複数の交通手段を組み合わせて新たな移動体験を生み出すMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)。その核と期待される新たなモビリティサービスが「ライドシェア」だ。しかし、日本で語られるライドシェアと、欧米のそれは似て非なるもの。計量計画研究所理事の牧村和彦氏が解説する。
政府が成長戦略を議論する未来投資会議では、2019年3月7日、安倍晋三首相から「現行の自家用有償制度の見直し」「タクシー事業の相乗り導入」について発言がなされた。前者については、タクシー事業者が委託を受ける、あるいは実施主体に参加する場合の手続きを簡易にする法制度の整備と、地域住民だけではなく観光客も対象とする点、後者はIT活用も含めてタクシー相乗りの導入を進める方針自体が、新たなトピックスだ。
これらをもって、政府は深刻化するドライバー不足への対応、低廉な運賃の実現を図るとしているが、一部のメディアは「ライドシェア解禁へ」「『白タク』解禁へ」と、センセーショナルに報じた。しかし、本当にそうなのだろうか。
そもそも日本ではライドシェアが利用形態や運行方式で語られることが多い。その典型が、今回のメディア報道に見られるように、「ライドシェア=相乗り」「ライドシェア=白タク」とする“誤解”だろう。その証拠に、ライドシェアの代表的なサービスの一つである米ウーバー・テクノロジーズや米リフトなどが普及した欧米諸国では、日本での理解とは違う捉え方が主流だ。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の主軸となり得る、新しいモビリティサービスの動向を正しく理解するうえでは、ライドシェアのプラットフォーマーの「本質」を見極めることが肝要といえる。
例えば、ウーバーが展開する配車サービスは下の写真のように現状で6種類あり、その1つが「uberPOOL(ウーバー・プール)」という、見知らぬ人同士が複数で同乗する相乗りサービスだ。しかし、uberPOOLは全米の一部の都市で展開するにとどまっており、ウーバー利用者の割合では全体の1割に満たないという話も聞く(例えば、ボストンで15%という報告がある)。つまり、「ライドシェア=相乗り」ではなく、相乗りサービスはライドシェアの中の1つにすぎない。
また、一般的にライドシェアのドライバーは登録制であり、米国の例では州ごとに条件は異なるものの、年齢制限、保険加入、犯罪歴などの条件がある(面談や運転技術の事前確認を行う事業者もある)。国や州によっては、事業者は利用実績や運行実績などの報告も義務付けられている(カリフォルニア州のように第三者の車検を義務付ける地域もある)。それに加えてドライバーは利用者から厳しく評価され、評価が低いドライバーは営業できなくなる。すべてのドライバーが素人でかつ、行政の制約もなく運行しているといった日本でのイメージとは180度違い、「ライドシェア=白タク」とは一概に言えないのだ。
では、ライドシェアとは一体何だろうか。簡単に言うと、ドア・トゥ・ドアのオンデマンド型交通サービスだ。いつでもどこでも、呼び出したらすぐに来てくれる(オンデマンドな)、“庶民のハイヤー”である。利用者から見れば、スマホ1つで自分のお抱えドライバーを雇った感覚で、まさに究極の交通サービスがライドシェアの本当の姿だ。
ウーバーやリフトなどの運営会社は、ドライバーと利用者を直接マッチングさせるだけで、車両や車庫、営業所などの資産を持つ必要がないため、類似のサービスであるタクシーよりも安価で利用できるようにしている。スマホをのぞけば、自分の周辺にどの程度の配車可能な車両がいるかが分かり、配車オーダーをすれば、現在地までの到着時間、目的地までの所要時間を知らせてくれる。事前におおよその運賃も提示される。
その後、時々刻々と配車した車両が近づく様子が確認できる。乗車する際はいちいち目的地を説明する必要がなく、降車時も現金などのやりとりは不要だ。我々日本人が知っているタクシーとは似て非なるサービスであり、UI(ユーザーインターフェース)、UX(ユーザーエクスペリエンス)である。そのため、欧米で古くから一般的に使用されていた相乗りサービスの呼称である「カープール」と差別化した呼び方として、これら究極の交通サービスにはライドヘイリング(hailingは「呼んで迎える」の意)が一般的に用いられる(以下、本稿ではライドヘイリングと呼ぶ)。
それと同じように、ウーバーやリフトなどは、交通ネットワーク企業(Transportation Network Companies :TNCs)と呼ばれ、飛行機、鉄軌道、バス、自転車、電動キックボードなど、すべての交通手段を網羅したドア・トゥ・ドアの移動サービスを提供する企業として知られている。つまり、タクシー事業という特定の交通手段だけを対象とはしていないのだ。
ウーバーは都市型モデル?
欧米のライドヘイリングの利用者像は徐々に明らかになりつつある。都市部での利用が中心であり、その多くは高学歴、高所得、20~30代の人たちだ。また、「タクシーの利用者が減少している」という報道が散見されるが、タクシーとライドヘイリングを合わせた移動需要は激増しており、シカゴやニューヨークではこの3年間に3倍以上、全米の大都市各地でも同様の傾向で増え続けている。
一方でバスなどの既存の公共交通の需要は、近年全米各地で減少傾向となっている。これについてライドヘイリングとの因果関係は不明であるものの、テレワークの進展やライドヘイリングの急速な進展が影響を及ぼしている可能性はある。ただし、大都市では公共交通とライドヘイリングを組み合わせた移動パターンが増加していることも報告されており、一概には断定できない。
ここまでの解説で、日本で多くの人が思い描くライドシェア像と、欧米で先行的に普及が進んでいるライドヘイリングの実態には、大きなギャップがあることを理解してもらえただろう。ウーバーやリフトは、車両や営業所などの資産を持たないプラットフォームのビジネスゆえ、必然的にドライバーや車両が多く、人口が集中している都市部でのサービスが中心である。また、スマートフォン世代に訴求したシェアリングサービスでもある。日本で議論されているライドシェアがイメージするような、中山間地や交通不便地域、高齢者の移動支援とはほど遠い実態がある。
そもそも、こうした中山間地や高齢者などの移動支援は、欧米の先進都市では古くから行政の福祉サービスの一つとして位置付けられている。「ダイアル・ア・ライド」などの電話やインターネットによる配車送迎サービス(パラトランジットと呼ぶ)が、それだ(国や都市などでサービスの種類はさまざま)。法律で国民の移動を確保する最低限のサービスが保証されており、ビジネスとしては成立しないサービスとして認知され、福祉輸送として確立している歴史がある。
日本で、仮に欧米型のライドヘイリングがビジネスとして成立することが困難な地域で普及した場合、それは国民の税負担として跳ね返ってくるだけではなく、バス事業などの既存の交通サービスに壊滅的な影響を与えるかもしれない。そのため、今求められているのは、タクシー事業やバス事業など、個別事業が抱える課題への対策だけではなく、それらの垣根を越えて暮らしの足を守り育てる地域住民のための事業や法制度、必要な財源確保の議論だろう。
幸いというか、まだ一部ではあるものの、バス事業者とタクシー事業者が連携した調整や、協議が進められている地域もある。また、路線バスや鉄道と新しいモビリティサービスを組み合わせた取り組みも始まっており、今後の展開に期待したい。
繰り返しになるが、ライドヘイリングとはドア・トゥ・ドアのオンデマンド型交通サービスであり、いつでもどこでも呼んだらすぐに来てくれる、究極の交通サービスである。代表格のウーバーは日本ではタクシー配車サービスを展開しており、すでに東北3県、東京、名古屋、京都、大阪などに進出。中国発のディディチューシン(滴滴出行)も、東京や大阪などでサービスを始めている。日本の交通事情に合った、既存の交通事業と共存共栄した日本発のモビリティサービスの実現が切望される。