サッポロビールが2019年4月に発売したビール「Innovative Brewer SORACHI1984」は、自社開発のホップ「ソラチエース」を使ったビール。同社のクラフト事業部 ブリューイングデザイナー 新井健司氏と、同マネージャー 谷紘子氏がSORACHI1984で作りたい新たなビール文化とは?
「Innovative Brewer SORACHI1984」のホップ、ソラチエースは、サッポロビールが開発して1984年に品種登録した。日本生まれのホップだが、人気が高まったのは海外で、そこから日本に逆上陸してきたという異色の経歴を持つ。
そんなソラチエースを採用したSORACHI1984のターゲットは“ちょっと背伸びをすれば手に入るようないいモノに囲まれていたいと思っている人たち”だという。実売価格は350ミリリットル缶で248円(税別)前後と、200円前後の「サッポロ生ビール黒ラベル」より高いが、一般的なクラフトビールより安い。300円以上だと非日常感が出てきてしまい、特別なときに飲むようなビールになってしまうため、その手前の価格に設定した。
「高級ビールではないが、毎日飲むタイプのビールでもない。その中間にある“ちょっといい製品”を目指した。消費の二極化が進んでいると言われているが、実際はその中間にも市場ニーズがあるのではないか」(新井氏)
SORACHI1984はソラチエースを100%使用し、その個性が強く出た製品だが、希少なホップを使ったというだけでは消費者へのアピールが弱い。そこで、ソラチエースの品種登録からSORACHI1984の発売まで35年間かかった、その開発ストーリーでアピールすることにした。開発期間が数年の商品では、こうした物語性は打ちだせない。公式サイトでは、日本で生まれたソラチエースが日本ではなかなか人気が出ず、米国に持ち込まれてそこでクラフトビール醸造家に認められて、逆上陸の形で日本にやってきたという経緯を丁寧に紹介している。
「SORACHI1984はストーリーを売りたい製品。サッポロビールには、100年以上にわたってホップや大麦を研究してきた歴史がある。そのサッポロビールならではの強みを打ちだそうと考えた」(新井氏)
クラフトビール市場を狙うが、クラフトビールと呼ばない
店頭ではクラフトビールと競合しそうな製品だが、製品発表会で高島英也社長は「クラフトビール市場がターゲットだが、あえてそう呼ばない」と述べた。もともとInnovative Brewerはサッポロビールの子会社であるジャパンプレミアムブリューのブランド。そこでソラチエースを使った製品をこれまで2回限定発売したが、大手メーカーがクラフトビールと銘打った製品を出すことには批判もあったという。
「クラフトビールが好きな人は、フレーバーのバリエーションなどにこだわった、新しい世界を見せてくれるビールを求めていることが多い。SORACHI1984なら、そう呼ばなくてもアピールできるのではないか」(新井氏)という考えからだ。
購入者は40~50代のビール好きが中心だが、他のビールに比べると20~30代の若い層が多く、実際にクラフトビールに近い好まれ方をしているとみている。4月より全国のスーパーやコンビニなどで販売し、外食展開も始めたが、クラフトビールを取り扱う店からも引き合いがあるという。
自社製品を選んでもらう理由を作る
2019年の販売計画は350ミリリットル×24本換算で22万ケースと控えめな数値だ。広告の予算をかけずに口コミで少しずつ広げる商品にしたいという。
販促にはSNSを活用している。19年2月の製品発表時に、ソラチエースの開発年にちなんで1984人のアンバサダーを募集し、事前に試供品を配布して自身のSNSに感想を書き込んでもらい、ビール好きの間で口コミを広げていった。SNSの中でもインスタグラムに缶の写真とともに書き込む人が特に多かったという。製品名に入っている1984という数字もアピールポイントになった。
「“1984”という数字に、1984年生まれの人がすごく反応してくれている。アンバサダーの募集や集談会などでも、その年代の人数が突出している」(谷氏)
SORACHI1984を、サッポロビールファンを増やす入り口にしたい考えだ。飲んだ人が興味を持ち、黒ラベルやエビスを飲んでくれるようになれば、会社全体の利益につながる。そのためにも、ソラチエースをはじめとするホップなどの研究開発をしてきた歴史を知ってもらうことが大事だとみている。
「今は、ビール会社の中で“ワンオブゼム”的な存在。他社との違いをもっと明確にすることで、サッポロビールの製品を選ぶ理由を打ちだし、消費者に伝えていきたい」(新井氏)
ホップでビールを選ぶ文化を作りたい
消費者とのタッチポイントは主にイベントを考えている。5月29日から6月2日かけて、さいたま新都心けやきひろばで開催された「けやきひろば 春のビール祭り」では、ソラチエースを使ったSORACHI1984に加えて、それぞれ異なる日本産のホップを使った3種類のビールを提供して、消費者の反応をみた。その先に見据えているのは、ホップでビールを選ぶ文化の創出だ。
「ビールはIPA(インディア・ペール・エール)やピルスナーといったスタイルで選ばれることが多く、使われているホップで選ぶ文化は世界的にみてもない。ぶどうでワインを選ぶように、ホップでビールを選ぶという提案があってもいい」(新井氏)
そういう人が増えれば、ホップを研究開発しているサッポロビールにとってメリットは大きい。SORACHI1984には、その第1弾製品としての役割もある。
19年1月、業界団体のビール酒造組合と発泡酒の税制を考える会は、ビール大手5社のシェア算出のベースとなる課税出荷数量の発表を取りやめると発表した。これにより過剰なシェア争いは収まり、各社の販売戦略が変化してくるとみられる。SORACHI1984のように、自社ならではの強みを生かした製品が増えてきそうだ。