東京都心の日本橋で、新感覚の “花見” が始まった。街のシンボルとして定着した福徳神社を見守る“森”を、デジタルアートの桜が照らす。石畳が続く仲通りには、夕闇が迫ると“桜のカーペット”が現れる。五感でアートを楽しむ仕掛けは、三井不動産と若手クリエイターの共創から生まれた。

東京・日本橋の福徳の森に突如現れたデジタルアートの桜。約10万球のLEDの輝きが、幻想的な光を放つ
東京・日本橋の福徳の森に突如現れたデジタルアートの桜。約10万球のLEDの輝きが、幻想的な光を放つ

 桜から幻想的な光が漏れる。6回目を迎えた日本橋桜フェスティバルに、新たな見どころが加わった。その名も「The Tree of Light -灯桜(ともしざくら)-」。実際の桜の木ではなく、葉の一枚一枚にLEDを仕込んだデジタルアートである。

 灯桜が立つのは、再開発によって生まれた福徳の森。商業施設「コレド室町」に隣接する憩いの場だ。淡いピンク、鮮やかな緑、燃えるような赤など、音や風に反応して刻一刻と色彩を変える高さ8メートルの“デジタルツリー”に、道行く人が次々と足を止め、スマートフォンを構えていた。

葉の色はピンクだけでなく、刻一刻と変わる。葉の一枚一枚にLEDを仕込んである
葉の色はピンクだけでなく、刻一刻と変わる。葉の一枚一枚にLEDを仕込んである

砂漠の中に1本だけ立っていた木

 このデジタルツリーには、モチーフとなった作品がある。毎年8月、米ネバダ州で開催される世界最大級のアートフェスティバル「Burning Man(バーニングマン)」。外部から隔絶した砂漠の中、世界中から集まったアーティストたちが共同生活を送り、最後に巨大な人形「マン」を燃やして締めくくるというこの“奇祭”で2017年、大きな話題をさらった「The Tree of Tenere(テネレの木)」だ。

 テネレの木とは、サハラ砂漠の南、アフリカのニジェール共和国に広がるテネレ砂漠に1本だけ生えていた木のこと。テネレとは、現地の言葉で「何もない所」の意味。“砂漠の中の砂漠”と呼ばれた場所の目印となったのがテネレの木であり、バーニングマンでは、現代の砂漠の中にLEDの光を広げる孤高のデジタルツリーとしてよみがえった。

 「テネレの木は“道の目印”となった木。日本に持ってくるなら、日本橋が最も親和性が高いと制作チームに選んでもらえた」と、三井不動産日本橋街づくり推進部の坂本彩主事は語る。

 日本橋は江戸時代に五街道の起点として栄え、今も日本橋から全国へ高速道路が延びる。まさに日本の中心の目印として、「日本版テネレの木」を“上陸”させるにはふさわしい場所だ。

 The Tree of Tenereを手掛けたデザインスタジオ「シンメトリーラボ」と、インタラクティブ・クリエイティブ・カンパニー「バスキュール」が手を組み、チーム「The Tree of Light Japan」を結成。日本ならではの試みとして、桜の木をデジタルで表現すると決めた。

 「伝統と革新が融合する日本橋らしい表現で、新しいテクノロジーを活用したアート作品を集客の核としたかった。ぽつんとアートを置くだけというのはこの街に合わない。街のストーリーとの親和性があって初めてやる意味がある」と坂本氏は力を込める。

 その桜へといざなうもう一つの仕掛けも用意した。福徳神社の“参道”に当たる、コレド室町の仲通りに全長16メートル、幅3メートル超の「サクラカーペット」を出現させたのだ。

 このカーペットは「nihonbashi β(日本橋ベータ)」という新プロジェクトから生まれた。若手クリエイターと日本橋をつなぎ、日本橋の未来を創る取り組みとして18年秋にスタート。日本橋を彩ってきた老舗ののれんを、自由な発想と最新のテクノロジーで創作するという「未来ののれん展」で優勝した1期生の4人が、桜フェスティバルに合わせて開発した。

 全6台のプロジェクターで石畳に映像を投映し、人感センサーで来場者の動きを感知。カーペットの上を歩けば、満開の桜を咲かせる体験ができるという仕組みだ。

「オン」「オフ」で花びらが舞い散る

 なぜ、カーペットを題材に選んだのか。「春はスタートの季節。これから始まることを桜と共に祝おうというのがコンセプトだった。それも、どんちゃん騒ぎで祝うのではなく、神秘的に厳かに祝おう、と。皆が“はなさかじいさん”みたいな力を持って、足を踏み入れれば、桜を満開にできる神秘的な場所にしたかった」と、デザイナーの鈴木和真氏は語る。

 カーペットには輪が2つ映し出されており、この輪がスイッチの役割を果たしている。輪の中に入ると、スイッチがオンになり、花が咲く。もう一度輪に入ると、スイッチがオフとなり、花が散る。桜が花開き、散っていく、季節の移ろいをカーペットの上を通り過ぎるだけで体感できる。

 制作に当たっては桜をモチーフとし、来場者が楽しめる仕掛けで参道を飾り立ててほしいとだけ求められた。観客を作品に取り込むアートであるインスタレーションには複雑な表現も多いが、「スイッチのオン、オフだけがあるほうが、自分に反応していることが分かって面白いんじゃないかと仮説を立てた。実際に形にするとその通りだった」と鈴木氏は振り返る。

 プロジェクターを一方向からではなく、左右に配置したのにも理由がある。エンジニアの佐藤哲朗氏は「左右から映し出すことで、影が映り込みにくくなるようにしたかった」と狙いを話した。4人はそれぞれ別々の企業に属し、アートディレクター、デザイナー、エンジニアなど職種もバラバラ。nihonbashi βで出会い、カーペットという一つのデジタルアートを創り上げた。

人の動きをセンサーで感じ取り、桜を満開にできるカーペット。(左から)デザイナーの石川貴之氏、デザイナーの鈴木和真氏、アートディレクターの水野直子氏、エンジニアの佐藤哲朗氏の4人がチームを組んで完成させた
人の動きをセンサーで感じ取り、桜を満開にできるカーペット。(左から)デザイナーの石川貴之氏、デザイナーの鈴木和真氏、アートディレクターの水野直子氏、エンジニアの佐藤哲朗氏の4人がチームを組んで完成させた

再開発はこれからも続く

 三越、高島屋という2大百貨店を擁するものの、長らくビジネス街の色彩が強かった東京・日本橋。三井不動産が日本橋再生計画を掲げ、コレド日本橋やコレド室町といった商業施設を相次いで開業したことで、休日もにぎわうショッピング街として集客力を大きく増した。

 再開発はこの先も続く。19年秋には新たな商業施設「コレド室町テラス」が開業。米タイム誌が「アジアで最も優れた書店」に選んだ台湾の誠品生活が日本初上陸を果たし、集客力のある飲食店も多数入居する予定だ。さらに20年の東京五輪後には日本橋川周辺で、超高層ビルの建設が本格化する。

 実は桜フェスティバル自体が「コレド室町2」「コレド室町3」のオープンに合わせて14年に始まった、変わりゆく日本橋を象徴するイベントだ。再開発の進展と共に年々規模が拡大し、今や八重洲、京橋を含め、東京駅の東側を広くカバーする一大イベントに成長した。

 今年は3月15日~4月7日の期間中、灯桜やサクラカーペットといったデジタルアートに加え、本物の桜のライトアップを各所で実施。店のウインドーや壁面をキャンバスに見立てて桜を表現した「Sakura Gallery」も軒を連ねる。

 さらに日本橋・八重洲・京橋の186店が、桜切りそば、さくら小鍋御膳、桜スパークリングワイン、桜あんみつなど、桜をモチーフにしたオリジナルメニューを提供。3月30、31日は福徳神社周辺に、日本橋グルメが集う「ニホンバシ桜屋台」が登場する。

19年の日本橋桜フェスティバルの副題は「つながり広がる、日本橋・八重洲・京橋」。桜メニューの提供店は、日本橋エリアを飛び出し、東京駅の東側の広域に点在する(パンフレットより抜粋)
19年の日本橋桜フェスティバルの副題は「つながり広がる、日本橋・八重洲・京橋」。桜メニューの提供店は、日本橋エリアを飛び出し、東京駅の東側の広域に点在する(パンフレットより抜粋)

 伝統と最先端が融合する街として進化を続ける日本橋。変わりゆく街に共鳴するように、現代アートのギャラリーが集積し、新進気鋭の表現者たちが集まり始めている。

■変更履歴
カーペットの説明部分を一部補足しました。 [2019/03/22 17:20]