2018年11月上旬、ポルトガルのリスボンで開催されたデジタルメディアの総合展、「Web Summit」に参加した。最大の特徴がさまざまな領域の参加者がいるダイバーシティに富んだイベントであること。ビジネス、テクノロジー、デザインの各領域から参加者が集まってくる。

Web Summitには、ビジネス領域ではスタートアップ、マーケター、VC(ベンチャーキャピタル)、テクノロジー領域ではエンジニア、SE、デザイン領域ではクリエイター、デザイナーなど、各領域から集まってくる。
約7万人もの参加者があり、約1200人のスピーカーはすべてCxOクラスというのが特徴だ。およそ1500人もの投資家が全世界から集まる。毎年1月に開催する家電の見本市CESや3月のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)と比べると、参加者間の交流を促す仕組みが特徴的だ。自然に交流が起きるように、イベントプログラムやアプリがデザインされている。ごく自然に国や仕事の枠を超えた交流が起きて、グローバルコミュニティーに参加している感覚になる。

イベントの前から、参加者はアプリ上でアルゴリズムによるレコメンド表示で興味が合いそうな人同士でつながることができる。こうした仕掛けもあって、出展コーナーやスピーカーラウンジ、夜の公式イベントなど、至る所で気さくな会話が生まれる。参加者ホルダーに印刷されたQRコードを撮影したり、リンクトインでつながるなどして、自然に連絡先を交換する。

日中の講演や展示だけでなく、「世界をテクノロジーで幸せにしていく」というコミュニティーの一員として参加すること自体が、このイベントの価値を生んでいる。
余談ではあるが、ある有名SNSのファウンダーが、友人たちのためにリスボンのお城ホテルを借り切って開催したイベントに参加した。クローズドということで、VCやスタートアップ、イベントオーガナイザー、メディアなどの参加者と、気さくに交流することができた。

「BTC」がそろいビジネスが成立する
筆者は広告会社のデジタルクリエイターであり、マーケターである。
日々のビジネスで感じているのが、企業のデジタルサービスの開発やマーケティングで、BTC(ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ)の3要素が重要になっていることだ。このBTCで、特にビジネスが成立することをWeb Summitに感じる。参加しているのもそのためだ。
ビジネス面が充実していることは、1500人もの投資家が来ていることでも分かる。
日本から唯一、単独でスタートアップブースに出展した、機械学習(マシンラーニング)のスタートアップであるハカルスの藤原健真CEO(最高経営責任者)は、事業会社と案件についていいやり取りをできただけでなく、投資家とも有益な話ができたとのことだ。また、「他のイベントと比較して、オーディエンスがビジネスのネタを見いだそうと真剣に考えているとの印象があった」(藤原氏)。
ジェンダーフリーなサービスデザイン
Web Summitでは、BTCの効果を考えるうえで2つの重要な実例を知った。
1つ目がシェアエコノミーである。シェアエコノミーが浸透し、サービス選択の主権が個人に移っていく。企業の役割は個人の多様性を受け入れて、活躍を最大化する役割に変わっていくのではないか。
今回、それを特に感じたのは、都市圏のEVスクーター大手の米ライム(LIME)と、400万ユーザーとヨーロッパ最大級のクルマのライドシェアであるエストニアのタクシファイ(Taxify)の創業者のセッションだ。
「なぜeスクーターが急速に拡大したのか?」をテーマに議論を展開した。LIMEの共同創業者であるシーン・コンテー氏が、「電動で環境に優しいこと、(女性がドレスのままでも気軽に乗れるなど)ジェンダーニュートラルであることが重要」と強調した。

eスクーターによって「マイクロモビリティ」を変革し、都市の近距離移動を容易にしてエンターテインメントに変えたと言えよう。リスボンの街中でも盛んに利用されており、シェアエコノミーの浸透による「Let's make the world better with technology(テクノロジーで世界を良くしよう)」、という空気感が街中に広がっていた。
eスクーターはキックスケーターとも呼ばれ、スマホアプリで置き場所を探して、QRコードを読み取ることで簡単に乗ることができる。こうした素晴らしいインターフェース、つまりUX(ユーザーエクスペリエンス)があることで、一気に利用が広がるのだと感じた。次の利用者のために置き場所を写真でシェアすることもできる。

”デジタルヒューマン”、次のAI社会の住民
「不気味の谷」という言葉をご存じだろうか。ロボットを人間に似せようとすればするほど、微妙な違いで不気味に感じてしまうというものだ。Web Summitには見た目だけでなく、感情的な触れ合いでも谷を越えようとする“新しい生き物”が続々と披露されていた。これが2つ目である。
例えば、スウェーデンのファーハットロボティクス(Furhat Robotics)の「Social Robot」がそうだ。目的や設置場所に応じて、自由に性格や会話内容を変化できるのように会場で見せていた。人の顔の造形に映像をプロジェクションすることで、微妙かつ自由な表情を生成するものだ。

Social Robotは現在、企業と顧客のやりとりや、従業員教育、語学教育などを目的に開発されている。特定領域に絞ることで、ビジネス化を試していると考えられる。AI(人工知能)社会では、こうしてコンピューターとエモーショナルな会話を交わすようになる日は近いのかもしれないと思った。
実際、高度な意思決定の主体をAIが担う世界の実現も近づいてきている。
デジタルマーケティング関連の起業家であり複数のIT企業でのボードメンバーやベンチャーキャピタリストも務めるウェス・ニコル氏による「AIは次のCMOなのか?」と題したセッションも興味深かった。
データ解析やダッシュボードの役割が過去の静的データによるリポーティングや定量分析から、次のフェーズではリアルタイムデータによる予測や判断といったアクションのオートメーション化に移っていくと指摘した。
BTCを指揮する責任者が必要に
eスクーターのような移動手段、クルマ、冷蔵庫、都市などのハードウエアがデジタル化し、ハードウエア同士が連携したり、サービスとつながっていく。
こうした時代にはBTC(ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ)をまとめて指揮できる責任者が必要となる。今回、多くの「デザイナーではないデザイナー」の参加者たちと出会った。サービスデザインやイノベーションデザイン、UXデザインなどに携わっている人たちであり、こうした人材がBTCをまとめて指揮するようになるのかもしれない。
Web Summitの日本人の出席者は約100人と前回の50人に比べて2倍となった。展示ではスタートアップが1社、JETRO(日本貿易振興機構)のブースではで6社が参加していた。
BTCや多様性をうまく活用し、テクノロジー業界は活気を取り戻して世界が前進している。英語やコミュニケーションなどの能力も含めて、日本が取り残されていく危機感がさらに強まった。筆者も世界で親しまれるデジタルサービスを提供し、Web Summitにスピーカーとして戻って来たい。
(林 智彦)