米アップルは現地時間の2019年3月25日、プレスカンファレンスで4つの新サービスを発表した。動画配信「Apple TV+」、ゲーム配信「Apple Arcade」、雑誌・新聞の定期購読「Apple News+」は、どれも利用料金の定額制が特徴。独自のクレジットカードも展開する。
プレスカンファレンスの冒頭にステージに立ったアップル最高経営責任者(CEO)のティム・クック氏は「アップルはこれまでにもワールドクラスのハードウエアとサービスを顧客に提供してきた。“サービス”という言葉を辞書で調べると、“人を助ける・誰かのために働く”という意味であることが分かる。ハード、アプリとシームレスにつながったアップルにしかできないクリエイティブで、多くの人々に有用な新しいサービスを届けたい」とコメント。それぞれの詳細を担当者が説明する、いつものスタイルで約2時間のイベントを実施した。
独自の動画配信サービス「Apple TV+」を今秋開始
アップルでは2016年から、Apple TV、iPhoneやiPadでテレビ番組や映画など動画コンテンツを、さまざまな提供元のプラットホームについてまとめて管理しながら楽しめる独自のTVアプリ「Apple TV app」を北米で提供してきた。同アプリを2019年5月に刷新する。
新たにHBO、Starz、SHOWTIME、CBS All Accessなど米国のメジャーな放送局、ケーブルテレビ局の動画配信コンテンツを「Apple TV channels」として追加、ストリーミング視聴を可能にする。別途パスワードの入力やアプリを追加しなくても、TVアプリの中でシームレスに視聴を楽しめるのが特徴だ。
動画コンテンツ再生中に広告やポップアップの表示がなく、iPhoneやiPadなどのモバイル端末で視聴する場合は、オフラインキャッシュ再生も選べる。ファミリー共有にも対応する。
TVアプリの使い勝手も高める。約150種類の動画ストリーミングサービスから好みのコンテンツがすぐに見つけられるように、ユーザーインターフェースのブラッシュアップを図った。例えばApple MusicやApple Booksのように、ユーザーの好みに合わせた動画コンテンツをリコメンドする「For You」セクションを追加。Siriによる音声操作を使った動画検索も可能だ。TVアプリにはiTunes Storeでユーザーが購入・レンタルした動画コンテンツのリストを統合し、横断検索の対象とした。
5月のサービスリニューアル後は、現在10カ国で利用可能なサービスの対象地域を100カ国に順次拡大していくことも明らかにした。日本が含まれるどうかは、現時点では不明。動画視聴はiPhone/iPad、Apple TVの他に、今秋にはMacでも可能になる。
19年1月に米ラスベガスで開催された家電・技術見本市「CES」では、韓国サムスンが19年に発売するスマートテレビのiTunes対応が明らかにされた。TVアプリも春から利用できるようになるようだ。他にもLG、ソニー、VIZIOのスマートテレビ、Amazon Fire TV、Rokuなどの動画ストリーミング機器にも、TVアプリの対応が広がりそうだ。
TVアプリには、新しい定額制のオリジナル動画配信サービス「Apple TV+(アップルTVプラス)」も19年秋に加わる。ステージにはゲストとして映画監督のスティーブン・スピルバーグ氏や女優のジェニファー・アニストン氏、セサミストリートのキャラクターも駆けつけた。
アップルは「Apple TV+のユーザーとしてサービスに登録すると、広告表示に妨げられることなく、アップルオリジナルの多彩なコンテンツを楽しめる」と説明している。Apple TV+は「秋から100を超える国々」で展開されるが、価格については秋までに発表する予定だ。
オリジナルの動画コンテンツ配信は、Netflixやアマゾンなど先行する“巨人”が、米国内で圧倒的なシェアを獲得している。後発のアップルがどう対抗していくのか。サービスの成功は競争力のある月額利用料金を打ち出せるかだけでなく、魅力的なコンテンツの提供と、Android OSやWindowsなど他社のプラットホームにもTVアプリをオープンに供給する決断に踏み切れるかにかかっている。
日本展開の可能性? ゲーム定額制サービス「Apple Arcade」
App Storeでは現在30万作品を超える無料・有料、およびコンテンツ内課金のゲームタイトルが提供されている。19年秋には150を超える国々で、新たに定額制ゲームサービス「Apple Arcade」を投入する。iOS、macOS、tvOSを搭載する各機器で楽しめる。日本市場への投入に関する発言はなかった。
新サービスには、App Storeのアプリ内メニューに新設する「Arcade」タブからアクセスする。「ファイナルファンタジー」シリーズの生みの親であるゲームクリエーター・坂口博信氏も、Apple Arcadeにビデオメッセージでエールを送った。プラットホームに参加するゲームスタジオには、Annapurna Interactive、Bossa Studios、コナミ、レゴ、セガといった名前が挙がっている。
ローンチ当初は、100作品を超える独占ゲームをそろえる予定。新規タイトルも、随時プラットホームに追加される。好みに合う作品のリコメンデーションや、iOSの「スクリーンタイム」との連動機能を設けることもあり、「プライバシー保護、セキュリティー管理については万全の対策を講じる」という。
ゲームコンテンツについては、App Storeの厳密なガイドラインの下で管理される。提供価格などの詳細については、機会を改めて発表するとのこと。
今回のプレスカンファレンスで発表されたアップルの新サービスの中で、この定額制ゲームサービスについては、日本で導入される可能性がありそうだ。実現すれば、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation Now(PS Now)」の強力なライバルになるだろう。米国では、グーグルが発表した「STADIA」と激しい競争を繰り広げるに違いない。
月額約10ドル、雑誌・新聞の定期購読アプリ「Apple News+」
雑誌・新聞記事の定期購読「Apple News+(プラス)」は、本日発表されたサービスの中では最も早い、19年3月25日にアプリの提供を始めた。地域は米国とカナダ。カナダでは英語版とフランス語版を用意する。19年内にはオーストラリアと英国でも順次スタートする。利用できる端末は、iPhone/iPadとMac。
Apple Newsは米国で15年に配信を開始したiOS 9の頃に始まったサービスだが、今回「Apple News+」として米国内で販売されている300以上の一般誌、カナダで販売されている30以上の一般誌をデジタルコンテンツに加えた。
新聞はウォール・ストリート・ジャーナル、ロサンゼルス・タイムズが参加。theSkimmやTechCrunchといったオンラインメディアのコンテンツも読める。月額利用料金は9.99ドル(約1100円)。初月は無料で試し読みできる。
プレスカンファレンスのステージでは、ファッション誌のVogueやナショナル ジオグラフィック、People、ELLE、Rolling Stoneなど、エディトリアルデザインや写真のグレードが高い雑誌を中心に紹介。iPad ProやiPhoneの大きな画面が生かせるよう、アプリのユーザーインターフェースをさらにブラッシュアップしたことを強調した。例えば動画を活用した“動く雑誌のカバーアート”や、写真の上にオーバーレイ表示されるスタイリッシュなテキストなど、洗練され、なおかつ紙の雑誌では表現不可能な事例が目を引いた。
Apple News+のコンテンツには、専任編集者によるリコメンデーションや、機械学習を組み合わせて生成する「For You」セクションによるパーソナライゼーション機能が加わる。リコメンデーションのアルゴリズムについては、ユーザーが読んだ記事をグループ化した情報に基づいてパーソナライゼーションを行う。ユーザーが読んだ記事の内容についてはプライバシーが保護され、「広告表示の用途に流用されることはない」という。
日本に限らず「Apple News+」を各地域に展開する場合は、ローカライズの壁が立ちはだかっているだけでなく、アプリのユーザーインターフェースをフル活用するエディトリアルデザインのノウハウを育成する必要がある。仮に日本上陸となった場合には、「まんが」や「男性向けグラビア」などのコンテンツを、上手に取り込めるかが躍進の鍵を握るだろう。
Apple Payと連携するクレジットカード「Apple Card」
今回キャッシュレス決済関連でも新展開が見られた。Apple Payに対応するiPhoneで利用できる、アップル独自のクレジットカード「Apple Card」の発行を明らかにした。19年夏に米国で登場する。ステージのプレゼンテーションを見る限り、現在日本国内でも利用できる電子決済Apple Payを洗練させ、iPhoneのWalletアプリの中でカードを使った履歴確認などが、シームレスに行えるようだ。
Apple Cardのブランドはマスターカード、発行は米ゴールドマン・サックスが行う。アップルのオンラインおよびリアル直営店での買い物にキャッシュバックを付ける、「Daily Cash」というサービスも、併せて開始する。
iPhoneのApple Payによる電子決済が利用できない店舗でもApple Cardが使えるように、総チタン製のカードを提供する。デザインもアップルらしく“クール”なことが特徴。このカードを使った買い物には、1%のDaily Cashが適用される。
導入の実現性を考えると、日本の一般ユーザーなら、アップルが今回発表したサービスに少し距離を感じるだろう。18年はこの時期にApple Pencilに対応した9.7インチのiPadが発表されたので、ハードウエアに関連するアナウンスが1つもなかったのは、残念だった。
しかし発表会の様子からは、アップルがこれまで以上にソフトウエアとサービスのビジネスに力を入れていこうとする意気込みが、しっかり伝わってきた。日本の、特に映像やゲーム、新聞や出版といったデジタルコンテンツを保有する企業にとっては、むしろこのサービス展開のほうが気がかりに違いない。日本展開の時期、サービス内容がどうなるかについて、引き続き注視し続ける必要がある。