キリンホールディングスは2019年4月24日、新たなヘルスサイエンス事業戦略について発表した。長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」に基づき、食から医にわたる領域で価値を創造し、CSV(共通価値の創造)先進企業を目指す。その背景にはキリンが注力してきた免疫研究がある。
健康意識の高い30~40代の女性がターゲット
キリンホールディングスは「キリングループ・ビジョン2027」を実現するため、酒類や飲料事業といった「食領域」と医薬事業の「医領域」の中間領域にあたる「医と食をつなぐ事業」を立ち上げた。それに伴い、16年から協和発酵キリン、協和発酵バイオ、キリンのグループを横断したチームで活動していた「事業創造部」を「ヘルスサイエンス事業部」と名称を改め、健康価値を届ける部署と位置づけ、事業を推進していく。
キリンがヘルスサイエンス事業を拡大する一番の理由は、健康需要の高まりだ。キリンホールディングスヘルスサイエンス事業部の佐野環氏は、同市場の見通しについてこう語る。
「日本では乳酸菌を使った食品の市場が、約4200億円まで拡大しているというデータがある。その乳酸菌食品を使って応用した食品の市場も、2000億円弱あるという。米国でもサプリメントの分野別の数字はあるが、それが免疫に効果があったり美容に良かったりと、ベン図のように重なり合っている。さまざまなデータがあるため、国内外のヘルスサイエンス市場の正しい数値を把握することは難しいが、日本だけでなく世界全体で見ても市場が大きく、将来的に成長の見込みがある」
ヘルスサイエンス事業の推進で、中心となるターゲットは30~40代の女性だ。そこで重要なのが、商品と接する最初の“入り口”だと佐野氏は考えている。「課題を持っている人がいたとしても、解決のために行動するかしないかは大きな差。最初に届けたいのは、自分の健康のために行動を変えたいという思いがある人」(佐野氏)。こうした健康意識の高い消費者に、いち早くキリンの商品を体感してもらい、価値を知ってもらうことが事業拡大の鍵となる。
「今はメーカーから一方的に主張しても、商品の価値が伝わる時代ではないということを痛感している。特に乳酸菌関連の商品は30~40代の女性が一番リサーチしていて、新しい製品が出たら試してみたり、友人や子ども、夫などに薦めたりするので、この層を切り口にターゲティングしている」(佐野氏)
中でもキリンが力を入れているのが免疫関連だ。免疫は体の健康維持には欠かせない根幹システムで、代謝や筋肉量の低下、感染症、肌の衰え、骨代謝異常、老眼など、体全体のシステムをつかさどる重要な役割を担うといわれている。キリングループには、30年以上にわたって免疫学を研究してきた実績がある。抗体医薬品や免疫分野の医薬品事業だけでなく、公的免疫研究所「LIAI」の設立に関わるなど、長年免疫研究に注力してきた。
これほど同社が免疫研究に取り組む背景には、医療費の高騰や寿命が延びているという社会課題がある。「キリンは食品の会社ということもあり、食を通じて健康状態の維持にアプローチするため基盤研究を続けてきた。食から健康を得るということは、安全性や日常的に摂取しても問題がないということ。薬とは異なり、複数の成分と複合して摂取でき、作用するという利点を持つので、食品であることの意義は非常に大きい」(佐野氏)。
同社は17年に、プラズマサイトイド樹状細胞と呼ばれる免疫系の“司令塔”に働きかける「プラズマ乳酸菌」を使用したiMUSE(イミューズ)ブランドを立ち上げ、飲料やヨーグルト、サプリメントなどの商品を展開。19年4月からは、アレルギー症状の緩和が期待されるKW乳酸菌を配合したサプリメント「Noale(ノアレ)」の販売を開始した。
そこでヘルスサイエンス事業の売り上げ目標を、21年は150億円、27年には230億円に設定。キリン独自の素材を使用した商品をメインに販売していく方針だ。
健康への貢献を目指す企業と積極的に連携
キリンには免疫研究の成果を自社にとどめず、外部企業に活用してもらうほか、製品の共同開発などで広く健康を届けようという考えもある。
現在、ヤフー、ジェネシスヘルスケア、カンロなどを含めた複数の企業と連携している。ヤフーでは健康経営を実現するため、プラズマ乳酸菌入りの製品を摂取してもらい、社員の労働パフォーマンスの向上の検証をしている。遺伝子検査会社のジェネシスヘルスケアとは、診断を通じた健康増進が大きくなると予測し、肌検査キットとイミューズ商品の協働の取り組みを開始。また、カンロとはコラボ商品の開発を行い、グミにプラズマ乳酸菌を配合した「ピュレサプリグミ iMUSEプラズマ乳酸菌」を4月2日に発売した(関連記事「乳酸菌とグミは好相性、キリンとカンロが30代女性を狙う新商品」)。
特にiMUSEブランドはヘルスサイエンス事業の中核を担う素材として期待されている。19年4月25日には、230億円達成に向け「iMUSE ヘルスサイエンスファクトリー」を小岩井乳業東京工場内に設立した。実はこれまで乳酸菌は社内で作れず、外部調達していたという。「工場新設で生産を社内で賄えることになり、今の3倍の乳酸菌を製造できる見込み」(佐野氏)。
今後の成長に向け、ECも強化
今後は国内にとどまらずグローバル展開も目指す。東南アジアで健康に関する社会課題が顕在化していることに注目し、19年6月に研究拠点を開設する予定だ。現地のさまざまな研究機関と協力してその地域の課題を把握し、貢献方法を見つけ出す。また具体的な時期は未定だが、健康管理意識の高い消費者が多い北米を中心に、サプリメントなどを販売していくという。
その他、プラズマ乳酸菌やKW乳酸菌に加え、3つ目の新素材を研究中だ。「いろいろな会社から乳酸菌製品が出てきており、世間の乳酸菌自体の認知度が非常に高くなっている。そうなると、消費者がどの乳酸菌を摂取しようかと選ぶステージになる。我々の強みは、研究に裏付けされたエビデンスのある乳酸菌であること。一過性の商材にはしたくないので、消費者に健康を届けるという同じ思いを持つ企業とは積極的に協働し、商品やサービスを展開していきたい」と佐野氏は意気込む。
ヘルスサイエンス事業の成長に向け、グループ独自素材の活用やECサイトの強化、海外展開など、キリングループの協和発酵バイオを事業の中核に据えて、双方の強みを最大化していく考えだ。特にECについて調査したところ、健康情報に関してユーザーが検索しているときは、「今、その商品が欲しい」と思っている場合が多く、既に購買意欲が高まっていることが分かった。「キリンにもECサイトがあり、協和発酵バイオにも顧客が付いている健康サイトがある。ほかにもAmazonなどユーザー情報とひも付いたサイトがあるので、EC展開をする方法はたくさんある。お客が一番つながりやすいチャネルを調査して決めていくつもりだ」(佐野氏)。
(画像提供/キリンホールディングス)