象印マホービンが2019年2月に発売した調理家電シリーズ「STAN.(スタン)」が共働きの子育て世代の間で話題だ。日常生活になじむデザインと使い勝手の良さが受けている。新興勢力が台頭する中、老舗の同社が新シリーズ開発で取り組んだこととは?

インテリアにもこだわる、30代で子育て中の共働き世帯に焦点を当てて開発された「スタンシリーズ」。魅せる収納を意識し、ナチュラルモダンなインテリアにもコーディネートしやすいデザインが印象的。「STAN.」というネーミングには、STANDBY、スタンダード、STANCEの3つの意味が込められている
インテリアにもこだわる、30代で子育て中の共働き世帯に焦点を当てて開発された「スタンシリーズ」。魅せる収納を意識し、ナチュラルモダンなインテリアにもコーディネートしやすいデザインが印象的。「STAN.」というネーミングには、STANDBY、スタンダード、STANCEの3つの意味が込められている

デザイン家電ブームがきっかけ

 1918年にガラスマホービンの中ビン製造からスタートした同社は昨年、創業100周年を迎えた。マホービンの真空断熱技術を応用した炊飯ジャーの開発をきっかけに、これまで日常生活の発想に基づいたさまざまな家電製品を開発。炊飯ジャーや電気ポットなどは国内トップクラスのシェアを持ち、アジアでも評価が高い。そんな同社にとって、新シリーズの開発は新たな潮流を作り出すための挑戦でもあったという。

 背景にあったのが、デザイン家電ブーム。新興企業が台頭し、同社が得意とする調理家電分野で新コンセプトの商品が次々と登場。バルミューダのトースターやブルーノのホットプレートといった、デザイン性が高く、販売ルートも異なる商品が脚光を浴びた。「市場のプレーヤーが増え、商品傾向もファミリー向けから個人の趣味嗜好に合った商品へと多様化してきた」と、同社広報部の山田周平氏は話す。

 これまでも04年にスタートした「ZUTTO」など、デザイン主導のシリーズを展開していた同社。好評を得ていたが、事業部制導入後は商品企画を横串で行うのが難しくなっていたという。そんな折、同社の市川典男社長の呼びかけにより、製品カテゴリーを横断したシリーズ商品の開発が2年前の春にスタートした。

 メインターゲットを共働きの子育て世帯に設定したのは、若いユーザーが年々減少しているからだ。「安心感のある老舗メーカーというブランドイメージで中高年世代を中心に支持されているが、若年層との距離は少し感じていた。新たな時代を担う30代中心の世代に気に入ってもらえるシリーズを作ることを目指した」と、同社デザイン室長の堀本光則氏は振り返る。

 通常の商品開発ではアイテムや仕様が決定してから各事業部でデザインイメージを固めていくが、なかなかアイテムが決まらず、難航した。そこで、デザイン室がリードし、主力アイテムである炊飯ジャーの開発から着手。従来の開発手順にとらわれず、デザイン主導で取り組んだことで部門を横断したプロジェクトが一気に進むことになった。

象印マホービン・デザイン室長の堀本光則氏
象印マホービン・デザイン室長の堀本光則氏

頭でっかちな炊飯ジャーというタブーを破った

 スタンシリーズの炊飯ジャーは、スチールのようなマットブラックの本体とベージュの土台、逆台形のフォルムが特徴だ。コンセプトは「うつわ」。茶わんなどの食器のように、素材感を切り替えることで上薬がない底面を表現し、上部に向かって広がる形が採用されている。昨今のインテリアにはなじみやすいシンプルなデザインだが、「業界では頭でっかちな炊飯ジャーは売れない、とタブー視されてきた」(堀本室長)。実際、社内でも反対意見があったという。

 このデザインにあえて挑戦したのが、スタンのプロダクトデザインとクリエイティブディレクションを担当した「TENT(テント)」。2011年にプロダクトデザイナーの⻘木亮作氏と治田将之氏が結成したクリエイティブユニットで、インテリアから小物まで手がけ、自社オリジナルも開発する今注目のデザイン会社だ。

 「企画のディスカッションが始まった頃、中途入社してきた女性社員が5歳の子供の育児中だったので、面白いデザイン会社を知らないか聞いてみた。その際に即答したのがテントだった」(堀本室長)。しかも、テントの二人とも子育て真っ最中。ターゲットと同世代のデザイナーが、使いやすさや手入れのしやすさなどを優先し、普段使いの道具として作ったのが、スタンシリーズなのだ。

 ターゲット層の消費傾向について、「インテリアへのこだわりが強く、DIY好きは自分で作る楽しみも知っている」と分析。使い勝手の良さを優先し、調理器具はあえて魅せる収納を意識した。「キッチンのインテリアも、北欧風や和風などのテイストにこだわらず、自分の個性に合ったスタイルを探す傾向があるから」(堀本室長)。もちろん、SNSに慣れ親しむ世代でもあり、インテリアとコーディネートしやすいデザインは、子育て世帯が調理家電を選ぶ際の重要ポイントといえそうだ。

離乳食やミルク作りに便利な機能も

 さまざまな機能を盛り込んだ高級家電とは一線を画し、共働きの子育て世帯にとって必要な機能だけを搭載しているのも大きな特徴。高機能、多機能を求めない分、手の届きやすい価格帯に設定されている。

 例えば、IH炊飯ジャーには「ベビーごはん」メニューを搭載。4段階でご飯の硬さを調整できるので、赤ちゃんの成長に合わせた離乳食を手軽に作れる。空き時間に数食分を作り置きしておけば、時短にもつながるという。さらに、水位目盛りに偏光塗料を使用。水を入れると目盛りの色が変化し、水位線が見やすい。内釜と内ぶただけを洗えばいいので、手入れも簡単だ。

逆台形のフォルムは売れないとする業界のタブーを打ち破る、スタンシリーズのIH炊飯ジャー。うつわのようなたたずまいのユニークな形状と色、質感が、日本のキッチンにはなじみやすい
逆台形のフォルムは売れないとする業界のタブーを打ち破る、スタンシリーズのIH炊飯ジャー。うつわのようなたたずまいのユニークな形状と色、質感が、日本のキッチンにはなじみやすい
「ベビーごはん」メニューでご飯の硬さを調節できるので、赤ちゃんの成長に合わせた離乳食を手軽に作れるIH炊飯ジャー。家庭用IH炊飯ジャーの水位目盛りに偏光性塗料を使用するのは業界初
「ベビーごはん」メニューでご飯の硬さを調節できるので、赤ちゃんの成長に合わせた離乳食を手軽に作れるIH炊飯ジャー。家庭用IH炊飯ジャーの水位目盛りに偏光性塗料を使用するのは業界初

 マイコン沸騰電動ポットには、ミルク作りに便利な70℃保温機能を搭載。1300Wで沸騰し、コンパクトサイズなので電気ケトルのような使い方も可能だ。また、子育ての合間に夫婦でゆっくり楽しめるよう、コーヒーメーカーはマグカップ2杯分を想定したコンパクトな設計だ。

一度沸騰させたお湯を70℃に保つ、ミルク作りに便利な「70℃保温」機能を搭載した「マイコン沸とう電動ポット」。本体が傾いたり倒れたりした時の湯漏れを防止する構造だから、子供のいる家庭でも安心
一度沸騰させたお湯を70℃に保つ、ミルク作りに便利な「70℃保温」機能を搭載した「マイコン沸とう電動ポット」。本体が傾いたり倒れたりした時の湯漏れを防止する構造だから、子供のいる家庭でも安心

 ホットプレートは深さ4㎝の深型プレートで、焼くのはもちろん、煮たりすることもできる。「パスタ料理なら麺をゆでるところからいためるまで1台でできるので、ホットプレートで作れる料理の幅が広がる」(堀本室長)。20種類のメニューを掲載したレシピブックは、絵本感覚で子供も楽しめるようイラストで表現した。温度調節プラグのケースは、レシピブックやiPadスタンドとしても重宝しそう。ちょっとした工夫でかゆいところまで手の届く商品づくりも、スタンシリーズの人気の秘密といえる。

 店頭での平均価格は、IH炊飯ジャーが税別3万3000円程度、電動ポットとホットプレートが1万5000円程度、コーヒーメーカーが1万円程度。子育てで出費がかさむ世代にとって買い求めやすい価格は、購買を決定づける大きな要因になるだろう。

<  発売から3カ月が経過し、SNSで話題に上るなど予想以上の好スタートを切った「スタンシリーズ」。中でもIH炊飯ジャーの販売は計画の2倍以上で推移しており、その勢いはさらに拡大しそうだ。

ホットプレートは深型プレートを採用しているので、パエリアやブイヤベースなどもこぼれにくく、パスタ料理もこれ1台で作れる。本体ガード部分に突起物がないシンプルなデザインは目からウロコの発想から生まれた
ホットプレートは深型プレートを採用しているので、パエリアやブイヤベースなどもこぼれにくく、パスタ料理もこれ1台で作れる。本体ガード部分に突起物がないシンプルなデザインは目からウロコの発想から生まれた
ホットプレートは、20種類のメニューを掲載したレシピブック付き。食べ物や暮らしの道具などをやさしいタッチと美しい描写で描くイラストレーター、小池ふみ氏にイラストを依頼した
ホットプレートは、20種類のメニューを掲載したレシピブック付き。食べ物や暮らしの道具などをやさしいタッチと美しい描写で描くイラストレーター、小池ふみ氏にイラストを依頼した
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