オープンイノベーションをやっていく上で、これまでにないサービスをやる―――。ソニーは企画書1枚からでも受け付けるという、スタートアップの創出と事業運営を支援する「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」を立ち上げた。他社にソニーの総合力を開放する“太っ腹”なサービスの中身とは。
「アイデアを事業にする。ゼロから世界を創り出すために、アイデア作りからファンディングを含めた拡大まで一気通貫にサポートするオール・インクルーシブ(全込み)型の仕組みを提供します」。2019年2月20日、記者発表に登壇したソニー Startup Acceleration部門 副部門長 Startup Acceleration部 統括部長 兼 Open Innovation & Collaboration部 統括部長の小田島伸至氏は、そう宣言した。
言い換えればアイデア段階であっても、その企画自体にビジネスとしての将来性が認められれば事業化し、その事業の拡大までフルで支援してくれるわけだ。本当にそんなことができるのか。小田島氏はSSAPの前身で、社内のスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」で事業化されたハイブリッド型スマートウオッチ「wena wrist(ウェナリスト)」を実例として挙げる。
この製品の発端は、入社1年目の“時計好き”の社員(現・ソニー Startup Acceleration部 wena事業室 統括課長の對馬哲平氏)が、小さなノートにアイデアを記した手書きのスケッチだった。15年3月から事業化の検討が始まり、同年8月末から10月末までの2カ月間、クラウドファンディングで顧客検証を実施し、当時日本のクラウドファンディングで最高額という1億円以上の資金を調達。その実績をひっさげ、アイデアが採用されてから1年3カ月後の16年6月末、一般販売を開始した。17年12月には第二世代の「wena wrist」を発表し、セレクトショップ「BEAMS」やエヴァンゲリオン、SEIKOなどとのブランドコラボを実現し、新規顧客の獲得につなげた。英国での展開も発表するなど、事業拡大は着々と進んでいる。
なぜソニーは新入社員がノートに書いたアイデアを、1年ちょっとで製品化し、4年足らずで海外展開できる製品にまで事業拡大できたのか。その理由はSAPが企画、設計、生産、販売、宣伝、資金調達など、事業立ち上げからその拡大に至るまで、あらゆるフェーズで必要な人材や設備、ノウハウといった“ソニーの総合力”を惜しみなく注ぎ込んだからだ。“社内事業”ならいざ知らず、今度はここで得た知見を社外にも開放し、SSAPというサービスとして提供するという。
では、その中身を見ていこう。
アイデアの創出から始まる4つのプロセス
SSAPのプログラムは、アイデアを創る「Ideation」、アイデアを形にする「Incubation」、アイデアを世に出す「Marketing」、事業をスケールさせる「Expansion」の4つのプロセスで構成されている。
「すべての始まりはジャストアイデア。誰かの言った一言で始まることが多い。この4~5年、SAPも含めて新規事業に関わっていると、『あの一言がこの事業の発端になった』というケースをよく見かけた」と話す小田島氏。重視しているのは、アイデアが生み出され、磨かれ、採用される「Ideation」だ。
まずはプログラムの対象者に「ワークショップ」へ参加してもらい、さまざまな人材と交流させてアイデア創りを促す。そこで生まれたアイデアを、講義や個別のコーチングなどの「トレーニング」で磨き、ビジネスへと進化させる。さらに「オーディション」によって、出てきたアイデアをピックアップする。ちなみに「wena wrist」として結実した對馬氏のアイデアも、この「オーディション」で採用されたものだった。
社内外を問わず、対象者には「この『アイデアを創る仕組み』自体もインストールしたい」と小田島氏は言う。
事業化に向けたアイデアの検証と準備を支援する「Incubation」では、ステータス診断やメンタリング・コーチング・トレーニングなど、課題に応じた個別の「カリキュラム」に加え、ソニーが誇る「テクノロジー」や「デザイン」に関しても支援が受けられる。中でもSSAP最大の強みと言えるのが、「Accelerators(アクセラレーター)」だ。
「SSAPの特徴は、事業経験があるアクセラレーターたちです。『ウォークマンを作りました』とか『何万台売りました』という人材がたくさんいて、実際に(SSAPに)入り込んで(対象者に)伴走する仕組みを持っている」と小田島氏が説明するように、経験豊富で専門知識も豊かなソニーの社員が常に100人以上スタンバイし、新規案件の事業化や収益化をサポートしてくれる。
彼らがフォローする分野は先の技術やデザインはもちろんのこと、ビジネスデザインそのものに始まり、商品企画、セールス&マーケティング、クラウドファンディング・EC、財務戦略、コミュニケーション・海外戦略、経営管理、ODM(相手先ブランドによる設計・生産)/OEM(相手先ブランドによる生産)・製品コンプライアンスに至るまで実に幅広い。確かにこれだけ人材がそろっていれば、それこそ“企画書1枚、カラダ一つ”でもなんとかなりそうな気がしてくる。必要なのは、モノになる魅力的なアイデアだ。
ソニーの総合力で実現した一気通貫の事業化支援
初期のマーケティング活動を支援する「Marketing」では、ソニーが有するマーケティングのツールやノウハウ、販路などが利用できる。SSAPによるクラウドファンディングサイト「First Flight」を使えば、資金調達に加え、支援金額や支援者数からニーズを可視化でき、認知度の向上にもつながる。
Eコマースではソニーが「First Flight」として出店している、Amazon.co.jpや楽天市場、Yahoo!ショッピングで、素早く簡単にオンライン販売を始められる。また、量販店、ファッション販路、百貨店、教育向け販路など、ソニーが関係を持つ100社以上のリアルな販売チャネルも強い味方となる。
「グローバルな会社なので、アメリカ展開の初期マーケットのサポートもしている」と小田島氏は胸を張る。
そして最終プロセスとして新規事業のさらなる拡大を支援する「Expansion」では、ソニーの持つさまざまなネットワークを利用して、最適な協業先を選定・交渉して実現する「コラボレーション」、事業拡大に必須の「資金調達」、多様な事業領域を展開するソニーの知見を生かして、事業をスケールさせる「戦略的提携」のサポートが受けられる。
このように、始まりがたとえ紙1枚の企画書であっても、ソニーの総合力をフルに活用することで、SSAPはアイデアの創出から事業化、事業拡大まで一気通貫に実現できるわけだ。
ターゲットは大企業、ベンチャー企業、大学、NPO
始まったばかりのSSAPだが、その実力は前述したSAPの実績から推測できるかもしれない。SAPは2014年から5年間で、およそ5000人にワークショップとトレーニングを提供し、オーディションには社内だけで750件、2000人の応募があったという。またインキュベーションは34件、事業化は14件の実績を誇る。
今後、SSAPでは大企業の新規事業、ベンチャー企業、大学、NPOの4つの分野でスタートアップの創出と事業運営の支援を行う計画だ。
SSAPはアイデアだけの企画からはもちろん、どんな事業ステージからでも申し込める。またハードウエア、ソフトウエア、サービス事業など、事業化する対象の事業内容も問われない。費用は事業ステージや支援内容、条件などに応じて、個別に相談や見積もりが行われるが、「まずは3カ月程度、数百万円規模から」と小田島氏は言う。
「この4、5年間、社内のクリエーターの考えていることを実現させ、会社の成長にもいくらか貢献して、アイデアを価値にすることに手ごたえを感じている。これからはソニーだけでなく、社外のクリエーターや起業家と一緒にやることで、よりエキサイティングな環境をつくる」(小田島氏)
SSAPが提供するサービス概要は把握できた。では、ソニーはどのようなターゲットに対して「これまでにないサービスをやる」のか、また、その結果、どのような市場を開拓しようとしているのか。後日、別途SSAPの今後のマーケティング展開についてお伝えする。
(写真/酒井康治)