電通が、VRを利用した広告ビジネスやコンテンツビジネスの拡大に積極的に取り組み始めた。2019年5月23~6月3日まで、VR開発会社の米Survios(サビオス)と協力し、東京ミッドタウン日比谷にVR施設を限定オープン。利用者の反応から活用法を模索する。実際体験して見えた可能性と課題とは?
米サビオスは、主にハイエンド向けのVRコンテンツを開発してきた企業だ。2017年の「VR Game of the Year」を受賞したVRゲーム『Raw Data』や、映画『クリード2』の公開に合わせて制作された『Creed VR』などが代表作。既存のIP(ゲームやキャラクターなどの知的財産)とコラボレーションしたVRゲームは没入感やクオリティーの高さで評価を受けている。
このサビオスに、電通は同社が運用するコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)ファンド「電通ベンチャーズ1号グローバルファンド(電通ベンチャーズ)」を通じて2016年に出資。以来、サビオスのビジネスを支援してきた。
今回はサビオスが米ロサンゼルスで運営しているVR施設「Survios Virtual Reality Arcade」と同名のスペースを東京ミッドタウン日比谷に開設。米国の施設で人気が高いVRコンテンツ『Creed:Rise to Glory』を、来場者が無料で体験できるようにした。これは映画『ロッキー』のスピンオフ作品『クリード』を題材にしたVRボクシングゲームで、プレーヤーは同作のキャラクターになり、作中の別のキャラクターと対戦する。
広告ツールとしての可能性を模索
電通の狙いは、サビオスとの提携を強化すると同時に、広告ツールとしてのVRの活用方法やコンテンツビジネスとしての可能性を模索することだ。
既にウェブサイトやSNSなどでは動画広告が一般的になっているが、これらはページ内に割り込む形で挿入されることが多い。ただでさえユーザーの行動を妨げることがあるうえ、クオリティーが低かったり、ユーザーの嗜好と合わなかったりすると、かえってブランドや製品のイメージを毀損しかねない。そうでなくても、「最後まで見てもらえない可能性が高いのが弱点」と電通ベンチャーズ ベンチャーパートナーの渡辺大和氏は説明する。
そこで注目したのが、近年増えつつあるVRコンテンツだ。VRや360度映像を使った広告の効果はまだ検証段階だが、「目新しさがある点、(映像を通じて)体験を提供できる点は従来の動画広告とは大きく異なる」(渡辺氏)。実際、旅行代理店が旅行先のVRコンテンツを来店客に体験させたところ、成約率が向上したといった実証データもあるという。ヘッドマウントディスプレーを装着して見るVRコンテンツは、最後まで見てもらいやすいのも強みだ。
また、VRの常設施設が日本でも増えてきているように、VR自体がコンテンツビジネスとして発展する可能性もある。その場合の課題は、マネタイズだ。現状では、収益を体験料に頼らざるを得ず、そのため1人当たりの体験料が3000円前後と高額になることも多い。
そこで、VRコンテンツに広告を盛り込み、マネタイズ方法を複層化することで、プレー金額を安く抑えて、楽しむためのハードルを低くするといった策も視野に入れている。VR広告の効果とともに、こうしたマネタイズ方法も検証していきたいという。
サビオス以外にもVRでの提携先などを模索
ひとえにVRを広告に利用するといっても、考えられる手法はさまざまだ。例えば、今回体験できる『Creed:Rise to Glory』は、映画『クリード』の登場人物や舞台背景を再現することで、同作品が持つ世界観や興奮をアピールした。
これ以外にも、キャラクターが飲むドリンクをスポンサーの商品にして、それを大写しにするなど、以前からビデオゲームや映画で使われている手法も有効だ。プロスポーツを題材にしたコンテンツであれば、VR内のスタジアムに設置されたサイネージに映し出される広告を、そのまま現実のスポンサー広告にするといった手も考えられる。渡辺氏は「電通としては、こうした広告手法そのものの有効性も探っていきたい」としている。
中国ではネットイースと協業
日本ではまだ始まったばかりの電通の取り組みだが、実は海外では先行している。
サビオスの代理店を務める形で中国の大手ゲーム会社NetEase(ネットイース)と提携し、中国に2900拠点もあるVR施設にコンテンツを供給する体制を構築し始めている。いくつかの施設はもうオープンしていて、そこではサビオスの出世作とも言える『Raw Data』が人気。休日の平均集客数が300人に達するなど、盛況なのだそうだ。
ただ、日本においても同様のビジネスを手掛けるかは未定だ。現時点でサビオスは日本国内にVRゲームやコンテンツを提供できる施設を所有していない。同社のVRゲームやコンテンツを展開するためには、出店候補地から確保しなければならない。コンテンツについても、英語版をローカライズするのか、あるいは日本市場向けに新規のIPを制作するのかなど、さまざまな方向性が考えられる。
また、電通としてVR事業を本格的に手掛けるには、サビオス以外の国内のVRコンテンツ制作企業とのパートナーシップも必要になるだろう。これらの課題について、渡辺氏は「柔軟に対応していきたい」と語るにとどめた。
効率の悪さをどうクリアするか
日本でVRコンテンツを展開するための戦略として、渡辺氏は「ライトユーザー向けのコンテンツとヘビーユーザー向けのコンテンツを分けて考えるべき」という考えも示した。例えば、ライトユーザー向けは、多人数で同時に楽しめるシアター型にするなど回転率を重視。それだけではリピーターが生まれないため、拘束時間を長めにする代わりに「やりこみ要素」を持たせたヘビーユーザー向けも用意して、エンターテインメントとしての奥行きを持たせる。「今後はそれらの両タイプのポートフォリオの最適化、バランスの見極めが重要になってくる」(渡辺氏)。
そのバランスを見極めるための調査の一環として、東京ミッドタウン日比谷の施設では、体験したユーザーにVRに関するアンケートを実施。併せて、スバルの自動車が雪原を疾走するVR動画を視聴してもらい、ブランドの認知や購買意欲の変化を調査する実証実験も行った。こうした取り組みでVR動画の広告効果などを図り、マーケティングツールとしての検討を進めるという。
⼀般に、VRは時間当たりの人数効率の悪さが課題だ。前述のように、VRコンテンツは⼀度見出すと最後まで見てもらいやすい傾向がある半面、常設のVR施設にしろ、臨時のイベントにしろ、1日に体験できる人数が限られるというデメリットがあるのだ。
例えば、2017年の東京モーターショーでは各社がブース内でVRを使ったデモを展開していた。目新しさと注目度の高さは抜群だったものの、必要な機材のコストやスペースを考えると効率面では疑問が残った。VRを広告ツールとして、コンテンツとして幅広く展開するならば、この課題にどう取り組むかが問われることになるだろう。