米ウーバー・テクノロジーズを一般の自家用車を活用した配車サービスの会社と理解するのは、もはや時代遅れだ。ラストワンマイルをつなぐ自転車シェア、公共交通機関との連携など、すべての移動を1つのアプリで提供するMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)企業への脱皮が急速に進んでいる。2019年3月に来日した米本社の新規モビリティ統括責任者に話を聞いた。
米ウーバーの新規モビリティグループの役割は?
レイチェル・ホルト氏(以下、ホルト氏) 2018年7月に立ち上がった新部署です。これまでウーバーは、自家用車などを使った送迎のマッチングサービス「uberX」や、同じ方向に向かう乗客同士の相乗りサービス「uberPOOL」など、クルマによるサービスにフォーカスを当ててきました。すでに64カ国、600都市以上で、7500万人の乗客と300万人のドライバーが登録しており、毎日1500万回以上の乗車をサポートしています。
ウーバーが目指すのは「マイカーフリー社会」です。それに資する新しい移動のプラットフォームに我々が進化していくためには、クルマによる移動サービスだけでは不十分。A地点からB地点に行くに当たって、必ずしもクルマに乗ることがベストとは限らないからです。電動自転車や電動スクーター(立ち乗りの電動キックスクーター)、既存の公共交通機関も含めて、すべての移動手段をパーツとして考える必要があります。
そのうえで、あらゆる移動手段の中でどの方法がベストなのか。Uberアプリが個々人のニーズに合わせて教えてくれるという、ワンストップショップの世界を描いています。例えば、目的地に一番早く行ける手段は何か、一番安く行くにはどうするか。大きい荷物があるのかどうか、移動中に電話をするから1人で行きたいのか、それとも他の人と一緒でも安く行きたいのか、自転車や電気自動車といった環境にやさしい移動手段を選びたいのか――。
こうしたバラバラの要求に対して、Uberアプリが適切な方法をレコメンデーションすることで、ユーザーの移動体験をもっと心地いいものにする。そのために必要な新しいモビリティサービスの立ち上げ、第3者とのパートナーシップの構築などを担うのが、新規モビリティグループのミッションです。
定額乗り放題サービスも開始
ウーバーが手掛ける新しいモビリティサービスの具体的な取り組みは?
ホルト氏 ビジネスの拡大期に入っているのは、電動自転車や電動スクーターのシェアサービス「JUMP Bikes」です(18年4月に買収)。現在は全米16都市とドイツのベルリン、ポルトガルのリスボンで展開しています。
サンフランシスコの例ですが、JUMPの導入効果を1つ紹介しましょう。18年の実績では、サンフランシスコで6万3000人以上が62万5000回も電動自転車を利用し、1台当たり1日で平均7回稼働しました。これは他の自転車シェアサービスに比べて高い数字です。特に興味深いのが、交通の混雑時間である朝8時から夕方18時までに区切って統計を取ると、Uberのカーサービスの利用回数が減る一方で、JUMPの利用が大幅に増えたこと。合計では利用回数が15%もアップしています。つまり、混雑時間帯にユーザーはクルマから降りて電動自転車に乗ったということで、我々からすれば「ユーザーはいい意思決定をした」と捉えています。
JUMPの電動自転車による移動は平均で2.6マイル(約4km)です。それより移動距離が短いのはJUMPの立ち乗り電動スクーター、それ以上はライドヘイリングなどUberのカーサービスが利用されている。こうした複数の移動手段を提供してユーザーが能動的に使い分けできるようにすることは、我々のビジネスにとっても、都市にとっても良いミックスだと考えています。
また、特にJUMPはA地点からB地点を直接結ぶ移動手段というだけではなく、複数の移動手段の“つなぎ”で使いやすいサービス。自宅から鉄道駅やバス停までに行くファーストマイル、目的地の最寄り駅から職場や学校などに行くラストマイル、この2つの移動をサポートできるのが理想です。

自転車シェアリングでは、急成長した中国のモバイク(Mobike)やオッフォ(ofo)が、一転して急減速期に入った。この動きをどう見ているか?
ホルト氏 我々は、減速市場とは見ていません。現在、電動自転車に代表されるマイクロモビリティの驚くべきインパクトを目の当たりにしているからです。先ほど紹介したサンフランシスコにおけるJUMPの導入効果もそうですが、他の都市、サクラメントやカリフォルニアでも良好な結果が得られている。これらの都市では、JUMPの電動自転車を使う割合がUberによる移動全体(カーサービス+電動自転車の合計)の最大55%を占めているほどです。
ウーバーは月額サービスの「ライドパス(Ride Pass)」を米国の5都市で18年10月から始めている。これにJUMPも組み込まれていくか?
ホルト氏 ライドパスは、ウーバーが配車サービスで採用しているダイナミックプライシングにより、通勤・帰宅ラッシュ時は乗車料金が高騰しがちなので、それを使いやすくしようと導入したプログラムです。具体的には、月額14ドル99セント~(約1670円~)でライドパスを購入しておくと、どの時間帯の乗車でも低額利用が可能になるもの。現在はオースティン、デンバー、マイアミ、オーランド、ロサンゼルス(月額24ドル99セント、約2800円)で展開しています。
すでにロサンゼルスでは、このライドパスの中にJUMPのサービスも含まれており、ユーザーは追加のコストを支払わずに電動自転車と電動スクーターが乗り放題で使える状態です。この取り組みは当然、他の都市にも広げていく予定で、いずれフードデリバリーサービスの「Uber Eats」も組み込まれていくでしょう。
新サービス「Uber Works」もMaaS関連?
19年1月末には、デンバーで公共交通機関との連携サービスを始めている。
ホルト氏 ウーバーは16年にイスラエル発の交通ナビゲーションアプリ提供会社Moovit(ムービット)と業務提携しました。今回の取り組みは、これを生かしたもの。Moovitは7000以上の公共交通機関から集められた世界で最も多くのデータを保有・運用しています。
デンバーでは、Uberアプリから目的地を設定すると地域交通局の鉄道やバスを使ったルート検索が可能で、同じルートでuberXやuberPOOLを利用した場合に必要な料金との比較もできます。もう間もなく、公共交通を使ったルートに対してもUberアプリ上で決済できるようになります。利用実態については、まだ実験が始まったばかりで詳細をお伝えする段階にないのですが、スモールスタートでデンバーから始めた公共交通連携の取り組みは、次は世界的な大都市で始める計画です。また、ウーバーは公共交通機関向けにモバイル決済を提供している英国のMasabi(マサビ)とも18年に提携しており、これをてこに公共交通との連携を拡大していく方向にあります。
公共交通側としてはウーバーに利用者を奪われる懸念があるのでは?
ホルト氏 なぜ公共交通機関とウーバーが連携するのか。その答えは、とてもシンプル。ウーバーは公共交通の敵ではないことをデータが示しているからです。実は、ウーバーによる乗車の3~4割は公共交通の駅から始まるか、駅で終わっています。つまり、競合ではなく、相乗効果がある。我々は公共交通を含めたエコシステムを作っていくことで、人々がシームレスに移動できる価値を提供することがターゲット。この姿勢に賛同する公共交通機関はたくさんあるという事実をお伝えしたい。1つの例としては、ニューヨークやワシントンDCで実際に起きていることですが、公共交通の利用者が減少しているエリアでは、ウーバーとの取り組みで公共交通の利用を促進できるという期待があります。
これは米国に限った話ではありません。すでにアジアなどにおいて政府の交通当局との連携が始まっています。例えばオーストラリアでは既存の交通インフラをウーバーが持つテクノロジーを活用して効率よく使うことが検討されています。
ある国の都市において、公共交通のネットワークが整備されていても、それが必ずしもすべての時間帯で効率化されているわけではありません。巨大なバスに乗客が1人だけという赤字路線もあるわけです。これをウーバーのサービスを組み合わせたり、技術を生かしたりすることで一緒に解決していこうというアプローチです。
そもそも交通インフラが整っていない新興国からの引き合いも多くあります。ウーバーは都市でどのように人々が移動しているのかデータ分析しているので、このルートで非常に多くの乗車ニーズがあるとか、交通渋滞や事故の情報も含めて、都市開発、インフラ投資の当局に対しても有益な情報を提供できます。
米国では、他にどんな新しい取り組みが進行中か?
ホルト氏 非常に初期段階ですが、米国でテストを始めたUber Worksがあります。これは、飲食店のウエーターや食器洗い、警備員などの簡易作業を行うスタッフのオンデマンド派遣サービスです。例えば、ある飲食店で食器洗いのスタッフが「今日は休みます」と連絡してきたとき、飲食店のオーナーがUber Worksに求人を出すと、働きたい人とのマッチングが可能になる。
これはモビリティの取り組みと関係ないと思われるかもしれません。しかし、それは違います。人の生活はすべて移動がベースにあるので、労働市場もモビリティと無縁ではないからです。すでに日本でも展開しているUber Eatsもそうですが、都市における人の行動にフォーカスを当てて事業を展開すれば、モビリティに対する知識も蓄積できるというのが我々の理解なのです。
もちろん、ウーバーはJUMPのようにモビリティそのもので新たなサービスも計画しています。代表例が、垂直で離着陸が可能な電動飛行機を使った移動サービス「Uber Air」。これまでの地上のサービスに比べて移動時間を大胆に短縮できるもので、ロサンゼルスやダラスでは2020年に試験サービスを始める予定です。
また、世界を見渡せば、陸と空のサービスだけではありません。インドやトルコの街の交通手段として水路が発達している都市では、すでに川を航行するボートでの移動もウーバーがサポートしています。“陸海空”すべてのモビリティを含めたエコシステムを考えているのです。
繰り返しになりますが、我々のビジョンはウーバーのアプリをワンストップショップにすること。すべてのユーザーの移動にまつわる意思決定をサポートし、アプリを見せるだけでさまざまな交通手段に乗ることができる。そんな快適な移動体験ができる世界をつくることです。そのために必要なモビリティサービスを育成し、公共交通とのパートナーシップなどにも積極的に動いています。現在、日本ではタクシー配車サービスなどを展開していますが、いずれMaaSに向けた取り組みも始められることを期待しています。
(写真/高山 透)