さまざまな交通手段を統合して新たな移動体験を生み出す「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」において、ラストマイルを担う中核サービスとして期待されるのが、自動運転技術を活用したモビリティサービスだ。世界で開発競争が繰り広げられる中、日本ではどんな将来像が描けるのか。MaaS Tech Japan社長の日高洋祐氏が、SBドライブ社長の佐治友基氏と「MaaS×自動運転」の近未来を語り合った。

2018年9月、SBドライブは小田急電鉄などが行った自動運転バスの実証実験に参加
2018年9月、SBドライブは小田急電鉄などが行った自動運転バスの実証実験に参加

 2018年12月、米グーグル系の自動運転開発会社であるウェイモ(Waymo)が、自動運転車を使った配車サービス「Waymo One(ウェイモ・ワン)」をアリゾナ州フェニックスの一部ユーザー向けに開始。自動運転サービスの商用化としては世界初の試みであり、遠い将来のように思われていた自動運転社会が目前に迫っていることを印象付けた。

 国内の自動運転サービスをめぐっては、18年10月、トヨタ自動車とソフトバンクが設立を発表したモネ テクノロジーズ(MONET Technologies)が、2020年代半ばまでにトヨタのモビリティサービス専用自動運転EV「e-Palette(イーパレット)」を使った移動、物流、物販サービスの展開を目指すと表明。足元では、さまざまなプレーヤーによって商用化をにらんだ実証実験が各地で進められており、中でも自治体や交通事業者と組んだプロジェクトを多数手掛けているのが、ソフトバンク傘下のSBドライブだ。

 来たるべきMaaS時代、自動運転によるモビリティサービスは駅からのラストマイルを担う新交通として、または効率的な物流網の構築やモビリティと物販との融合を促進させる存在として、重要なカギを握る。このほど上梓された『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』の著者の1人であり、12月に設立された日本初のMaaS推進団体「JCoMaaS(ジェイコマース)」の理事も務めるMaaS Tech Japan社長、日高洋祐氏が、SBドライブ社長の佐治友基氏と対談。日本における「MaaS×自動運転」の近未来を語り合った。

日高洋祐(以下、日高): まずお聞きしたいのですが、SBドライブでは現在、どのようなプロジェクトが進んでいますか。

MaaS Tech Japan代表取締役社長の日高洋祐氏。東日本旅客鉄道でモビリティ戦略策定などの業務に従事した後、18年11月に独立。現在は、MaaSプラットフォーム事業などを行う
MaaS Tech Japan代表取締役社長の日高洋祐氏。東日本旅客鉄道でモビリティ戦略策定などの業務に従事した後、18年11月に独立。現在は、MaaSプラットフォーム事業などを行う

佐治友基(以下、佐治):  多くのプロジェクトを手掛けていますが、例えば北海道上士幌町では、自動運転コミュニティーバスの実用化に向けて取り組んでいます。広大な大地を擁する上士幌町では、ITやドローンを活用した大規模農業が盛んに行われている。現在の人口は5000人ほどですが、近年では東京などからの子育て世代の移住者が増えたことにより、人口が増加している「奇跡の町」としても有名。移住体験用の住居の提供、テレワークなどの仕事環境の整備、無料保育園の設立といった積極的な施策が、功を奏しているようです。

 さらに、住民の高齢化や免許返納が進む町の将来を見据え、画期的な交通網計画を打ち出しています。町役場から半径500メートルのコンパクトなエリア内に、自動運転バスを5~10分に1本程度の高頻度で巡回させると同時に、バスターミナルや道の駅を新設し、大型バスなどの幹線輸送ネットワークとの接続も行うというものです。SBドライブはこの計画に賛同しており、町に自動運転バスを持ち込んで2回の実験をしました。住民から好評だったため、町は18年4月からふるさと納税を活用して、自動運転バス導入に向けた資金調達を開始。1年で目標額2000万円を集める計画でスタートしましたが、なんと半年足らずで目標額を上回っています。

SBドライブ社長の佐治友基氏。ソフトバンクの社内コンペで自動運転サービスを提案し、同社を起業。数多くの実証実験を通して、自動運転時代のITプラットフォーム開発を手掛ける
SBドライブ社長の佐治友基氏。ソフトバンクの社内コンペで自動運転サービスを提案し、同社を起業。数多くの実証実験を通して、自動運転時代のITプラットフォーム開発を手掛ける

日高: 最初の投資を民間が担うのか、行政が担うのか、パターンはいくつかありますが、上士幌町のようにふるさと納税を活用するケースは面白いですね。1つ先行事例ができれば他の自治体でも導入が推進されますから。自動運転サービスは国の産業政策として推進されている側面もありますが、実際に展開地域で役に立って、持続的なサービスが可能となるように収益モデルをつくることが重要だと思います。その点、課題と感じていることはありますか。

佐治: 人口が少ない上士幌町を例にとると、日々の運賃収入だけでは採算が見込めないため、車両購入後のランニングコストをどうやって負担するのかという問題が残ります。そこで、収益化のための有効な手段として期待したいのがMaaSです。

 MaaSには2つの可能性があります。1つ目は、公共交通の利用者を増やす可能性。住民には、町内での買い物が多い人もいれば、通勤などで遠距離の移動が多い人もいます。こうした住民の生活行動パターンに合わせて電車やバス、タクシーなどを組み合わせ、定額制や従量制などの多様な料金プランから選べる形にすれば、公共交通の利用者増加につながると思います。

 また、2つ目はバス運行のコスト負担構造を変える可能性。バスが高頻度で循環すると、バスで出掛ける人が増え、店がにぎわい、街の活性化につながるのではないかと思います。この点を考えると、バスの運行経費は乗客が支払う運賃だけではなく、近隣の商店や行政が負担する形もあり得ますね。

日高: モビリティサービスだけで議論していると目の前の運賃収入しか見えず、導入判断が難しいですが、そもそも移動は手段であり、人が移動する目的は商業施設に行くことなど他にある。だから、街づくりやその経済圏の中で語れると事業化もしやすいですよね。

自動運転車は高利回りの“投資物件”に

日高: SBドライブが考える自動運転、無人運転のサービスイメージは、どのようなものですか。

佐治: 自動運転という言葉の通り「運転が自動になる」だけなので、サービスとして成り立たせるためには当面、「運転以外」のところを乗客や交通事業者に育ててもらう必要があります。皆さんのイメージと少し違うかもしれませんが、実はバスの自動走行設定や毎日の点検、車内清掃など、結局ものすごく人手がかかるのが今の自動運転。それでも、バス業界からは、一刻も早く実用化を求められています。それほど大型2種免許のドライバーが不足しているのです。

 また、バスの自動運転は、必ずしも無人運転から始まるわけではありません。というのも多くのバス事業者は、自動運転になったら車内に同乗する「車掌」を復活させたいと考えている。そのほうが、乗客に対して柔軟な対応ができるからです。現在は当たり前になっている「ワンマン」運行というのは、ドライバーが車掌の役割までこなすという意味で、考えてみるとドライバーにとっては大変な負荷ですよね。

 私は人間のドライバーが安全に運転できる限り、自動よりも手動のほうが乗客にとって温かみがあって良いと考えていますが、逆に、疲労がたまったり集中力が続きにくい路線では、自動運転を活用してもらいたい。乗客の少ない地方や郊外でも、深夜までバスが走っていれば、確実に便利ですので。

佐治氏は、「自動運転バスを気持ち良く利用できる時代にするには、乗客同士の助け合いも大事」と話す。画像はSBドライブの紹介動画「バスがまた、通るようになったから。

日高: 自動運転によるモビリティサービスを担うのは、既存のバス事業者だけでしょうか。

佐治: 新しい移動サービスを作るという意味では、プレーヤーは交通事業者だけではないかもしれません。現在でも「目的地」である飲食業、病院、スーパー、ホテル、アミューズメントパークなどが、移動手段までパッケージにして顧客に提供しているケースはありますよね。「目的」のために最初にハードルとなる「移動」を解決してしまえば集客増加につながるという発想や、移動中にもサービスの世界観を出したいというブランディングの発想だと思います。目的地に合わせた「こだわりの移動体験」は、こうしたサービス提供者から出てくるのが自然です。

 また、将来はわざわざ移動のためにルート検索すること自体が「不便」と感じる時がくるような気がします。私も乗り換え検索や地図アプリは重宝していますが、ユーザーの移動手段検索の方法も次第に変わっていくでしょう。考えてみれば、人間は誰かに会う、食事する、泊まる、買い物する、働くなどの用事に合わせて移動している場合がほとんど。ですから、将来はSNSや検索エンジンなどで目的ワードを検索すると、それに連動した移動手段までが一気通貫で案内される時代が、当たり前になるかもしれません。

日高: なるほど。私は、少し引いた立場で自動運転の社会的機能とはどんなものだろうと考えていました。初めは「自動運転=無人運転」というイメージが強くありました。バスやタクシー、レンタカー、カーシェアリングなど既存のモビリティサービスは、空車状態で人を乗せずに運行する場合や、借りた場所と返却希望場所が必ずしも一致しない場合があり、片方にニーズの偏りができます。それが無人の自動運転サービスに置き換われば、人件費がかからないぶんコスト的に有利ですし、任意の場所で乗り捨てても自動で空いているカーポートに戻ってくれるような運用も可能になります。そうすれば、ビジネスとして成り立つのではないかと考えていました。

佐治: その要素もあると思います。コストが下がれば、モビリティサービスの料金を乗客が負担することもなくなるかも知れません。先ほど話した通り、ショッピングモールなどでは買い物をしてもらう代わりにモビリティサービスを提供することも可能で、地域経済を回しやすくなる可能性があります。現状では駅周辺の商業施設にクルマで買い物に行くと、駐車場が満車で空きを探して周辺を走ることも多いと思います。つまり、満車になりやすい駐車場周辺にある店舗は機会損失をしているわけです。こうした店舗同士が費用を負担し合って、地域巡回バスサービスを支えるというモデルも成り立つでしょうね。

日高: 自動運転技術の使い方はさまざまありそうですね。そうなると、トヨタ自動車のe-Paletteのような人の移動や物流、生活サービスのオンデマンド提供などを想定した自動運転車両が必要だと思います。自動運転技術の導入に向けてハードとして見たときに、どんな要素があれば普及すると思いますか。

佐治: 自動運転車というハードが世の中に普及するには、価格と性能のバランスが大事です。乗客の全てのニーズに、技術だけで応えることは不可能でしょう。結局、性能面で不完全な部分は、人がオペレーションで補うしかない。その上で、自動運転車を活用してビジネスをしようとする人が、収益を確保できると思える価格が大事です。

 そもそも、自動運転の車両を保有する人と、運用・保守をしていく事業者は別である可能性もあります。例えば、バス会社が自動運転バスを保有せずにモビリティマネジメントや顧客サービスに力を注ぎ、一方で車両は投資物件として資産家やリース会社が保有するケースもあるのではないかと考えます。これは、不動産業界に似た構造です。自動運転車が利回りの良い投資物件であるためには、効率良く運用したり、質の高いサービスを提供したりするノウハウが大事になってきます。高いノウハウを持つ事業者が、コンビニなどのようにフランチャイズ展開する可能性も考えられるでしょう。

日高: 面白い考え方ですね。確かに自動運転サービスが、人手不足や少子高齢化などの社会問題を解決するだけの役割だと、社会実装は難しいかも知れません。日本は社会的な課題の“先進国”ではありますが、一方で世界的に見て恵まれた交通環境だと思います。そうすると、MaaSや自動運転サービスなど、新しい交通体系に移行しようというモチベーションが湧きにくい。なので、知恵を絞ってビジネスとして、新しいアイデアを生み出しながら進めていく必要があります。

 その観点で言えば、MaaSや自動運転サービスは、特に若い世代に対しては課題解決型だけではなく、ビジネスとして魅力があったり、近未来の姿を示すなど、もう少し先の未来を提示できると良いなと思います。20年後や30年後にどのような状態を作って事業をしているべきなのか、夢のある将来の構想を一緒に考えてもいいのではないでしょうか。

佐治: 同感です。今までは自動運転がテクノロジーのバズワード的に扱われてきましたが、すでに本質的な社会価値が語られ始める段階にきています。このような議論をいろんな人としていけると良いですね。

■修正履歴
上士幌町ふるさと納税について修正を加えました。[2018/12/19 13:00]

『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』
(日経BP)
2030年、世界で100兆円以上に達すると予測されるモビリティサービスの超有望市場「MaaS(Mobility as a Service、マース)」。交通サービス分野のパラダイムシフトにとどまらず、MaaSで実現する近未来のまちづくり、エネルギー業界から不動産・住宅、保険、観光、小売り・コンビニまで、MaaSの「先」にある全産業のビジネス変革を読み解く、日本で初めての本格的なMaaS解説書!
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【MaaS書籍関連の有料セミナー開催!】
  • 日時:2018年12月20日(木)16:00~19:00
  • 講師:
    ・JCoMaaS代表理事(就任予定)/横浜国立大学理事・副学長 中村文彦氏
    ・トヨタ自動車 未来プロジェクト室 天野成章氏
    ・計量計画研究所 理事 企画戦略担当部長 牧村和彦氏
    ・MaaS Tech Japan 代表取締役 日高洋祐氏
  • 会場:AP東京八重洲(東京・京橋)
  • 主催:MaaS Tech Japan、LIGARE(自動車新聞社)
  • 受講料:2万9800円(税込み、会場にて新刊『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』をお買い求めいただけます)
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