ヤフーは2019年10月から企業や自治体向けにビッグデータを活用したソリューション事業をスタートさせる。同社のビッグデータとAI技術、スパコンを活用し、データによる“見える化”で事業創造や潜在顧客の発掘などにつなげようという狙いだ。その概要が明らかになった。
「19年度内に100社以上」、意気込む川邊CEO
ヤフーはこれまでデータの相互利用によって1つの“エコシステム”を築き上げようとする「データフォレスト構想」を掲げ、2018年2月から実証実験を展開してきた。これは企業や自治体の持つデータと、ヤフーが提供するニュースやECといったさまざまなサービスから得られたビッグデータを掛け合わせ、新規事業の創出や活動支援につなげようというものだ。
その1年の成果を基に、ヤフーは2019年10月から企業や自治体の商品やサービスの開発、生産、物流といった事業活動を、生活者ニーズに沿って支援するデータソリューションサービスを始める。いわばヤフーが仕掛けた“企業間ビッグデータ連携”による新事業である。
2月13日の記者発表会に登壇した、ヤフー代表取締役社長CEOの川邊健太郎氏が「2019年度内に100社以上の大きな企業や地方公共団体、あるいはさまざまな団体の皆様にご活用いただける状況になっていきたい」と意気込むそのサービス。中身はどのようなものなのか。
提供するのは「人」「場所」「お薦め」の可視化
今回、ヤフーがデータソリューションサービスで提供する予定の機能は3つ。
まずヤフーがメディア事業で得たデータなどに基づいて、生活者の興味関心を可視化する「DATA FOREST INSIGHT People」。人気キーワードランキングをはじめ、特定のキーワードの関連語や時系列推移など、幅広い分析ができるのが特徴だ。マーケティングリサーチでは不可欠な調査設問を設計する必要がなく、生活者の顕在化したニーズだけでなく、潜在的なニーズやトレンドもつかめるという。ヤフーによると、商品やサービスの企画などを支援する市場調査ツールという位置づけだ。
2つ目はヤフーが得た位置情報データなどで、特定エリアの生活者の実態や動きをまとめて可視化する「DATA FOREST INSIGHT Place」。エリアごとの特性や人の流れといった情報を、性別や年代などの属性分布や興味関心とひもづけて可視化できる。そのため、例えば「このエリアにはグルメに関心のある40代の既婚女性が集まっている」というように、ファッションや趣味趣向など特定のテーマで区分けした分析も可能だ。街づくりやイベント運営、出店計画の支援ツールとして使える。なお、位置データを使用した情報提供については、ユーザーの特定が不可能な状態にまで統計化するなど、プライバシーには十分配慮するとのこと。
3つ目はヤフーが自社サービスにも活用している「DATA FOREST ENGINE Recommend」。同社のビッグデータとAI技術によるリコメンドエンジンに、ユーザーの行動履歴など企業や自治体が提供しているサービスのデータを掛け合わせ、最適な“お薦め”を導き出す。ユーザーの“動き”については膨大なデータを抱えるヤフーだけに、企業や自治体側が蓄積しているデータが少なくても高い推定精度を実現できるのがポイントだ。メディアからECまで、幅広い利用が想定される。
ヤフーが提供する各機能は企業や自治体といった顧客側のサービスを利用しているユーザーのIDとYahoo! JAPAN IDを連携することで、より高精度な分析が可能となる。言うまでもなく、IDの連携には顧客のユーザーの同意が必要である。
ヤフーはサービス開始に先立ち、2019年5月にデータソリューションサービスを体験できる拠点「データフォレストラボ」を、同社の紀尾井町オフィス内に開設する。ここでは提供予定の一部の機能、および開発中の一部機能を利用して、生活者の興味関心などさまざまなインサイトを確認できる。
さらに8月にはデータソリューションサービスのベータ版をリリース。そして10月、本サービスの提供というスケジュールになっている。利用料金やさらに詳細なサービス内容については、10月に発表する予定だ。
「消費者の未知のニーズ」の探知を目指す江崎グリコ
今回ヤフーが発表した3つの機能は、サービスを利用する顧客にとって具体的にどのようなメリットがあるのか。その点については、「データフォレスト構想」の実証実験に参加した江崎グリコと、セブン&アイ・ホールディングスの事例が参考になるだろう。
「飽食の時代がますますやってくる。満たされない消費者ニーズを検知して新商品開発につなげることが重要で、新たなものづくりの方法を探すのが食品会社のテーマ」と江崎グリコ執行役員マーケティング本部商品開発研究所長の宮木康有氏は言う。
江崎グリコはヤフーが保有するデータを使って、食に関する消費者の興味・関心を検索する手法の確立に取り組んだ。ダイエットに関する検索のトレンド分析で、ある“栄養素X”の検索に特徴があることを発見した。その分析にビッグデータを組み合わせると、消費者の興味関心を定量的に捉えられることを確認。ターゲットとする人物像など、定性的な分析もできた。
モニター集めなどが必要な従来の調査手法に比べて、かなり時間が短縮できたのもメリットだった。さらに従来は“調査”であることが意識されたデータしか入手できなかったが、ヤフーのビッグデータは利用者側に“調査”という意識がない(そもそもワード検索自体は調査ではない)のも特徴だ。これを受けて宮木氏は、「すでに消費者が意識している課題やニーズの検知にとどまらず、消費者が無意識のうちに検索している行動から『未知のニーズ』を探知するような手法が作れないか検討していく」と話す。
今後、栄養素Xに関しては消費者ニーズに対応した商品の開発を進めるという。
セブン&アイ・ホールディングスが探る「真のニーズ」
セブン&アイ・ホールディングス執行役員デジタル戦略部シニアオフィサーの清水健氏は、同社が集めたいデータを「分析に足るだけの十分な量を持っていること。多面的な分析が可能になるように多様性を持っていること、データそのものに価値があること」と前置きした上で、「ヤフーのデータは真のニーズを探る手がかりになる。量も多様性もあるが、特にバリューが高いデータだと認識している」と語った。
清水氏は同社がヤフーとの実証実験でつかんだヒントとして、4つの実例を挙げた。
1つ目は「本質的な問題」の気づき。例えば新婚家庭ではレシピを調べるとき、「キャベツ レシピ」「きゅうり レシピ」など、料理名ではなく素材名で検索する傾向が見られた。となれば「『回鍋肉のミール・キット』として(商品を)出すよりも、『キャベツのためのミール・キット』としてキャベツ抜きの回鍋肉セットを出したほうが単価も下げられ、ニーズがあるかもしれない」(清水氏)。
2つ目は「意外な悩み」の発掘だ。たとえば服装の悩み。季節や冠婚葬祭の服装で悩んでいるというなら分かりやすいが、ヤフーのデータからここ数年、年末に「忘年会の服装」を検索する人が3倍になっていることが分かった。これによって「“忘年会コーディネート”の紹介も、ニーズがあるかもしれないとヒントをつかんだ」(清水氏)。
3つ目の「前提の変化」で清水氏が挙げた事例は「おせち」。お重セットできっちりそろえるのが“前提”だったおせちが、今では「インスタ映え」や「おしゃれ」といったキーワードとのダブル検索が多くなっていた。このことから、「一つ一つの部品をきれいに目立たせるように、単品でおせちの部品を売る売り方もいいかもしれない」と清水氏は推測する。
最後が「隠れたニーズ」。同社は年末年始やクリスマスの時期になると、それに“ふさわしい”と思われる食材を品ぞろえしてきた。しかし意外にも生活者は「『カニ鍋』や『エビチリ』を検索している。細かいニーズ、特に隠れたニーズについては客観的につかむ手段がなかったので、非常にヒントになった」と清水氏。
これらの事例を踏まえて、清水氏は「こういった示唆を今後は具体的なサービスに結び付けていきたい。そういう面でもヤフーと協力して取り組みを進めていきたい」と語った。
データソリューションサービスの市場は大きく成長する
本格的にデータソリューション事業に踏み出すヤフー。ユーザーのデータを活用することについては、企業として慎重な対応が求められる。この点について川邊氏は「すべてのデータは法律、利用規約に基づいて活用したい。いくら法律や利用規約に適合していても、社会通念上許容できない状態で無理にこの事業を行うつもりは一切ない」と言い切る。
「利用されたくないデータに関しては、分かりやすくオプトアウトできるように努める。オプトアウトしたからといって、ユーザーが不利益をこうむらないようにする」(川邊氏)
実際にサービスとして提供された場合、ツールは誰にでも使えるものなのか。あるいはヤフーによる“コンサルティング”などが必要なのだろうか。
ヤフー 執行役員チーフデータオフィサー兼メディアカンパニープラットフォーム統括本部長の佐々木潔氏は言う。
「コンサルが必要かどうかは企業や自治体による。互いのIDを連携させるかどうか、ということでも変わってくるだろう。すでに20団体と実証実験を進めているが、それらに関してはツールを渡せばある程度できると思う。一方、新たに始めるところに対しては、ある程度(コンサルとして)入らなければいけないだろう。ポイントはデータを活用した“課題の発掘”だと思う。このサービスは『渡して終わり』という売り方ではないが、コンサルで入りっ放しのイメージでもない」(佐々木氏)
川邊氏は今後のこの分野の市場について、こう分析する。
「IT業界のすべての経営者が言っているように、インターネットはマーケティングや小売りの分野のみに力がいっていたが、全産業、すべてのバリューチェーンの中にデータドリブンの力が入ってくることになるので、そういったものがソリューション化されたときの市場規模は、非常に大きくなるんじゃないかと考えている」
ヤフーのビッグデータとAI技術の活用によって、企業のマーケティングはどう変わるのか。また新たなマーケティングは、ユーザー、そして社会にどのような恩恵をもたらすのか。ヤフーが始めるデータソリューションが、今後のマーケティングのあり方に与えるインパクトに注目したい。
(取材・文/佐保圭=SAMIYA)