敵対するにしろ味方につけるにしろ、日本企業から見てBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイの中国テック企業)はもはや無視のできない存在になっている。圧倒的な“巨人”たちを前に、私たち日本人のビジネスチャンスはどこに残されているのか。

日本企業がBATHとうまく付き合う4つのポイント
  • 1. ジャック・マーが見据える2つの「H」
  • 2. 日本企業が持つ「B向け」のノウハウを求めている
  • 3. ソフトウエアベースで考えればチャンスはある
  • 4. 結局競争に勝つには「モーレツ」は避けられない?

 2019年4月に開催した「BATH研究イベント」の後半では、吉川欣也氏が、富士通総研経済研究所上級研究員の趙瑋琳氏と対談した。日本企業がBATHとうまく付き合い、ビジネスに活路を見いだすための4つのポイントが見えてきた(イベント前半の記事=6月4日公開はこちら)。

『テクノロジーの地政学』共著者の吉川欣也氏(写真左)と、『BATHの企業戦略分析』著者の趙瑋琳氏(同右)
『テクノロジーの地政学』共著者の吉川欣也氏(写真左)と、『BATHの企業戦略分析』著者の趙瑋琳氏(同右)
吉川 欣也(よしかわ よしなり)氏
法政大学法学部を卒業後、1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現・大和企業投資)に入社、1995年8月にデジタル・マジック・ラボ(DML)を設立し、社長、会長を歴任。1999年9月に米サンノゼでIP Infusion Inc.を共同創業、2006年にACCESSへ5000万ドル(約50億円)で売却。現在はMiselu社およびGolden Whales社(ともに米サンマテオ)創業者兼CEO、GW Ventures マネージングディレクターを務める。18年11月発行『テクノロジーの地政学シリコンバレーvs中国、新時代の覇者たち』(日経BP社)の共著者
趙 瑋琳(チョウ イーリン)氏
中国遼寧省出身、2002年に来日。08年、東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。イノベーションの制度論、技術経済学にて博士号取得。早稲田大学商学学術院総合研究所を経て12年より現職。中国経済、産業集積とイノベーション、デジタルイノベーション、テクノロジーと社会的受容などに関する研究を行っている。論文・執筆・講演多数。19年4月『BATHの企業戦略分析~バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイの全容』を出版

1. ジャック・マーが見据える2つの「H」

 吉川氏によれば、アリババの強さの一つは徹底したデータドリブンの姿勢にあるという。「彼らは、アリババ・グループのECサイトを通じてならばランボルギーニが瞬速で何台売れる、と即答できる」。それは生鮮食品などを扱うアリババのスーパーマーケット「フーマフレッシュ」(盒馬鮮生)においても変わらない。

 「フーマフレッシュでは、スマートフォンのバーコードリーダーを通じて、陳列してある魚がどんなエサを食べて育ったのかということまでチェックできる。日本の養殖の魚はそこまでデータが取れていない。だから日本で獲れた魚は、仮に生産者が望んでもフーマでは扱ってもらえないという現状にある」

 これは野菜も同様だ。どんな産地のどんな生産者が、どんな農薬や肥料を使って作った野菜なのかが分からなければ、どれだけおいしい野菜であっても陳列されることはない。「もはや、おいしいから売れる時代ではない。おかしな話だが『野菜のAPI(アプリケーションプログラムインターフェース)』『食べ物のAPI』を提供できるかが、売れる売れないの前提条件になっている」と吉川氏は続ける。

 ということは、日本の第1次産業はこの問題の解決を急がない限り、中国市場という巨大なマーケットから締め出される可能性がある。

 趙氏は、アリババの創始者ジャック・マーを「戦略家」と評価する。そのマーが今、もっとも熱い視線を送っているのが2つの「H」。すなわち「ハピネス」(Happiness)と「ヘルス」(Health)の領域だという。

アリババ・グループ創始者のジャック・マー(写真はアリババのWebギャラリーより)
アリババ・グループ創始者のジャック・マー(写真はアリババのWebギャラリーより)

 「生活水準が上がり社会が成熟してくると、ハピネスとヘルスの2つのHが重要になる。中国はいまだに医療分野のリソースが足りないなど、この領域に大きな問題を抱えている。一方、日本の医療は製薬会社も含めて世界一と言っていい。ここに協業のチャンスがある」(趙氏)

 実は、スーパーマーケットの話とヘルスの話は密接に結びついている。

 「シリコンバレーがフードテックに関心を寄せているのもその流れ。体に悪いものを食べていたのでは、いくらランニングして、いくら優れた体重計を作っても駄目。それよりも食べ物から変えて健康になるという予防の考え方が主流になりつつある。そうすると結果的に医療費が下がる。だからスーパーマーケットが大事という話になる」(吉川氏)

2. 日本企業が持つ「B向け」のノウハウを求めている

 BATHの一つであるテンセントは、もともとゲームやインスタントメッセンジャーの会社として興った。「テンセントミュージック」という音楽サービスは月間アクティブユーザーが7億を超える。こうしたサービスはいずれも「C向け」(一般消費者向け)だったが、テンセントは18年ごろから事業部をドラスティックに改革。新たにIoT関連部署を立ち上げるなどして、B向け(法人向け)のビジネスを強化しようとしている。

 趙氏によれば、もともとC向けサービスで成功してきたテンセントには、まだB向けの十分なノウハウがない。これは程度の差こそあれ、バイドゥやアリババなど他のプラットフォーム企業にも当てはまる話。そこに日本企業の協業の可能性があるという。

 「中国企業はC向けにプロダクトを作り、プラットフォームを形成するのは得意だが、それに比べたら企業に対してカスタマイズしながらサービスを提供するノウハウを持っていない。この点はまさに日本企業が得意とするところ。プラットフォームに参加する日本企業に対して、BATHが一番に求めているのはそこではないか」(趙氏)

法人向けソリューション提供のノウハウは日本企業に一日の長があると語る趙氏
法人向けソリューション提供のノウハウは日本企業に一日の長があると語る趙氏

 協業にはタイミングも大切になるが、テンセントとの協業を考えるなら今が絶好のチャンスかもしれない、と吉川氏は言う。

 「新体制への移行に伴い、ドタバタしていた社内がそろそろ落ち着くころ。また、トランプ政権の政策の影響などもあり、株価も一時的に下がって小休止している状態でもある。貸しを作るとまでは言わないが、ノリノリのときよりも、今のような難しいタイミングのほうが協業の話が進みやすいと言えるのではないか」(吉川氏)

3. ソフトウエアベースで考えればチャンスはある

 日本でも次世代移動通信システム「5G」に関する話題が注目を集めているが、この5Gに09年ごろから積極的に投資し、研究開発してきたのがファーウェイだ。

 「ファーウェイはこれまで先進国の通信機器メーカーを追いかける立場だったが、5Gで追い越すという明確な目標を持っている。申請した特許数もダントツで1位」と趙氏。中国政府は20年に5Gの本格的な商用化を目指しており、国としての姿勢も日本のそれとはギャップがあるという。

 米国との貿易問題のなかでファーウェイ自体は厳しい逆風にさらされているが、遅かれ早かれ5Gの未来が来るのは既定路線と言える。各企業が考えるべきことは当然、5Gそれ自体ではなく、5Gの未来が来たときに何をするか、だ。その際に重要になるのは、やはりソフトウエア的な考え方だと吉川氏は強調する。

 「5G時代になったら当然、車がインターネットにつながる。ガラケーとスマホではアプリケーションがまったく違ったように、今度は車がインターネットにつながったときのアプリケーション、つまりソフトウエアとは何なのかを考えなければならない」(吉川氏)

 AirbnbやUberが考える“未来の車”は、当然ソフトウエアベースだ。ハードはむしろソフトにより規定される。「自動運転車が普及して、運転手がいなくても相乗りできる車が必要になったとしたら、座席の作り方からして今の車とはまったく異なる可能性がある。グーグルが作る車とは?テンセントが考えるとどんな車になる?そのようにして頭を柔らかくして考えておく必要がある」。逆に言えば、そのようにして頭を柔らかくすることができれば、まだまだ日本企業にもやれることが大いにある、と吉川氏は言う。

 「例えばゴルフを楽しむことをベースにした車の在り方を考えてみる。ゴルフバッグを完璧に載せられる車はまだ誰も開発していない。また、いたるところにコースの状態が分かるカメラや気象情報、コースの乾き具合が分かるセンサーが付いていて、到着前に車に乗りながらその様子を逐次モニタリングできたら、スマホを触ることなく、友人らとのゴルフ場までの2時間の移動が楽しくなるかもしれない」(吉川氏)

4. 結局競争に勝つには「モーレツ」は避けられない?

 BATH各社のAI(人工知能)への投資はすでに5000億円規模となっており、シリコンバレーに匹敵するレベルにある。国家としての勢いや投資の規模を考えると、日本企業が中国の巨大企業に立ち向かうのは不可能にも思えてしまうが、視点を変えれば、まだまだ日本企業にもやれることがあるというのが両氏に共通した見解だ。

さらにもう一つ、趙氏はファーウェイを例にとり、今の中国企業にあって、日本企業が失ってしまった点として、次のような指摘をしていた。

19年現在、日米貿易戦争の渦中にあるファーウェイだが、社内はむしろ結束を強めているという報道も。同社の強さの源泉は、まさにこの点にある(写真は同社のWebギャラリーより)
19年現在、日米貿易戦争の渦中にあるファーウェイだが、社内はむしろ結束を強めているという報道も。同社の強さの源泉は、まさにこの点にある(写真は同社のWebギャラリーより)

 「中国のインターネット産業では、日本の働き方改革同様、『996』(朝9時から夜9時まで週6日間働く)と呼ばれる働き方が批判の的になっている。だが、そんな中にあっても、ファーウェイの社員は会社のため、自分のために労を惜しまず働く。また、完全成果主義の一方で福利厚生は素晴らしく、アメとムチをうまく使い分けている。現在のファーウェイの躍進は、こうしたことの結果としてある。文化や状況の違いはあるが、日本企業も学べることはあるのではないか」(趙氏)

 吉川氏が00年ごろに深圳にあるファーウェイのオフィスを訪れたところ、社員が働くデスクの下には仮眠用のマットがびっしりと敷いてあったという。「ここまでやるのはシリコンバレーにもない独自のカルチャー」としつつも、「シリコンバレーの人たちも、夕方に子供の迎えなどで帰った後、もう一度自宅で仕事をするという人が非常に多い。究極的な競争の中では、効率だけ追求しても追求しきれないのではないか」と吉川氏は言う。

 かつての日本企業がそうであったように、激烈な競争を勝ち抜くためには、結局のところ「モーレツ」に働く道は避けられないということか。日本企業が本気で勝ちに行くなら、まだまだやるべきことは残されているのかもしれない。

(写真/伊藤健吾)

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