経営共創基盤(IGPI)に勤めていた弁護士の二木康晴氏が起業したLegal Technology(東京・千代田)が、Webベースの法律専門書リサーチサービス「Legal Library(リーガル・ライブラリー)」の実証実験を2019年早々に開始する。法律専門書を扱う大手出版社の1つ、有斐閣(東京・千代田)がまず、実験に参加して自社の書籍を提供することを決めた。

 コンサルティングファームなどでの勤務経験もある二木氏自身が、弁護士として熟知している実務上の課題を解決するため、この新しい法律専門書リサーチサービスを開発した。

 これまで多くの弁護士やそのアシスタントであるパラリーガルは、必要な書籍を弁護士会の図書館などの法律専門図書館で探し、該当ページをコピーして事務所などに持ち帰って利用していた。また法律専門書の中に示された契約書のひな型は、文書作成ソフトなどを使って書き写すことが多かった。出張先で顧客から相談を受けても、事務所に戻らなくては法律専門書の内容を確認できず、返事が遅れることも少なくなかった。

 今回、実験するWebベースのリサーチサービスを使えば、「こうした“無駄な作業”や時間的な遅れを減らして、弁護士の業務を効率化することができる」と二木氏は語る。

文章中の契約のひな型を文書作成ソフトで表示

リーガル・ライブラリーのトップページ。開発中のためデザインが変わる可能性がある
リーガル・ライブラリーのトップページ。開発中のためデザインが変わる可能性がある

 そのリーガル・ライブラリーの使い方はこんな感じだ。利用者がWebブラウザー上で「株式譲渡契約」や「不動産譲渡契約」といったキーワードを入力すると、出版社の協力を得てデータベース上に蓄積された多くの法律専門書のうち、当該キーワードについて解説した書籍の表紙画像が複数、表示される。利用者が読みたいと思った書籍の表紙画像をクリックすると、キーワードについて解説しているその書籍の該当ページが表示されるという仕組みだ。

リーガル・ライブラリーの検索結果表示ページ。開発中のためデザインが変わる可能性がある
リーガル・ライブラリーの検索結果表示ページ。開発中のためデザインが変わる可能性がある

 いったん書籍を選んだ後は、その書籍の目次または索引を画面上に示し、そこから再度、必要なページを表示することもできる。また、文章中に条文を示す箇所があり、どの法律の何条何号かが注記されていれば、その箇所をクリックすることで、電子政府の総合窓口である「e-Gov(イーガブ)」が提供している法令検索サービスの中の該当条文に飛んで、条文を確認することも可能だ。

 今回のサービスの最大の特徴は、書籍の中に示された「契約書のひな型」をクリックすると、文書作成ソフト(マイクロソフト「Word」を想定)が立ち上がり、契約書のひな型を編集可能な状態で表示することだ。利用者は、○○で表記された名前や日付の箇所を実際に記入すれば、すぐに契約書として使える。また、裁判所に書類を提出するとき、契約書のひな型を参考にした書籍の奥付のコピーを求められることがあるため、近い将来、文書作成ソフトで表示した契約書を印刷すると、その契約書のひな型が記載されていた書籍の奥付も、一緒に印刷される機能を追加する予定だ。

 これまでも契約書などの書式集を作ってネット上で公開するサービスはあったが、弁護士など専門家の利用頻度は向上しなかった。それは、法曹界の実務では、例えば契約書のひな型一つとっても、どの著者が書いたどの書籍から引用したものか、というソースが問われるためだ。

 今回、実証実験を開始するサービスは、「法律専門書を扱う出版社の協力を得て定評のある書籍をそろえるため、高い利用頻度が見込める。例えば、有斐閣刊行の『注釈民法』シリーズは全20巻以上で大部であるが弁護士からは頻繁に参照されているなど高いニーズがある」(二木氏)という。有斐閣に加え、今後は弘文堂(東京・千代田)など複数の法律専門書を扱う出版社が実験に参加して、自社の書籍を提供する見込み。当初は弁護士と法律事務所を主な対象に、実験としてサービスを提供し、実際にどれくらいのニーズがあるかを探る。実験の成果を踏まえ、「2019年初夏には商用化のめどを立てたい」(二木氏)考えだ。

法律専門書の出版社が抱える課題も解決

 有斐閣など、法律専門書を扱う出版社がこの新しいリサーチサービスの実証実験に参加し、商用化に期待を寄せるのは、このサービスが法律専門書を扱う出版社が抱える課題の1つを解決する可能性があるからだ。

 実務に役立つ法律専門書は、弁護士個人では高額な専門書を何冊も買いそろえるのは難しいため、その“購入先”としては法律事務所が大きな割合を占める。しかし、最近はコピー機やスキャナーの精度が向上したこともあり、法律事務所であっても、専門書を何冊も購入したりせず、図書館でその都度、必要なページをコピーする割合が増えているという。出版社にとっては、利用頻度は相変わらず高いものの、今後は専門書の売り上げの伸びが期待できない構造になりつつあった。

 リーガルテクノロジーは、実証実験後に今回のサービスを商用サービスとして提供する際は、利用者を個人と法人で区分したうえで、一定の利用額を定めた月額課金制(サブスクリプションモデル)を採る予定。「月額課金制で得た収入をプールし、利用者に読まれたページの量に合わせて、書籍を提供してくれた各出版社に収入を案分する」(二木氏)という。

 このため、出版社にとって、このサービスの利用者が増えれば増えるほど、実際の収入増につながるわけだ。しかも、デジタルサービスなので、出版社は、どの書籍のどのページがどんな利用者に読まれているかというデータを、リーガルテクノロジーから入手できる。これらのデータを書籍の企画にフィードバックすることも可能になる。

改正著作権法成立・公布が実験参加の契機に

 最初に実証実験に参加を決めた有斐閣はこれまでも、自社発行の古典的書籍1000点以上を読み放題とする定額課金制のWebサービス「YDC1000」(現在は事実上停止)を提供したり、丸善雄松堂の電子書籍閲覧サービス「Maruzen eBook Library」を活用して、主に学術・研究機関を対象に、新刊書籍を紙と電子書籍のセットで販売する「新刊ハイブリッドモデル」に参加したりするなど、デジタルサービスに積極的に取り組んできた。有斐閣の江草貞治社長は、「これまでデジタル媒体での書籍提供はいくつか試みてきたが、さらに改正著作権法が2018年5月に成立・公布されたことで私の認識も変わり、書籍の一部分だけ購入できるとかサブスクリプションモデルなどの、より利用しやすいデジタルサービスで書籍を提供することを真剣に考えるようになった。そこへ今回の話がきて、実証実験への参加を決めた。新しい商機を探る必要がある」と語る。

 改正著作権法は、学校その他の教育機関における権利の制限を定めた35条で、授業で利用されるために作られたものなどを除く著作物について、文化庁長官が指定する単一の団体へ補償金を支払えば、権利者の許諾を得ずともその著作物を公衆送信できるように定めた。例えば、学校の授業や予習・復習用に、教師が小説やビジネス書といった他人の著作物を用いて作成した教材を、補償金を支払うことで、生徒の端末にネット経由で配信できる(授業での利用のために作られた副読本や参考書といった著作物を公衆送信するには、出版社と別途ライセンス契約などを結ぶ必要がある)。そしてこれまでの先例を踏まえると、補償金の額は極めて低額で、しかも出版社には微々たる額しか還元されない見込みだ。今後、教育分野にとどまらず、こうした権利処理の仕組みが他の領域でも採用されることになれば、公衆送信に利用されやすい紙の出版物を出しているだけでは、出版社として生き残ることはかなり難しい。

 リーガルテクノロジーが進める今回の実証実験では、近い将来、利用者が書籍を指定すれば、出版社のECサイトなどに飛んで実際に書籍を購入できる機能も実装する予定。「出版社、利用者とのWin-Winの関係を築き、法曹界で必須のリサーチサービスという地位を得ることを目指す」と二木氏は語る。新しい法律専門書リサーチサービスであるリーガル・ライブラリーが、実験から商用化までステップを進められるか。専門出版社の生き残り策の1つとしても注目される。

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