアを創造する力と個人の目利き力の2つを可視化する技術だという。

 ideagramのオンラインでのテストを、例えば社員数が10万人規模の会社で実施した場合、参加者が出すアイデアは100万件を超えることもあり得る。

 人間はこれだけ大量のアイデアの評価を短時間で行うことはできない。だがCI技術であれば、スピーディーにアイデアを評価し、優れたものから順にランキングを表示することができ、誰がクリエイティブなアイデアを出せる人なのかの評価を行える。

 そしてアイデアを評価する際には、何人が良いアイデアだと評価したかということと、誰が良いアイデアだと評価したかを加味する。良いアイデアを出せるクリエイティビティーの高い人の評価を、そうでない人の評価よりも“重視”するようにしているのだ。

 こうした仕組みのideagramを使うことで、アイデア創出から新規事業化までのスピードが6倍になった例もあるという。

 アイデアを数多く抱えながらも、縦割り組織などが新規ソリューション開発を阻害しているような企業なら、問題解決の糸口を見つけることができそうだ。

(写真/室川イサオ)

この記事をいいね!する