2019年4月9~14日の約1週間、イタリアで「第58回ミラノサローネ国際家具見本市」が開催された。多くの企業、ブランドが新製品を発表するなかで特に注目を集めたのが、デザイナーのフィリップ・スタルク氏と伊カルテル、米オートデスクによる「AI(人工知能)が考案した世界で初めての椅子」だ。
「第58回ミラノサローネ国際家具見本市」(以下ミラノサローネ)の来場者数は、主催者の発表によれば、世界181カ国と地域から38万6236人。今年は隔年開催の照明見本市があったが、それを含めると前年比12%増の来場者数を記録した。総出展数は、若手デザイナーにとっての登竜門「サローネサテリテ」参加550組を含めて2418。出展企業1868社の34%が国外(43カ国・地域)からの参加だった。
会場であるロー・フィエラ ミラノの展示面積は、サローネサテリテや、今年新たに設けられたインテリア関連を総合的に集結させたエリア「Sプロジェクト」まで合わせると20万5000平方メートルに及ぶ。
同時期のミラノ市内全域では多くの企業、ブランドがショールームや特設会場を使った新作発表、インスタレーション展示を同時に行い、その数は2000カ所以上にもなると言われている。日本からの出展も増えており、「ミラノデザインウィーク」と総称されるこうしたイベントと合わせ、ミラノサローネは実質的に世界最大規模と評される。
AIを家具に活用したカルテル
ミラノサローネ会場では多くの企業が新作家具や照明、あるいは仕上がったばかりの試作品を披露する。単独のブース内は隙のないインテリアコーディネートが施され、ブランドの世界観と共に新作のデザインを際立たせる装置となるが、華やかさを競うためというよりも確実な商談を成功させる施策の一つだ。
そういった家具デザインをけん引する主要メーカーの中で今回、イタリアのカルテルが発表した取り組みが大きな話題となった。デザイナーのフィリップ・スタルク氏が提供したデータに基づいて、AI(人工知能)が考案した世界で初めての椅子である。

会期初日の午前9時半、カルテルのブースに現れたスタルク氏は、ワイヤレスマイクを装着した身軽な姿だった。「最小限の材料と資源で、私の体を支える方法を見つけて」と話しかけた相手はAIだ。「はい、考えてみます」とAIが音声で応答すると同時に、舞台上のスクリーンには、素材の塊から削り出されるようなレンダリングを経て1脚の椅子が完成するムービーが映し出された。そして、スタッキングできる樹脂製チェア「A.I.シリーズ」の実物が観客の目の前に披露された。
もちろん、この流れはあくまでもプレゼンテーションの一環。実際には製図用ソフトウエア「AutoCAD」などで知られる米オートデスクとスタルク氏、カルテルのコラボレーションによるプロジェクトの成果だ。製品として出荷するための認証基準を満たし、強い構造と剛性を備え、なによりスタルク氏が審美的価値を認める家具として開発した。AIにデザインのすべてを委ねたというよりも、次世代の開発手法を提示したという点で注目すべき新製品といえる。
デザイナー不在では進まない
今回の試みについて、カルテル創業家の一人であり、マーケティング&リテールディレクターを務めるロレンツァ・ルーティ氏は、「AIの活用によって、特に試作段階の時間が大幅に短縮できるという利点が企業にとっては大きい」と明かした。
プレゼンテーションで見せたように、A.I.シリーズはAIによる設計アルゴリズムを駆使して開発された。例えば、インジェクション成型による製造方法は通常の製品と変わらないが、材料が型の中に隈(くま)なく注入できるかどうか、その強度に問題がないかどうか、といった部分をAIが事前に計算してから試作品を作るため、何度も作り直す工程が省ける。同社では通常、新製品開発に2年以上掛けることが多いが、今回のA.I.シリーズは18年秋に着手して19年4月に完成した。試作のための時間を約半分以上削れたことになる。
「人手に依存していた工程ではなく、機械を動かす工程が減った。社内で設定している各種試験はこれまで同様に実施したので、AIが人員に取って代わるとは考えていない。デザイナーが常に関わっていなければ新製品は生まれないし、新技術と新素材を研究して取り入れていく方針も継続していく」(ルーティ氏)
今回はスタルク氏との協業を希望したオートデスクの意向に基づくプロジェクトだったため、カルテルは投資していないが、将来的には、AIを導入した製造ラインを設ける考えもあるという。
この新作チェアは話題性を狙ったサプライズに終わらせず、今年6月には色数を増やして発売する予定だ。AIの根幹を担ったオートデスクにとっても、初めての家具開発に十分な手応えを感じており、次の共同プロジェクトを進める可能性も濃厚のようだ。
ミラノサローネという大舞台で世に送り出された「AIを駆使するデザイン開発」が、今後どれほど定着するか。無視できない動向になっている。
(写真提供/Salone del Mobile.Milano、Kartell)
出展数(出展企業+参加デザイナー)の内訳を追加しました。[2019/5/10 19:00]