さまざまな交通手段を統合して新たな移動体験を生み出す「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」。交通ジャンルの変革にとどまらず、他産業に及ぼす影響も大きく、既に欧米ではスマートシティの重要なピースとして語られている。日本におけるMaaSの近未来について、各界の識者が語りつくした。
あらゆる移動手段を統合して、次世代の交通サービスを創り出す「MaaS」。これは、「100年に一度」の変革期にあるモビリティ業界に多大なインパクトをもたらす動きであると共に、人々の移動が自由に活発になり、交通のデジタルプラットフォームが“開放”されることで、不動産やエネルギー、小売りといった他の産業にも大きなビジネスチャンスが生まれると期待されている。日経クロストレンドの人気連載、「Beyond MaaS 移動の未来」の世界だ。MaaSによる変化のポイントをまとめると以下のようになり、ここが他産業との融合を生む重要な接点となり得る。
→ 個々人のニーズに合わせた移動手段をアレンジ、新たな移動需要の創出が可能に
②交通の最適化・サブスクリプション化
→ モビリティの移動を統合的に制御する仕組みの登場
→ 「乗り放題定額パッケージ」の出現で、交通以外のビジネスとのワンパッケージ化が容易に
③都市空間・立地の再定義
→ カーシェアやライドシェアの普及で駐車場が消滅、空きスペースの有効活用が可能に
→ 交通体系の再構築で、立地によらないビジネスが可能に
今回、2018年12月6~8日に開催されたイベント「トランザム」(日本経済新聞社主催)のセッションに、MaaS Tech Japan社長の日高洋祐氏がモデレーターとして登壇。世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長の須賀千鶴氏や内閣官房IT総合戦略室の信朝裕行氏といった政策サイド、日本政策投資銀行の石村尚也氏やグロービス・キャピタル・パートナーズの渡邉佑規氏といった金融サイドの識者と共に、MaaSが引き起こす社会・産業インパクトについて語り合った。
MaaS Tech Japan 日高洋祐氏(以下、日高) MaaSはあらゆる移動手段を統合するものであると同時に、それを実現するためには交通分野のデジタルプラットフォームを構築していく必要があります。既存の交通事業者が抱えている移動データを新しい産業に生かす際の課題は何でしょう?
内閣官房IT総合戦略室 信朝裕行氏(以下、信朝) 交通データのオープン化は、まだまだ難しいのが現状です。2016年に官民データ活用推進基本法が公布・即日施行されました。それには3つのポイントがあります。
1つ目が本人同意に基づく個人情報の有効活用。最近の報道で目にする「情報銀行」は、この分野です。2つ目がデジタルファースト。日本ではこれまで契約などは対面が「正」でオンラインが「副」という関係でした。しかし、この法律がそれをひっくり返し、オンラインが「正」で、対面は「副」となりました。
そして3つ目がMaaSに関係するオープン・バイ・デフォルト(初めからオープンにすることが決まっている状態)です。行政機関のデータは基本的にはオープンにすることが義務として明記されています。万が一、出さない、あるいは出せない場合は、その理由をはっきり書かなくてはなりません。公共領域に関しては義務ではなく努力目標ですが、公共交通事業者からは運行情報や時刻表などをオープンデータとして提供してもらう。有償無償の議論ではなく、交通以外の事業者が使いやすいように、契約が簡易であったり、窓口が一本化されていたりと。しかし、現状ではまだ、そこに至っていません。一部の企業が特定の理由に独占して使うのではなく、いろいろな業者がAIを活用して新しいビジネスやその先にある新しい生活づくりに参画してほしいということです。
日高 世界ではGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字)などの巨大プラットフォーマーも存在していますが、日本ではどのような形がフィットするのでしょうか?
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長 須賀千鶴氏(以下、須賀) 世界経済フォーラムでは、グローバルでデータガバナンスについて議論しているのですが、日本への期待が非常に高まっています。
データガバナンスの種類としては、3つの方向性があると思います。①米国のGAFAのようなデジタルプラットフォーマーのモデル、②中国のような政府主導モデル、③欧州のようなデータ発生源である個人の利益に重きを置いたGDPR(EU一般データ保護規則)です。しかし、この3つはどれも最適解ではないと言われています。①と②は、効率的で1つの勝ちパターンですが、一部の人にデータを使い切った後の利益がたまりやすい構造で、再分配するモデルを入れなければ不安定な社会を作ってしまう恐れがあります。③は良い評価もある一方で、企業にとってデータは恐る恐る使うものだという世界観を作ってしまっており、データ活用を主軸とする第四次産業革命と食い合わせが悪い制度という見方もできます。
データというのは、いくら使い倒してもなくならない極めてまれな経営資源です。これを限られた人のみが使うのは経済的に合理的ではなく、あらゆる人が違う目的で使い倒すからこそ、社会全体でベネフィットが最大化されるのではないか、という議論がされています。そこで求められているのが、4つ目のデータガバナンスの解です。
これは、オープンAPIエコノミーに極めて近いものです。おのおのの事業者でデータベースを作り、メンテナンスしながらある程度データを集めます。それを無償で提供するという議論ではなく、第3者がしかるべき条件に当てはまれば使える、オープンAPIで接続できる環境を作れないかというものです。
1事業者で“鎖国”するのではなく、皆が手弁当で集めたものを持ち寄り、半分パブリックデータとして差し出すことによって、全体として何十倍もの効果がデータの利活用によって生み出せるのではないか。このデータガバナンスの第4のモデルを提言できる人口1億人を超える国は、世界でも日本とインドしかないと言われています。世界経済フォーラムでは、日本とインドが組んで社会全体の利益を最大化できるモデルを示すことはできないかと活動しているところです。
信朝 APIエコノミーに関しては、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で農業分野の取り組みがあります。APIエコノミーが実現できる基盤をつくり、2年間で300社が集まり、API活用の際に課金する契約モデルを作りました。これは今、アジアや欧州から視察が殺到しています。現在は国が作った枠組みですが、この先は公益性を失わない範囲で、複数の事業者が一緒になって運営していく形が1つの解になるのでは。これは、須賀さんがお話された第4のデータガバナンスにも通じる取り組みでしょう。
地方路線の廃線はむしろチャンス?
日高 欧州では、MaaSオペレーターと公共交通事業者などが産官学でMaaSについて多様な議論をする「MaaSアライアンス」という組織があります。日本でも同様に、一般社団法人「JCoMaaS(Japan Consortium on MaaS、ジェイコマース)」という組織を12月に立ち上げました。どのような進め方をすれば、MaaSの社会実装が進むと思いますか?
須賀 私が所属する世界経済フォーラムの第四次産業革命日本センターは、米国外における初の海外提携センターとして、経済産業省および一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブと提携して設立されました。日本政府としては企業からの提案を受けるだけではなく、一緒に考えて一緒に勉強していこうという姿勢です。
そういう意味でMaaSは、交通やデータといったインフラの話が欠かせないので、官との連携が必須。JCoMaaSでも、官に要望するだけの組織ではなく、官と一緒に考えて進められる枠組みを持ってほしいと思います。世界経済フォーラムでは現在、3つのフォーカスエリアを定めており、モビリティはその中の1つ。JCoMaaSのような役割を担おうとしていた矢先だったので、応援したいと考えています。
日高 ありがとうございます。JCoMaaSは専門性を持つ必要があり、モビリティ部分に重点を置きますので、ぜひ連携して世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターのスマートシティ構想の中でもよい役割が担えるようにしたいと思います。話は変わりますが、金融関係者から見て、MaaSのビジネスモデルの特徴はどう見えていますか。
日本政策投資銀行 石村尚也氏(以下、石村) MaaSのビジネスモデルはデジタルの部分と、鉄道やバスなどリアルな部分の2つに大きく分かれると思っています。デジタル側では、定額乗り放題のサブスクリプションモデルという考え方が可能となります。フィンランドには自動車産業がなく、MaaSアプリを展開するMaaSグローバルは政府とも協働しているので、動画配信サービスの「ネットフリックス」のような交通のサブスクモデルが可能となり、海外の自動車産業へお金を流さずに国内でお金を循環する仕組みが成り立ちます。
一方、日本では自動車産業があるため、日本独自のモデルを考える必要がある。交通は手段にすぎず、手段の先には目的がありますから、それを接続して目的側で稼ぐ必要があるかと思います。日本の交通事業者の特徴は、不動産や商業施設などから収益を得ているところも多く、サブスクリプションモデルを取り入れるとすれば、運賃を固定して増えたユーザー数に対して出口となる移動の目的(商業など)を用意し、収益化する必要があるでしょう。
日高 渡邉さんは数々のスタートアップへ投資を行っていますが、投資家目線だとMaaSの市場性はどう見えますか。
グロービス・キャピタル・パートナーズの渡邉佑規氏(以下、渡邉) MaaS系のスタートアップ投資の問題は、大きく3つあると考えています。1つ目は、他国に比べて日本における移動や交通の課題が切実ではないことです。本来スタートアップ投資のアプローチは、切実な課題に対するソリューションの競争力があるかどうかを見ていくのですが、その点、日本では投資しづらいと感じています。2つ目は、MaaSのサプライチェーンが複雑かつ多層構造、ステークホルダーが多いこと。したがって投資をする際に、どこがボトルネックになっているのか見えづらい。3つ目はMaaSのサプライチェーンの中に既存の交通事業者のように歴史ある大企業が多く、合理的な判断がなされない傾向にあることです。MaaSに対するリテラシーを醸成すれば変わるかもしれませんが、変化を求めない企業も多いと思います。
須賀 日本の人口は確実に減っていくため、社会の構造的に鉄道やバスの廃線が増えています。ですので、それこそ撤退という判断をどこかでしなければ、企業、国の経済全体としても合理的ではなくなります。しかし、撤退の話が挙がっている地域では交通事業者を必死で引き留めている現状がある。一方で、新しいモビリティをつくろうとしている企業は潜在的な需要や欲求を探しています。ここに大きなミスマッチがあります。
地方路線の廃線により、むしろ新しい市場ができるのではないか。新しい特区を作り、世界最先端の地域を人為的に作れるのではないか。世界的に見ても異例のスピードで急速に人口が減っている日本だからこそ、チャレンジできる領域のはずです。
石村 スタートアップが解決できる問題と、国や大企業が解決できる問題があります。鉄道などの公共インフラはスタートアップには難しく、そこを大企業が担っています。大企業では組織が大きいため、下の人がいくら考えても実行に移すまでに何年もかかってしまうことが多い。また、東京と地方に分けると温度感が大きく異なっていて、「デジタルはいらない」という地方の方も多いでしょう。
このような状況を打破するには、日本は黒船来航の時代から“外圧”が有効です。今後は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2025年の大阪万博など、海外のスタンダードモデルがブレークスルーを起こしやすいイベントがあります。
MaaSはスマートシティの要になる
日高 ここからは、MaaSとの融合で他産業にどのようなインパクトがもたらされるのか。Beyond MaaSの世界について話を聞いていきたいと思います。
石村 現在はヘルスケアやエネルギー、スマートシティ、製造業、物流など、デジタルテクノロジーでいろいろな分野に変化が起こっているわけですが、私はその中心にMaaSがあるように思います。移動や交通はあらゆる分野と切っても切れない関係にあるからです。
例えば、日本が誇るゲーム産業の技術としては、プレーヤーのモチベーションを向上せるさまざまな仕掛けがあります。また、実はゲームではかなり高度なアルゴリズムが使われているものもあり、こうした技術は非ゲームの領域にも転用できるものです。リアルタイムで人の流れをコントロールする際にもオンラインゲームの技術が使える可能性があります。日本のお家芸であるゲーム産業の知見が活用できる分野だと思います。
12月からDeNAが0円タクシーを走らせるなど、広い意味でのMaaSを実践しています。ゲーム業界でも、ビジネスチャンスと見て参入する企業が増えるでしょう。
信朝 MaaSオペレーターの視点から見ると、AIが得意とするのは「巡回セールスマン問題」に答えを出すことです。いくつもの都市を移動するセールスマンが、すべての都市を最も効率よく、最小の移動コストで移動できる方法を求めるものです。
個人から見るとコストと時間、集団で見ると社会コストを最適化するのにはどうしたらよいのかがAIの制約条件。この3つを満たして巡回セールスマン問題を解くことが、とても大きな課題になります。その際に、ゲーム開発で培ったアルゴリズムが参考になりそうです。
日高 移動の問題は各交通モード単独で考えるのではなく、広く都市として捉える必要もあります。須賀さんが取り組んでいるスマートシティについてお聞かせください。
須賀 MaaSの議論は、ついつい自動運転やドローンなどのアプリケーションレイヤーに集中しがちですが、MaaSを花開かせるためにも、その土台となるインフラや都市OSの整備が欠かせません。
世界では、かつて日本で議論されていたスマートシティよりも非常に高い次元で、MaaSのような交通システムを含めた議論が行われています。その意味では、日本国内にはまだスマートシティと呼べる都市はありません。これは、自治体だけで成し得ることではないので、ビジネス特区などを作り、さまざまな企業と一緒に開発していく必要があります。
今、世界のスマートシティで問題となっているのが、「ベンダーロックイン」です。あるベンダーが独占でシステムを構築してしまうと、街全体の空間データを一手に握ることになり、そのベンダーが倒産した場合には街ごとダメになる。それを避けるためには、システム互換性やインターオペラビリティー(相互運用性)に配慮したスマートシティにすることが重要。19年6月にはG20大阪サミットで日本が議長国を務めますし、1月に開催されるダボス会議などでも賛同する都市を募ってMaaS×スマートシティの議論を盛り上げていきたいと考えています。
日高 須賀さんは、ヘルスケア分野がご専門だと思いますが、スマートシティの文脈では、どのような議論が成されているのでしょうか。
須賀 「第四次産業革命×モビリティ」と「第四次産業革命×ヘルスケア」を議論すると、どちらともスマートシティの設計が死活的に重要という結論に至りました。ヘルスケア分野では、日本は高齢化社会に直面しているわけですが、認知症や生活習慣病などは薬で治らないため、病気にならないように健康維持するか、病気になっても進行を遅らせることが大切になります。
しかし、従来は医療機関と介護施設にたまったヘルスケアデータを活用する議論しかありませんでした。重要なのは認知症予備軍の情報で、それを持っているのは自治体の国民健康保険課だったりするわけです。これをうまく使うためには、自治体のデータマネジメントシステムがよりインテリジェントになって、企業を含めてさまざまなプレーヤーがアクセスできる街ぐるみの環境づくりが必要だという議論になり、スマートシティに行き着きました。
日高 最後に、国内でのMaaSの取り組みがいよいよ本格化する19年に向けて、みなさんからメッセージをお願いします。
須賀 大企業の方々は、自分たちはイノベーションの担い手ではないと話す人が多い。しかし、大企業の中にこそ日本の社会構造としてはたくさんの人的、技術的なリソースがあります。その豊富なリソースを引き出し、新しい価値観を持ってMaaSが実現する未来を信じている人に使ってもらう。それも立派な大企業の社会的な役割ではないでしょうか。
こうした合理的な判断を大企業がすることは、ベンチャー企業が栄えたり、市民生活が向上したり、MaaSの未来がより良くなるためにもとても大切なことだと思っています。大企業のみならず、政府や自治体が持っているデータリソースをAPIで引き出し、人材やビジネスフィールドも皆が持ち寄るような枠組みづくりに世界経済フォーラムが貢献したいですね。
石村 産業間の連携や接続が大切だと思っています。日本政策投資銀行内でもMaaSへの関心が高まっていて、鉄道、不動産、医療、ベンチャー企業など、さまざまな関係企業をもっとうまく接続していきたい。また、先ほどお話した「ゲーム×MaaS」の分野を盛り上げていきたいと考えておりますし、高齢者、地方の方にもMaaSの話を分かりやすく伝えていきたいと思います。
信朝 私はまず、企業の中のリソースをAPIとして引き出すためのコミュニティーづくりなどを盛り上げていきたいと思っています。また、MaaSにおいてはデータプラットフォームの構築に尽力したい。現状でもバス会社がグーグルのデータフォーマットを参考にしてオープンデータ化を進めていますが、日本ならではの規格の戦略も考えていきたいです。
渡邉 19年は、いよいよMaaS分野に投資をしたいと考えて、戦略を練っているところです。投資を受けたい方、会社を買いたい方、一緒に投資したい方など、お待ちしています。

交通サービス分野のパラダイムシフトにとどまらず、MaaSで実現する近未来のまちづくり、エネルギー業界から不動産・住宅、保険、観光、小売り・コンビニまで、MaaSの「先」にある全産業のビジネス変革を読み解く、日本で初めての本格的なMaaS解説書!
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