※日経トレンディ 2019年4月号の記事を再構成
革新的サービスで躍進中のベンチャー企業のトップ3氏が、「周りの経営者の間でも大ブーム中」という『キングダム』について、誌上対談を実施。「よくできたマネジメント論」と、3氏が口をそろえて語る同作品から、何を学び、経営にどのように役立てているのか──。企業を成長させる“キングダム経営”の極意を語り尽くした。

久保田裕也氏
オトバンク社長
本を音にしたオーディオブック配信サービス「audiobook.jp」を運営。定額制の聴き放題プランが話題に
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山野智久氏
アソビュー社長
全国各地のレジャーや遊び、体験を予約、購入できる、日本最大級のマーケットプレイス「asoview!」を運営
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金谷元気氏
akippa社長
全国の駐車場予約ができる、駐車場シェアリングサービス「akippa」を運営。空きスペースを気軽に貸し出せるのも特徴
山野智久氏(以下、山野) 『キングダム』はまさにベンチャー企業の成長物語。読むたびに泣いています(笑)。経営者仲間で話題になることも多く、“バイブル”だと語る人までいますね。
金谷元気氏(以下、金谷) 私も、それで気になって読んでみたら、見事にどハマリしました。まるで自分のことが描かれているような(笑)。
久保田裕也氏(以下、久保田) 本当にそうですね。私は三国志が好きで、その流れで『キングダム』を読みましたが、すぐに魅了されました。
山野 マネジメント理論をまとめたビジネス書として学びが多いと感じています。主人公が仲間とチームとして武功を上げていく過程で、ビジョンの共有、檄の飛ばし方、階層の定義、人材登用、報酬制度……というような、組織の動かし方が凝縮。まさに会社運営で必須のことばかりです。
久保田 私はお2人のように、創業社長ではないのですが、組織をまとめていく過程でそのときどきに直面した問題とまさに一致していました。経営論や組織論の哲学として孫子、孟子などに立ち返ることは多いですが、実践的という意味では人間臭い『キングダム』が参考になります。
山野 中でも、ベンチャーの生命線ともいえるビジョンや視座の共有は気づきが多いです。うちでは、メンバー全員に“必読本”として読むように推奨しています。というのも、「共通言語」をつくるのに最適だから。
久保田 ベンチャー企業って、中途採用のメンバーも多いですから、共通の成功体験は生まれにくい。意思統一は難しいですよね。
山野 そう。例えば、「頑張る」という言葉一つ取っても、どのぐらい頑張らなきゃいけない局面なのか、ズレが生じます。そんなときに、「函谷関のあの戦いのように」といえば、どれだけ切迫した状態か共有できます。伝えたいことをビジュアルとして想起できる漫画は、コミュニケーションを円滑にする強いツールなんです。
金谷 うちも経営陣はみんな読んでいます。同じく、共通言語として日々の会話に出てきますね。
山野 ビジョンを具体的に示すことの重要性を教えてくれるのが、信の同郷の仲間で創成期のメンバーにもかかわらず、戦いの後に占領した村で窃盗を働いたとみられる尾平(びへい)を破門するシーン。勝ったからといって敵を殺したり、略奪を働いたりするべきではない。「子供の頃に夢見た天下の大将軍になりたい」と宣言する。あれは、信がどんな大将軍を目指すのか、初めてビジョンを明言した瞬間だったと思います。
久保田 内容だけでなく、しゃべり方、声のトーン、表情など、細部が変わるだけでもビジョンの伝わり度合いは違いますよね。
山野 だからこそ、『キングダム』でもたびたび描写されますが、トップが直接語りかける場を意識的につくるようにしています。うちでは2週に1度、社員全員が集まる朝の会議を行っていますが、数カ月前から『キングダム』に倣って「軍略会議」と呼び方を変えたんです。私自身が現状の戦局や具体的なビジョンを直接語る最重要な場であることを浸透させたかったから。軍略会議って戦だと「出なければ死ぬ」という緊迫感があるじゃないですか。強い思いを伝えるのにうってつけなんですよ。



論理的思考と情、強いのは?
金谷 マネジメントといえば、階層ごとの役割分担についても描かれているのが印象的です。うちは2009年に営業代行事業をスタートしたのですが、そこでの私は猪突猛進の蒙武(もうぶ)のように先頭に立って突撃したり、「行け~!」と活を入れるのが役割でした。けれども、駐車場シェアリングサービスのakippaを始めてからは、大きく育てるために経営と執行の分離を考えるようになりました。「経営とは何だろう」と悩んでいた時期があったんです。その頃、『キングダム』で中華統一の思いを語る政を見てストンとふに落ちた。それで、経営メンバーに言ったのは、「俺は政のようにビジョンを打ち出す役割に徹する」というひと言。一気に私の意思が伝わりました。
山野 人材登用にも気づきがありますよね。特に、本能型と知略型の話。
金谷 はい。営業代理店の頃は別に戦略がなくてもとにかく推し進めればよかった。けれど、何百万人もが使うサービスをつくろうとすると、戦略眼を持った李牧(りぼく)や王翦(おうせん)のような将軍が必要になってきます。私は感性を重視する右脳派、『キングダム』でいう典型的な本能型なんですが、あえて経営の他のメンバーは理詰めで考える左脳優位の知略型で固めています。私が何か始めようと提案すると、他のメンバーは必ず調べ尽くして反対する。それを聞いてもなお私がいけると思うときは突破しますけどね。
久保田 それ、すごくバランスがいい。
山野 うちのメンバーも知略型が比較的多いんですが、知略だけで進めていけばうまくいくとは限らない。知略と本能的な感覚、状況に応じてそれぞれ大事なタイミングがあると思います。
金谷 今、論理的思考ができる知略型がもてはやされがちですよね。
山野 そんな中、今の時代にあえて、信のように感覚や情を大事にしなさい、という作者の原さんからのメッセージなんじゃないかと勝手に深読みしています。
久保田 呂不韋(りょふい)に忠義をもって仕えていた昌平君(しょうへいくん)が、「秦国がいい方向に進むなら」と最後に政に付いたのも、まさにこの情に揺さぶられたから。結局はエモさが人を動かすのだと思います。
金谷 人材登用の点でもう一つ共感したのが、飛信隊の副長である渕(えん)のあり方です。実はうちの元役員で古株の2人が、後から自分たちよりもマネジメントができる人が入ってきたので役員を辞めたいと言ってきたことがありました。「現場では負けない自信があるが、僕らが役員をしていると成長速度が遅れる」と、自らプレーヤーへの“降格”を申し出てきた。それって、渕(えん)の責任感と同じだなと。
久保田 渕(えん)は結果的に副長を続ける決心をしましたが、それまで相当悩んでいましたよね。華々しい働きはしないけれど、渕(えん)や尾平(びへい)のようにチーム創成期からいるメンバーってすごく大事。組織が大きくなればなるほど、リーダーのことを理解し、創成期を語れる人が現場にいるのは心強いです。
山野 組織にいてほしい存在といえば、騰(とう)ですね。私自身は、将軍の王騎(おうき)を目指すべきリーダーの一人だと思っているんですが、それを支える騰(とう)の存在はすごく大きい。王騎(おうき)が死んでからも「中華をまたにかけた大将軍を、傍らで支え続けた自負がある」と語り継いでくれる。あの場面は泣けます。あのような副将がいる組織は強いですね。
金谷 いわゆる番頭さんですね。ときどき、リーダー同等にすさまじく仕事ができる副長っていますから。そういう人がいれば組織に厚みが生まれます。



久保田 育成面から見ても、『キングダム』は役立つと思っているんです。戦い方を教えてほしいと頼みにきた信を、王騎(おうき)が崖から突き落とすシーンがあります。成長を促すためにはプレッシャーが必要だと思いますが、人それぞれ最適な負荷のかけ方は異なります。時には突き放すことが必要なことも。特にプライドが高くて絶対に俺がやってやるんだというタイプには、あえて口出しをせず、自分で何とかするしかないという環境に置くことが近道になることもありますね。
金谷 私、ちょっと恥ずかしいんですが、王騎(おうき)と同じようなことをしたことがあるんです。王騎(おうき)が、信を馬に乗せて「これが将軍の見る景色です」と教えるシーンがあるじゃないですか。あれがすごく好きで。会社にとって大きな岐路に立たされて踏ん張り時だった際に、とあるホテルの36階のレストランに経営メンバーを呼び出し、「目指しているところは世界やから、まずは上場を目指そう」と宣言したんです。
山野・久保田 物理的に高い所に上ったっていうこと?
金谷 そうです(笑)。高い所にあるいい店に。でも、思いが伝わってメンバーの目つきが変わり始めたんですよ。
山野 確かに、トップの視座とはこういうものなのだと伝えるのは大事ですね。戦国時代じゃないから王騎(おうき)のように馬に乗せることはできないけれど、リーダーはこういう視界で物事を捉えているという情報をコーチング的に伝えるようにしています。例えば、1on1などを通じて「なんであのときあの話をしたと思う?」と尋ねるなど、学習の場を意識的につくっています。



「報酬」には2種類がある
金谷 信の視線の変化は面白いですね。最初の頃は、将軍になって「土地が欲しい」「いい家に住みたい」などというのがモチベーションになっていたと思います。しかし、王騎(おうき)や政などのキーパーソンと出会ったことで、ただエゴや野心で戦うのではなく、深い志を表に出すようになりました。
山野 報酬って、大きく分けて金銭報酬と意味報酬があると思います。金銭報酬とはその名の通り、お金などの物理的なものです。一方、意味報酬とは自己実現や仕事それ自体に価値を見いだすなど、金銭以外のものを指す。今、金谷さんがおっしゃったように、信はまさに目的が金銭報酬から意味報酬へと変わりました。
金谷 akippaを始めた当時、他の既存事業と両方を率いていたのですが、営業代理店の事業では1件契約を取るといくらといった頑張り次第で給料が上がりやすい金銭報酬主体でした。一方akippaの事業は、「困りごとを解決する“なくてはならぬ”サービスを通して社会を変える」というビジョンを掲げた。どちらを選ぶか聞いたら、多くの社員が「もし給料が下がっても、人のためになるakippaを選ぶ」と言ったんです。
山野 特に若い世代を中心に、価値観は変化していると思います。社会との関わりや絆、自己実現を重視する人が増えているのではないでしょうか。
久保田 仕事だけでなく、家庭や趣味などで、それぞれが求める比重は多様化しています。金銭だけで報酬を考えてはダメですね。
金谷 マネジメントの話を中心にしてきましたが、各ポジションで働く人でも腹落ちする部分が非常に多いのが『キングダム』の魅力だと思います。特に、大局観が養われる点。戦術が入り乱れる合従軍との戦いのように、各現場では自分がしている仕事にどういう意味があり、全体でどういう影響があるのか、イメージトレーニングにもなるんです。どんな階層にいても、その上の階層や大局が見えると、おのずと持ち場でやるべきことが見えてくる。視野を広げられる本だと思います。
山野 同感です。新しくマネジャーになる人だけでなく、メンバーが1人増えたとか後輩ができたとか、そういう人でもマネジメントは重要です。本格的なビジネス書が苦手な人でもとっつきやすくマネジメントを学べます。
久保田 自分のポジションが変わったときや、心境の変化があったときに読むのも面白いですね。その都度、気づくことが変わりますから。
山野 そうそう。私も繰り返し読んでいます。






©原泰久/集英社 (写真/竹井俊晴)