2018年11月29~30日、オーストリアで第10回「グローバル・ドラッカーフォーラム」が開催された。ウィーンのピータードラッカー協会が毎年開催し、今回は設立10周年の記念的なイベント。経営学の世界的なスピーカーが約100人も登壇し、1000人近い参加者が世界から集まった。

第10回「グローバル・ドラッカーフォーラム」には、多くの日本企業が初めて参加した(写真/イブ・ピニュール)
第10回「グローバル・ドラッカーフォーラム」には、多くの日本企業が初めて参加した(写真/イブ・ピニュール)

 ドラッカーは第2次世界大戦後の米国を拠点に活躍したが、ウィーン生まれのオーストリア人である。同協会はウィーンに拠点を置き、ドラッカーの精神や思考に基づいて今後の経営や社会について議論を行っていこうと活動している。とりわけイノベーションやアントレプレナーシップとの結び付きを重視しており、活動の場を世界に広げている。実はこれまでは中国や韓国から多くが参加していたのだが、日本からの参加者はいなかったという。恐らく日本においてはドラッカーその人や著作を重視する傾向があったためかもしれない。今回筆者は、一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)代表として、日本企業の参画に関わった。すべての企業は挙げられないが、富士通や富士ゼロックスなどの企業を中心に10数人に初めて参加していただいた。駐日オーストリア大使館商務部にも支援を受けた。

 今回のスピーカーには、マーケティング論で知られるフィリップ・コトラー、経営の戦略論を批判したヘンリー・ミンツバーグ、数多くの革新的な経営概念を生み出してきたゲーリー・ハメルなどの経営学者の他、『ビジネスモデル・ジェネレーション』著者のイブ・ピニュールとアレクサンダー・オスターワルダー、米IDEOのティム・ブラウン、ロジャー・マーティンなどデザイン思考に関わるシンカー(思考家)、さらに経営者や政治家が集まった。驚いたのはフォーラム当日に退任のニュースが流れたユニリーバのCEOポール・ポルマンが登壇したこと。つまり、このフォーラムへの参加を優先したということだろう。

 全体テーマは「経営における人間の次元」である。社会における企業の役割の再認識、AI(人工知能)やロボットの浸透、経営者とワーカーの格差(社員を犠牲にした経営批判)、官僚主義やリーダーシップあるいはリーダー教育の限界、経営における科学的論理分析への偏重への反省、さらには環境問題などが挙がり、いずれも「人間とは何か」を経営において考えざる得ないものとなっている。青臭いテーマかもしれないが、これこそが現代の経営における最先端の課題といえる。最も頻繁に出た言葉は「目的」(purpose)であった。ただ目的の重要性を叫び、議論するのでなく、実践することが不可欠というわけだ。筆者はこれまで「目的工学」なる方法論を標榜してきたが、まさに目的の時代の到来を実感した。経営学での思考法における明らかな時代の変化であり、対応できない企業は先がないといえるだろう。

米IDEOのティム・ブラウンが登壇し、「目的」などについて語った
米IDEOのティム・ブラウンが登壇し、「目的」などについて語った
パネルディスカッションに登壇したヘンリー・ミンツバーグ(スクリーンに投影)やフィリップ・コトラー
パネルディスカッションに登壇したヘンリー・ミンツバーグ(スクリーンに投影)やフィリップ・コトラー
会場はオーストリアのウィーンにあるホーフブルク宮殿(写真提供/Peter Drucker Society)
会場はオーストリアのウィーンにあるホーフブルク宮殿(写真提供/Peter Drucker Society)

社会課題こそがイノベーションの種になる

 改めて、簡単にフォーラムのアジェンダを紹介しよう。どれも回答があるわけではない。しかし登壇者は異なった意見を交わし、それに参加者も会議ツールで議論に加わるという運営が行われた。1日目は「社会の中で何をなすべきか?」という問いから始まった。これまでの経済学では、社会のことは政治に任せ、企業は利益の追求を旨とするという考えが主流だった。しかし、それは結局、偏った経営を生み出した。CSR(企業の社会的責任)などが問われてきたが、いまや「企業が社会に対して何ができるか」といったレベルではなく、「社会の一員として、企業の役割や存在意義は何か」が問われている。社会的な課題こそがイノベーションの源泉になる、ともいえる。

 次に「働き方の未来」が議論された。もはやAIやロボットとの「協業」は避けられない。AIが人間の仕事を奪うというのは浅い議論だ。むしろ人間が初めてルーティンワークから解放される時代になるなか、何をなすべきかが課題となった。そこでは人間の創造性がますます求められ、イノベーションにおける人間性という問題が議論された。キーワードが「目的」だ。何のために働くのか、何が人間にとって幸福なのか。このとき、個人レベルではなく、社会レベルの幸福とは何かを考えるとイノベーションにつながる。

企業は「共通善」や「倫理」をどう捉えるべきか

 2日目は、国民国家の役割、市場主義の失敗から学ぶこと、人間中心組織、官僚主義、短期的思考と長期的思考のジレンマなどで多くの議論が交わされた。このとき筆者が感じたことは、人間中心組織の台頭と官僚主義の終焉(しゅうえん)だった。アジアからも経営者が登壇したが、中国の家電メーカーであるハイアールのチャン・ルエミンCEOの言葉が印象的だった。ルエミンはこれまで日本企業を含め多くの事例から学ぶことで、自主性を重んじる自律的な組織へと劇的な改革を果たしてきたという。ただ日本の優良企業といえども、社員の人間の尊厳を尊重していない面もあるのでは、とコメントしていた。

 官僚主義の(有効性の)終焉は全体を通じての共通認識だったように思われる。しかし単にポスト官僚主義をうたっても、別のパラダイム論が交わされるにしか過ぎないだろう。問題は実行したくてもできない組織風土や文化にあるのではないか。経営や企業、リーダーとは何であるかを今一度深く議論すべきだろう。筆者もパネリストとして登壇し、企業は「共通善」(ステークホルダー“共通”の利益を志向する考え方)や「倫理」をどう捉えるべきかといった議論に加わった。

 かつてドラッカーは日本企業を礼賛したが、その後失望し、中国や韓国の企業に目を向けたという。企業の利益ばかりを重視し、社会課題について関心を示さなかったからだろう。日本からの登壇者は、企業のESG(環境、社会、ガバナンス)投資について紹介していたが、あまり注目されなかった。今後、日本企業は世界的な社会課題に熱心に取り組む姿勢をアピールすべきだろう。19年度の同フォーラムでは、もっと存在感を示してほしい。

筆者もパネルディスカッションに参加し、目的とは何かについて語った(写真提供/Peter Drucker Society)
筆者もパネルディスカッションに参加し、目的とは何かについて語った(写真提供/Peter Drucker Society)
■修正履歴
1段落目の表現を一部修正しました。[2018/12/28 18:30]

この記事をいいね!する