“非主流”から本丸のイノベーションに取り組む、マサチューセッツ工科大学(MIT)の伊藤氏とパナソニックの馬場氏。イノベーションを興すために、必要な根本要素は何か。2018年10月、米ボストンのMITメディアラボで熱い議論を交わした。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)の伊藤穰一氏は、異分野の人材を交じり合わせ、自ら作ることを徹底させるなかで、メディアラボを世界でも有数のイノベーションの場に昇華させた。一方、パナソニックの馬場渉氏は、IT企業のSAPから転じて、39歳の若さで米国法人副社長となって米シリコンバレーの新組織を指揮する。アカデミアと大手メーカーと立場は異なるが、“非主流”から本丸のイノベーションに挑んでいるという点が共通する2人。メディアラボの成功を日本に持ち込むために必要な根本要素は何か。18年10月、米ボストンのメディアラボで熱い議論を交わした。
伊藤 そういえば、最近あまり「イノベーション」という言葉を使わなくなった。あまりにいろいろと使われるようになったので、意味を成さなくなっている。デザインもそう。デザインシンキングもあれば、絵を描くのもデザイン。メカニカルデザインもある。仲間内で定義すればいいのだろうが、英語で「インクリメント」という、少しずつ変わっていくものもイノベーションと言われるが違うのでは。そうではなくて、測れないものが本当のイノベーションではないか。本当に面白いものは測ることができないものだ。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長、投資家。MITの情報科学芸術 実務教授
馬場 僕もインクリメンタルには興味がない。社会全体のために新陳代謝を促すものがイノベーションだと思っている。破壊しながらするもの、インクリメンタルで代謝するのであれば、それも素晴らしい。自分たちが、どのイノベーションの手法で代謝できるのか。自分たちの特性と置かれている状況で取捨選択すればいい。
もともとメディアラボは従来型へのアンチテーゼで始まったが、エスタブリッシュメントなところも強めている。
イノベーションは窓際から企業中枢に
伊藤 昔はイノベーションに取り組む人は窓際族だったが、今は中枢に近い位置付けのところが多い。メディアラボもどちらかというとMITでは「仲間外れチーム」で、もともとは失敗する予定だった(笑)。そのためいろんなことが許されてきたけど、生き残るどころかMITで一番有名な組織となって、中心的に活動するようになった。我々が真ん中に入るほうがMIT全体のプラスになり、我々も自由に動けている。その意味で、世の中が変わっている。MITもパナソニックもそれぞれ生き残らないといけないから。
馬場 我々も一緒。シリコンバレーに置いた新組織のパナソニックβを通して巨大な組織が変わるためのラーニングをしたいと思っている。まさにMITのメディアラボ的なものをコピーしたい。パナソニックという大企業のなかで、セクシーな組織として距離を置こうとする動きもあるけど、メンバーの8割はメインストリーム(の組織)から来てもらっている。
パナソニックβでは「HomeX」というプロジェクトをやっている。住んでいるだけで幸せを感じるなど、ハイテクなんだけど、暮らしのなかで人間性を取り戻したいと思っている。

パナソニック ビジネスイノベーション本部本部長
伊藤 家電とかセンサーを統合・連携させて、使う相手に応じたレスポンシブなシステムをデザインするのは、パラメーターが決まっているエンジニアリングと違う。メディアラボが得意とする、機械と人間、アートとサイエンス、それぞれの真ん中のエリアといったものだ。そうした人をどうハイアリングしているのか?
デザイン担当を商品企画の上流に
馬場 創業者(松下幸之助氏)が「これからはデザインだ」と言い、日本で初めて企業内にデザイン組織を置いた。また、ものづくりをしているだけあって工業デザイナーが多くいるので、実は人材には困っていない。ただこれまでデザイナーは商品企画が終わって最後に登場し、できることが限られていた。そうした人材を企画の上流に持ってきている。データサイエンティストもそう。関わり方の順番を変えるだけだがケースを増やしたい。
またクリエイティブな人たちにどうやってプレッシャーのある仕事をやってもらうのか。「関係ない」と思う人たちに、重要な動きをどのように知ってもらうのか。これが大事だ。
実はパナソニックが提供しているスマホアプリは約170個もある。組織が大きいからしょうがないけど、縦割りで作っているからだ。エアコンと空気清浄機では当然ながらソフトウエアも違う。ただ、ユーザーインタフェースのフレームワークは必要だろう。
伊藤 米国だとチーフアーキテクトがそうした役割を担う。パナソニックにはいるのか? 家電だとインターフェースの信頼感が重要だと思う。
馬場 パナソニックには家電から家の建材まで、他にはない幅広い暮らしの領域がある。暮らしとなると製品カテゴリーを超える。そうしたところはパナソニックが考えることができるし、既存の事業部ができなければパナソニックβで取り組む。(各製品やサービスで連携するための)データなど横のスタンダードを決める。ルールが決まればそれを守ってくれる。
伊藤 米ナイキはデザイナーがトップになっていい方向に変わった。パナソニックでデザイナーがトップになることはあり得るか?
馬場 いいと思う。消費者に共感され、彼ら彼女らに寄り添う商品を創るために必要ではないか。
伊藤 メディアラボの卒業生は新しい領域のトップに就くことが多い。サムスン電子やフェイスブックなどの新領域の部門トップにいたりする。なかなか見つからない人材だ。
馬場 人材はどう量産するのか?
メディアラボでは覚えてきたことを壊す
伊藤 量産はできない(笑)。MITに来るような優秀な学生に対し、これまで学んできたことを壊すようなことをする。与えられたものをクリアするのではなく自分で考えろと。これは難しい。修士は約100人。次の博士は、僕らと本当に作っていく考えがある40~50人とやっていく。他の大学でマスターやドクターを取っていたとしても、修士からやってもらう。うちの文化を知って、これまでの発想を打ち壊すのだ。ある程度ものづくりが分かる人が多いけど、何でも自分で作るのが重要だ。ナノやミクロの加工から、ウオータージェットカッターで鉄を切る装置まで用意している。バイオからクルマまで全部加工できる。
何でも作るための場と知識を提供
メディアラボには「How to make almost anything」という講義がある。それを取れば、何でも自分で作れる自信ができる。他人に頼まなくても、発想さえあれば、その日に作り始められる。購入のために稟議(りんぎ)書も要らない。摩擦がなくなるが、言い訳もできなくなる。違法でなければ何をしてもいいし、自分の責任になる。だめなものも自分で潰す。面白いことも常に見張っていないといけない。
例えば、アルツハイマーを研究している人が、「脳を刺激する方法はいくつあるのか」と一気に調べる。光、電気、音と調べて、必要なツールも調べて試す。僕らの場合は、目的があると5つくらいの仮説を持って走り出して、これはアルツハイマーでなくこっちに使えるのではとなることもある。
学校は学び続けるのが目的だ。企業では学びでなくプロダクティビティを上げなければとなる。こうした取り組みは普通の会社と違って成功の評価指標がない。
馬場 パナソニックの前の会社でチーフイノベーションオフィサーをやっていたとき、評価指標を自由に決めていいということになった。いろんな大企業で「失敗が大事だ」と言っている。ただ日本ではそうした事を実行しないので、それを仕組みに落としてみようと考えた。失敗したら昇格とか、ボーナスを出すとかしたらやるだろうと。自分も「失敗連動型」にした。ただ人間は失敗しないようにできている(笑)。どれだけ失敗しようとしてもできないというか、自分が成功できる領域だけでやっている。そこを出ることで、自分の価値観を超えるチャレンジができるようになる。
伊藤 メディアラボでも失敗してこんな面白いもの見つけたというのが自慢話になる。(米グーグルの新事業を手掛ける)「グーグルX」がまさにそうで、自分のプロジェクトを潰すと昇格できるという。パーティーもありみんなで祝う。まさに学びと自慢だ。
メディアラボの中を歩いていると、他の研究者の一見関係ないようないろんなものに出合う。これも重要だ。研究室は普通見えないように隠すのだろうけど、ガラス張りにして廊下から見える場所に置くようにもしている。
MIT伊藤氏のプロフィールについて更新しました。ソニーのストラテジックアドバイザーは退任しております。お詫びして訂正します。[2018/11/21 12:00]