クラウドファンディング発の製品や海外のデザイン家電など、ユニークな品ぞろえで知られる二子玉川 蔦屋家電。ネット時代の次世代型ショールームとうたう「蔦屋家電+(プラス)」が2019年4月5日にオープンした。ネット通販対抗で安売りに陥りやすい一般の家電量販店との違いとは?

蔦屋家電+は店舗2階のエレベーター脇にオープン
蔦屋家電+は店舗2階のエレベーター脇にオープン

 蔦屋家電+は、これまで催事会場として使っていた40平方メートルほどのスペースを改装してオープンした。国内で未発売の海外製品や試作品など、ガジェット系を中心に30のプロダクトが並ぶ。リアル店舗では蔦屋家電+でしか扱っていないものばかりで、来店客はそれらの多くを実際に触って試せるのが売りだ。30製品のうち21製品は、店頭で予約・購入することもできる。

 品ぞろえは、実に多彩だ。例えば、飼いネコの活動を24時間見守る首輪型ウエアラブルデバイスの「Catlog(キャトログ)」や、海外発の低出力レーザー“育毛キャップ”「Capillus(カピラス)」、指輪型の時計「RING CLOCK(リングクロック)」、仮眠専用チェア「EnergyPod(エナジーポッド)」など、斬新なアイデアが光る製品が多い。予約販売されているものの価格帯は、最低5500円から最高190万円と幅広い。

 大手メーカーではパナソニックや日立アプライアンスなども、型破りな製品を出品。パナソニックは、家電領域の新事業創出を担う社内アクセラレーター、ゲームチェンジャー・カタパルトで開発中の「DishCanvas(ディッシュキャンバス)」を展示する。これは、料理を彩るさまざまな映像を映し出せるディスプレー搭載型の皿だ。また、日立は著名デザイナーの深澤直人氏が手掛けた中国市場向けのスタイリッシュな空気清浄機を“逆輸入”。日本導入の可能性を探るテストマーケティングの場として活用する考えだ。

仮眠専用チェア「EnergyPod(エナジーポッド)」が、蔦屋家電+で最高額の190万円(税別)
仮眠専用チェア「EnergyPod(エナジーポッド)」が、蔦屋家電+で最高額の190万円(税別)
写真手前の製品が、パナソニックの試作品「DishCanvas(ディッシュキャンバス)」
写真手前の製品が、パナソニックの試作品「DishCanvas(ディッシュキャンバス)」

店員が製品を売り込まない?

 実は蔦屋家電+の“源流”は、米国にある。サンフランシスコやニューヨークなど、米国の主要都市に16店舗を構える「b8ta」(ベータ)だ。同店は、クラウドファンディング中の製品などを店頭に並べ、その名の通り、ベータ版でユーザーテストができるユニークな小売店として人気を博している。

 「単純にモノを売るだけの店舗ではネット通販との安値競争に陥り、疲弊する。b8taのように、店舗を斬新な製品の情報発信をする“メディア”と捉え、そこで吸い上げた顧客ニーズをメーカーの製品開発に生かすマーケティング装置として機能することを目指した」と、店舗開発を手掛けた蔦屋エンタープライズの木崎大佑氏は話す。

蔦屋家電+のモデルとなった、米国の「b8ta」(ベータ)。写真はオースティンの店舗
蔦屋家電+のモデルとなった、米国の「b8ta」(ベータ)。写真はオースティンの店舗

 具体的な蔦屋家電+のビジネスモデルはこうだ。まず、製品を展示するメーカーは、1区画のスペースに対し、1カ月、3カ月契約で月額20万円を蔦屋家電エンタープライズに支払う。蔦屋家電+には30製品展示されているから、およそ月600万円の売り上げがある計算だ。「1坪当たり50万円ほどの固定収入になるので、一般の家電店より坪効率は高いレベル。そのため、予約・販売製品の売り上げはすべて出展メーカーの取り分としている」(木崎氏)という。

 一方、出展メーカーは、蔦屋家電+のAI(人工知能)カメラを使った分析システムや、店員の接客によるマーケティングデータを得られる。これにより、発売前の製品の市場性を判断したり、ブラッシュアップに役立てたりできる。同時に予約・販売中の製品なら売り上げも狙えるのがメリットだ。

蔦屋家電+の店舗を通して消費者の意見を吸い上げ、より良い製品開発につなげる
蔦屋家電+の店舗を通して消費者の意見を吸い上げ、より良い製品開発につなげる

 導入したAIカメラによる分析システムは、オプティムが開発。同社は通販大手のモノタロウと組んで、佐賀大学内で無人店舗の実証実験を18年4月から始めている企業だ。蔦屋家電+では、各展示製品の横に置かれたiPadのカメラで来店者を常時撮影。サーバー側で個人を特定できないデータにリアルタイム変換しつつ、その製品に関心を示した顧客の「性別」「年代」「滞在時間」を判定している。「ウェブサイトの滞在時間と同じ発想で、製品の前で立ち止まった時間が長ければ、より関心が高いということ。どんな属性の人が興味を示したか、実際に製品に触れたか、その人は他にどんな製品に引かれたかなど、クロス分析も可能にある」(木崎氏)という。

 また、蔦屋家電+でユニークなのは、店員の接客スタイルだ。通常の小売店では販売ノルマがあるばかりに、店員は「売らんかな」のコミュニケーションに陥りがち。しかし蔦屋家電+の店員は売り上げ目標がなく、メーカーが次の製品開発に生かせるよう顧客ニーズをいかに引き出すかということに集中しているのだ。例えばカラー展開や価格、形状デザイン、重さへの要望など、製品の解説をしながら巧みに聞き出し、接客の合間に会話の内容をまとめていく。こうして集めた顧客の定性コメントが、重要なマーケティングデータになる。「単純な商品説明や価格交渉の会話ならロボットで十分。メーカーによるアンケート調査でも分からない、顧客の生の声を引き出すのが、これからのリアルな店員の存在価値になる」(木崎氏)という。

各製品に1台iPadが割り当ててあり、製品の動画解説などを確認できる。iPadのカメラで来店客を撮影している
各製品に1台iPadが割り当ててあり、製品の動画解説などを確認できる。iPadのカメラで来店客を撮影している
店員は接客の合間に、顧客の要望をパソコンでまとめる
店員は接客の合間に、顧客の要望をパソコンでまとめる

 蔦屋家電+で扱う製品は、木崎氏や外部のキュレーターによる審査を経て、1カ月、3カ月単位で入れ替えていく方針。「いずれは表参道など、家電のイメージがない街に単店で出店していきたい」と木崎氏。先行した米b8taにならった、“未発売の製品を触れる小売店”というユニークなモデルが、日本でも消費者や出展メーカーに浸透するか、注目だ。

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