バイドゥ、アリババ、テンセントといったソフトウエア企業や、通信機器大手のファーウェイなど、巨大中国企業が世界を席巻している。「BATH」(バース)と称されるこうした企業をはじめ、中国企業はなぜここまで急速に躍進したのか。

 シリコンバレーで複数のテクノロジー企業を経営する吉川欣也氏は、約20年にわたって中国企業と付き合ってきた。その経験から2018年11月、書籍『テクノロジーの地政学シリコンバレーvs中国、新時代の覇者たち』を上梓した同氏が感じるBATHの強さの源泉は、次の4つに集約されるという。19年4月16日、東京・御茶ノ水で開催された「チャイナイノベーションを牽引するBATHと中国スタートアップ」セミナーで語られたポイントを紹介しよう。

吉川 欣也(よしかわ よしなり)氏
法政大学法学部を卒業後、1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現・大和企業投資)に入社、1995年8月にデジタル・マジック・ラボ(DML)を設立し、社長、会長を歴任。1999年9月に米サンノゼでIP Infusion Inc.を共同創業、2006年にACCESSへ5000万ドル(約50億円)で売却。現在はMiselu社およびGolden Whales社(ともに米サンマテオ)創業者兼CEO、GW Ventures マネージングディレクターを務める。『テクノロジーの地政学 シリコンバレーvs中国、新時代の覇者たち』(日経BP社)の共著者

1. そもそもの志が高い

 中国企業は、16~18年の3年間で77社が米証券取引所(ニューヨーク証券取引所およびナスダック)に上場した。その間、日本企業の米国上場はわずかに3社だ。

 「日本の若い起業家はユニコーン企業になりたい、作りたいと志すが、中国の若者はそれだけでは満足しない。米国で上場したい、世界に認められたいと考えている。そうやって世界から認められる土台を作り、グーグルから人材を引き抜くくらいのことを考えている」

 こうしたそもそもの志の高さの違いが、日中の勢いの差につながっていると吉川氏は指摘する。例えば中国におけるAI(人工知能)研究をリードするバイドゥの自動運転技術プラットフォーム「Apollo」には、今では大小100社以上の企業が参画。中国で自動車事業を行ううえでは、もはや活用しない道はないほどの存在となっている。このApolloプロジェクトのネーミングセンスにも、彼らの志の高さが見てとれるという。

バイドゥ「Apollo」プロジェクトのGitHubページ。かつての米大統領J・F・ケネディの言葉を引用している理由は?
バイドゥ「Apollo」プロジェクトのGitHubページ。かつての米大統領J・F・ケネディの言葉を引用している理由は?

 Apolloは言うまでもなく、有人月面着陸の「Apollo計画」にちなんで名付けられた。中国企業であるバイドゥがなぜ米国の宇宙開発計画にちなむのか。彼らが着目したのはApollo計画が掲げたミッションだ。彼らはケネディ元大統領の言葉を引用し、それになぞらえる形で「われわれは困難に立ち向かうのだ」と自分たちの使命を言語化する。「その心意気がシリコンバレーの人たちの心も大きく揺さぶっている」と吉川氏は言う。

2. シリコンバレーを正しく「模倣」する

 元グーグル中国部門トップの中国人投資家カイ=フー・リー氏は、著書『AI Superpowers』(日本未出版)の中で、模倣することから始める大切さを説いている。本書はシリコンバレーを「テクノユートピアンで理想主義」と定義し、一方、BATHをはじめとした中国企業を「テクノユーティリタリアンで実利主義」だと評している。理想主義は独自性や先進性を重視して模倣を悪とするが、中国企業の実利主義は競争に勝つことが重要で、模倣することもいとわない。

 日本では中国の“モノマネ文化”が度々嘲笑の対象になるが、何かを学ぶためには、まずは先人たちをしっかりと模倣することから始めなければならないというのが彼の主張だ。テクノロジービジネスに関して言えば、模倣する対象は当然、シリコンバレーということになる。

吉川氏の講演は、会場が満席になる盛況だった。中国企業の動向を注視しているビジネスパーソンは日に日に増えている
吉川氏の講演は、会場が満席になる盛況だった。中国企業の動向を注視しているビジネスパーソンは日に日に増えている

 例えば、シャオミ傘下のハードウエア・スタートアップであるフアミ(Huami)は、14年1月の創業からわずか4年で米ナスダックに上場、スマートウオッチの年間出荷台数はすでに世界一と、驚異的な勢いで成長を遂げている。フアミはシャオミの投資先の一つで、シャオミは他にも2社ほどのウエアラブルスタートアップを買収している。「グループ内で競争させ、甘えを許さないのが目的」という。

 これはウエアラブル領域に限らない彼らの常套手段だが、同じ領域に関して社内に2、3のチームを作って競争させるのは、まさに米アマゾンのやり方に倣ったものでもある。「彼らは相当アマゾンを勉強している」と吉川氏は言う。シャオミが模倣しているのはアマゾンだけではない。深センにあるシャオミの旗艦店をデザインしたのは、アップルストアを手掛けたのと同じサンフランシスコのデザインハウス、エイトだ。

 何かを学ぶためにはまず従うべき「学びの型」があるとされる。「学ぶ」と「まねる」は同じ語源と言われるように、良いものをまねるというのは外してはならない「学びの型」と言える。中国企業はそこを徹底している。だから強い。

3. PoCより現場で実験。ダメなら即撤退

 「日本の企業はPoC(概念の実証実験)が好きだが、PoCはPoC以上にならない。やるならばやはり事業としてやるべきだ。中国企業はPoCをしない。自分たちが良いと思うものはあくまで事業、サービスとしてやる。そうすることでしか分からないことがある」

 これはシリコンバレーのテクノロジー企業にも通じる姿勢で、グーグルやアップルには日本企業でいう「新規事業企画部」はない。「グーグルには次世代技術の開発を担うGoogle Xがあるが、今のところあまり成功しているとは言えない。もしも今後、シリコンバレーに新規事業だけを担当する部署ができるようなことがあったら、それはシリコンバレーの終わりを意味するだろう」と吉川氏は言う。

 もちろん、事業としてやるからには失敗もある。デジタルサービスはまねされやすく、類似サービスが乱立する。競争にもさらされる。しかし、競争に敗れて失敗に終わったのなら撤退すればいいだけ、というのが中国企業の基本姿勢。この考え方はシリコンバレーにも似ている。なおかつその撤退の判断、スピードも異常に速いのが中国企業の特徴でもある。

 18年に中国でシェアバイクのサービスが激増し、街中がカラフルな自転車であふれかえったのはご存じの通り。あの自転車が今どうなったか。モバイクやオッフォなど業界大手だった企業ですら、そのほとんどが経営破綻などを理由に撤退戦を強いられ、今では街中に自転車があふれかえるような光景は見られない。

この写真は、吉川氏が18年に撮影した北京の街中だ。モバイクをはじめシェアバイクが街の至る所に設置してあったが、今、この光景は過去のものとなっている
この写真は、吉川氏が18年に撮影した北京の街中だ。モバイクをはじめシェアバイクが街の至る所に設置してあったが、今、この光景は過去のものとなっている

 「便利だし、ニーズがあることは分かったが、現状はビジネスモデルを確立することが難しい。だが、それもやってみたからこそ分かったことだ」

4. サービスありき。ハードウエアは「おまけ」

 バイドゥ、アリババ、テンセントが日本のトップ企業と違うのは、ハードではなくソフトウエア会社だということ。「ファーウェイに関しても、実はハードは『おまけ』であって、本質はソフトウエアの会社。だから強い」。シリコンバレーで強いのも、もちろんソフトウエア会社だ。

 11年、米国の有名な投資家マーク・アンドリーセンが記した「ソフトウエアが世界を飲み込む」(Why Software Is Eating the World)という予見は、さまざまな産業で現実のものになりつつあると吉川氏は強調する。中国のトップソフトウエア企業はその言葉を地でいくように、それぞれ細かな方針は違えど、全方位で投資を続けている。

 例えば、テンセントが力を入れるのはヘルスケア。18年3月にはTencent AI Labの傘下にロボットラボ「Robotics X」を設立するなど、ロボ系AIスタートアップにも積極投資している。

 また、アリババグループはAlipay、テンセントはWeChat Payというモバイル決済を軸に独自の経済圏を構築し、総合サービス化への道を歩んでいる。この2社は小売りプレーヤーへの投資にも積極的で、ECとリアル店舗の融合も進めている。プラットフォーマーが膨大なデータを収集し、消費者の動向をきめ細かく把握することに成功すれば、次に考えるのが自社ブランドの展開というのは自然な流れと言える。

 「このようにソフトウエアが世界を飲み込みつつある中、日本企業もハードではなくソフトウエア、サービスで考えることをしないと今後どんどん厳しい立場に立たされるだろう」と吉川氏は危機感を語る。例えば、ソフトウエア会社が保険会社と共同で自動車を作り、売るような時代が来るかもしれない。自動運転車が一般に普及すると、各種のデータを取得しながら安全を担保・保証するのはソフトウエア企業になるからだ。そのとき、従来の自動車メーカーはどうすべきか──。考え方を根本から変えなければならないだろう、と吉川氏は言う。

日本で待っているだけでは情報は入ってこない

 先日、家電量販店チェーンのビックカメラがフアミのスマートウオッチを販売すると報じられたのをご存じだろうか。これが意味するのは、そのことがニュースになるくらいに「今の中国企業は日本にやってこない」という事実である。

日本でも販売を開始したフアミのウエアラブル端末(キャプチャーは19年5月28日時点のもの)
日本でも販売を開始したフアミのウエアラブル端末(キャプチャーは19年5月28日時点のもの)

 「中国企業の多くは、日本市場に参入するモチベーションがない。ウエアラブル市場を見ても、日本の市場規模は年間100万台程度にすぎないからだ。世界で年間4000万台を出荷しているフアミから見れば、日本にわざわざ来る道理がない。日本が好きか嫌いかとか、日本市場に適応するのが難しいからとか、そういう話ではない。そもそもマーケットがないからやってこない」

 これはもちろん、ウエアラブルに限ったことではない。となると、日本で待ってニュースを読んでいるだけでは、大切なことは何も分からないという状況に陥ってしまう。中国まで追いかけていかないと、彼らが次に何をやろうとしているのか、どうやって自分たちの商品を新たなマーケットに売ろうとしているのかは見えてこない。

 1990年代まで、サンフランシスコから中国の主要都市に行く際は成田国際空港経由が多く、直行便がなかった。ところが今は北京、上海、広州や西安などにも直行便が飛んでいる。吉川氏は「シリコンバレーに行く機会のある日本企業の人はぜひ、サンフランシスコから直接日本に帰るのではなく、月に1度でもいいからユナイテッド航空UA888便に乗って北京経由で帰ってみてほしい」と提案する。

 「コンペに行く朝の新幹線で競合他社の動きが分かるという経験が皆さんにもあるはず。UA888便には今、シリコンバレーと中国企業のトップどころが皆乗っていて、日本の頭越しに日々行き来している。まずはそういう様子を肌で感じるところから、今の時代に必要なセンスや勘が磨かれていくのではないか」

(写真/伊藤健吾)

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