次世代のモバイル通信規格「5G」に関する技術やサービスの開発に積極的に取り組んできた日本だが、世界最大の携帯電話の総合見本市イベント「MWC 2019」で聞かれたのは、「日本は5Gで遅れている」という声だった。日本は本当に5Gで後れを取っているのだろうか。
日本はこれまでキャリアを中心として、5Gが現在のように大きく盛り上がる前から、標準化活動だけでなく、5Gを活用した技術やサービス開発にも積極的に取り組んできた。例えばNTTドコモは、2017年より「5Gトライアルサイト」を展開。東京のスカイツリータウンやお台場地区などで、5Gを活用したさまざまな実証実験を実施してきている。
日本は東京五輪が足かせに
だが19年に入り、そうした5Gにおける日本の優位性が大きく揺らぎつつあるようだ。19年2月29日から、スペイン・バルセロナで開催された携帯電話の総合見本市イベント「MWC 2019」を取材する中、海外の企業から聞かれたのは「日本は5Gで遅れている」という声だった。
なぜ、このような声が上がっているのかといえば、通信業界で世界的に19年が「5G元年」となることが確実な情勢だからだ。5Gの商用サービスはすでに、18年より米国で固定ブロードバンドの代替サービスとしてスタートしているが、標準化前の一部独自規格などが含まれているため、まだ本格的に立ち上がっている状況ではない。
だが、かねてより19年の商用サービス開始を表明していた韓国や中国、さらにはこれまで5Gに必ずしも熱心ではなかった、欧州や中東などのキャリアまでもが5Gの商用サービス化を前倒しし、19年の開始を打ち出している。
一方、日本は、東京五輪に合わせた20年の商用サービス開始を表明していた。このため、5G用の電波の割り当てもそれに合わせて19年の4月となっている。「東京五輪に合わせる」という国の方針が大きな足かせとなり、5Gのサービス開始を急ぐ諸外国の変化についていけず、導入で大きく水をあけられてしまったわけだ。
社会インフラとなる5Gの主導権争いが影響
しかしながら昨年のMWCを振り返ってみると、日本や韓国のキャリアは5Gに関する積極的なアピールを繰り広げていたものの、欧州のキャリアなどはどちらかというとIoTやホームネットワークなどの展示に力を注いでおり、5Gを積極的にアピールする様子はあまり見られなかった。
それが一体なぜ、海外のキャリアが5Gの商用サービス開始を急ぐようになったのだろうか。それは5Gによって、モバイルネットワークがコミュニケーションインフラから、社会インフラへと大きく変貌を遂げようとしているからである。
5Gは最大で20Gbpsの「高速大容量」通信ができることに加え、ネットワーク遅延が10ミリ秒以下と非常に小さい「低遅延」であること、そして1つの基地局に多数のデバイスを同時に接続できる「多接続」を持つことが大きな特徴となっている。だが、標準化段階ではこれらの特徴をどう活用するかという具体的な姿が見えておらず、スマートフォンがより高速になること以外に大きなメリットを見出しにくかったのだ。
しかしながらここ最近、IoTの概念が急速に広まり、5Gの価値を見出しやすくなった。例えばネットワークの遅延が小さいことは、遠隔医療や自動運転などに大いに役立つし、多接続によって5GがIoTデバイスのネットワークインフラとなり、工場内のあらゆる機器をインターネットにつないで製造プロセスを最適化する「スマートファクトリー」や「インダストリー4.0」の実現に大きな影響を与えることも見えてきた。
そうしたことから5Gが、スマートフォンにとどまらない社会インフラとして、これまで以上に社会に大きな影響力を与える可能性が出てきた。そこでいち早く5Gに取り組むことで、5Gで構築する社会インフラの主導権を握ろうと、世界中で多くの企業が5Gに対する取り組みを積極化させるようになったと考えられる。
スピードよりサービス重視の日本、諸外国と差は付くのか
日本では電波割り当て自体がまだ実施されておらず、現時点では5Gの商用サービスをやりたくてもできない状況だ。諸外国と比べ5Gの商用サービスで1年以上の差が付けられることになるのだが、そうした状況に日本のキャリアは危機感を抱いていないのだろうか。
MWC 2019にブース出展したNTTドコモ社長の吉澤和弘氏は、「5Gのネットワークを提供するだけならすぐできるが、それを活用したビジネスができていることが必要だ」と話す。同社は3Gで、世界に先駆けていち早く商用サービスを提供した経験があるが、そのときは3Gを十分に生かすサービスやデバイスなどの開発が追い付かず、先行メリットを全く得られなかった経験がある。
それだけに、5Gを展開するに当たっては、5Gで提供するサービスやビジネスをパートナー企業と共にしっかり整えたうえで、サービスを提供することを重視しているとのこと。「それで商用サービスが遅れても気にしない。3Gの二の舞になることはしない」と吉澤氏は答えている。
もちろん、日本のキャリアも出遅れで手をこまぬいているわけではない。既にラグビーのW杯が開催される19年9月ごろに合わせる形で、携帯大手3社が5Gのプレ商用サービスを開始することを明らかにしているのだ。あくまで「プレ商用」であり、提供されるサービスは試験的なものになると考えられるが、AR(拡張現実)など新しい技術を活用し、コンシューマーにも分かりやすい形で5Gを体験できる機会を提供することとなるようだ。
さらに加えておくならば、今回のMWCにおけるNTTドコモのブースを見ても、海外の他社より具体的な取り組みが多く、5Gの取り組みに関する先進性は失われていないと感じる。しかし他国のキャリアは一般消費者への5Gサービスをドコモより一足早く直接提供し、事例と実績を積める。1年間のブランクが日本の5Gにどのような影響を与えるか、19年の各社の動向に目を配る必要がありそうだ。
記事のタイトルを「「5G元年」に日本が世界に大きく出遅れた理由」から「日本の「5G元年」はいつ? 商用サービス開始が海外より遅い理由」に変更しました[2019/12/16 17:30]