GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字を取った造語)のまねではなく、日本企業は自ら構想力を発揮しなければならない。そう語るのは知識創造理論で知られる野中郁次郎氏と紺野登氏だ。共著『構想力の方法論』(日経BP社)には身に付けるべき構想力の考え方が盛り込まれている。「GAFAの論理構造を学んだうえで新たな道を探るべき。このままではGAFAに支配される」と話す両氏に、組織・人財開発コンサルタントの渡邉信光氏が聞いた。

インタビューに答える野中郁次郎氏と紺野登氏(左から)。右はインタビュアーの渡邉信光氏
インタビューに答える野中郁次郎氏と紺野登氏(左から)。右はインタビュアーの渡邉信光氏

渡邉:私は「Read For Action®」という読書会メソッドを活用して、定期的に企業の経営幹部層やリーダー層向けに「読書会」を開催しています。2018年9月末に東京・代官山の蔦屋書店で公開コースを行ったときに、書籍として、この『構想力の方法論』を取り上げました。Read For Action®は「事前に書籍を読まず、2時間もしくは3時間という短時間に書籍の内容を理解する」というメソッドです。ワークショップ形式で書籍の内容から参加者たちが自分で質問を考え、回答を探し出すスタイルを取っています。今回は、蔦屋書店でこの書籍を買ってもらい、読書会に臨むというやり方にしました。当日は20人ほどが集まり、非常に盛り上がりました。

野中:それは、すごいですね。

渡邉:まず、書籍全体をパラパラと眺め、書籍の目次とか前書き、後書き、帯などから概要をつかんで、参加者各自が15分程度で「著者への質問」を3つ考えるということからスタートします。

紺野:無関心な人は来ませんよね。

渡邉:該当の書籍に関心のない方は参加しませんね。初めて読む書籍でも、その書籍に関心を持った参加者たちが、「著者への質問」という観点を持っていると、その「回答」を探し始めるのですね。それをグループごとにプレゼンしてもらい、2時間の読書会を終える。もちろん2時間では、細かい部分は読めません。書籍で著者が言いたい点や概要を理解したら、今度は皆さん各自で深く読んでください、というわけです。

 この読書会では、多くの参加者が、構想力とは何か、なぜ今、構想力なのかといった「質問」を考えていました。そこで、まずは『構想力の方法論』を共著で書かれようと思われたきっかけとか問題意識から教えてください。

野中 郁次郎(のなか・いくじろう)
野中 郁次郎(のなか・いくじろう)
1935年生まれ。一橋大学名誉教授。2016年1月より日本学士院会員。知識創造 理論を世界に広めたナレッジ・マネジメントの権威。02年紫綬褒章、10年瑞宝中綬章を受章。17年カリフォルニア大学バークレー校ハースビジネススクールより「Lifetime Achievement Award(生涯功労賞)」を受賞。著書に『失敗の本質』『知識創造企業』『知的機動力の本質』他、多数
紺野 登(こんの・のぼる)
紺野 登(こんの・のぼる)
1954年生まれ。KIRO(知識イノベーション研究所)代表、多摩大学大学院教授(知識経営論)、博士(学術)。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘教授、一般社団法人 Japan Innovation Network(JIN)および一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)代表理事。デザイン経営、知識経営、場の経営、イノベーション経営などの新たなコンセプトを広める

紺野:これまでも野中先生と一緒にビジネスの分野における“知識創造”について研究してきましたが、今回は一般的なビジネス書とは違う内容にしたかったのです。『構想力の方法論』というタイトルですから、企業における事業とか戦略の構想力と理解していただいてもいいのですが、単なるビジネスの世界だけを論じているのではありません。今の日本に必要なことを、企業レベルではなく、社会全体も含めながら構想力の重要性を訴えたつもりです。

 『構想力の方法論』の「はじめに」にも書きましたが、この本は知識創造理論を基礎にして、いかに構想力を「次代の知力」として身に付けられるか、その方法論をテーマにしています。構想力を高めるヒントやメソッド、もうけ方などについて書かれたノウハウ本ではありませんし、事例集でもありません。それらを期待するとがっかりするかもしれません。経営の世界だけでなく、社会的活動や研究活動などの分野でも構想力を求められる読者も想定しています。

顧客や社会の現場からの視点が重要

野中:最終的には『構想力の方法論』というタイトルになりましたが、二転三転して何度も見直しました。最後は、これに決めましたが、その前はちょっと変わったタイトルとか、学術的なタイトルもありました。物語るといった意味の『ナラティブ戦略』とかも考えました。それだと私たちの言いたいことは伝わりますが、読者にはよく分からないかもしれないということで、結局は『構想力の方法論』に落ち着いたのです。実は、書きたいことが多く、当初は600ページを超える書籍になりそうでした。それじゃ読者も大変だから、もうちょっと内容を絞ったほうがいいのでは、ということで半分の300ページに減らした次第です(笑)。

渡邉 信光(わたなべ・のぶみつ)
渡邉 信光(わたなべ・のぶみつ)
Initiative&Solutions,Inc代表取締役/組織・人財開発コンサルタント。1962年生まれ。86年中央大学法学部卒、リクルート入社後、人材系ビジネスの営業幹部やマーケティングなどに携わり、コンサルタントなどを経て、2004年独立。組織・人材開発のコンサルティング会社Initiative & Solutions,Incを起業し、企業向けにHRD・ODサービスを展開。東レ経営研究所特別研究員、BPIA(ビジネスプラットフォーム革新協議会)理事、慶應ビジネススクール・ケースメソッド教授法・認定インストラクター、LEGO®シリアスプレイ®認定ファシリテーター、Read For Action®認定ファシリテーター

渡邉:どういったところを削られたのですか。

野中:一番削ったのは、構想力の哲学に関する歴史的な流れの部分でした。それが120ページ分ぐらいあったので、ほとんど削ってしまい、書籍の最後に年表形式にしてひとまとめに入れました。本当はもっと、言いたいことがあったのですが、歴史的な部分は年表形式にしたほうが読者には読みやすいかなと思いました。

渡邉:『構想力の方法論』を拝見すると、構想力の背景として哲学や社会学などの重要性を指摘しているように感じます。一般的なビジネス本とは大きく違う点ですね。

紺野:イノベーションとかソーシャル、オープンといったキーワードが流行ですが、どうしても自社や企業内部の視点から見てしまいがちです。本来は、顧客や社会の現場からの視点が重要なはずです。企業戦略から構想力を語ると、どうしてもプロダクトアウトの感じがします。しかし、今求められている価値はプロダクトアウトからではなく、まさしく顧客や社会を見つめることから生まれる価値ではないでしょうか。だから『構想力の方法論』はビジネスのメソッドを書いた本ではないし、企業のケーススタディーを集めたものでもないのです。

 大企業の経営者というよりも、本当はテニスプレーヤーの大坂なおみさんのような方に『構想力の方法論』を読んでほしいんですね(笑)。世界的なプレーヤーとして、あまたの強豪を相手に活躍されている彼女は、いわゆる「ジェネレーションZ」と呼ばれる世代です。このZ世代は2020年ぐらいに世界中の約3割を占めるそうです。これからの世界を引っ張るのは大坂なおみさんのような世代なんですよ。例えば最近、Z世代をはじめとした多くのスタートアップが出てきていますが、彼らはビジネスの世界でもうけようというばかりではなく、社会をいかに善くすべきかといったソーシャル的な視点から起業している人もいます。社会を中心に考えている。自社の企業戦略の構想力などは、社会全体から考えたらもう狭い範囲の話です。もはやビジネスの世界だけを見ていては限界があるのです。

渡邉:以前、編集工学で知られる松岡正剛さんから、哲学的で社会学的なアプローチをビジネスパーソンは持たなければいけない、と言われたことがありました。一般的なビジネス本には哲学者フッサール(注1)とか社会学者ニクラス・ルーマン(注2)に言及している例がほとんどありません。これからのビジネスパーソンは、その辺の領域も知らないとだめだという問題意識を持っておりましたから、『構想力の方法論』の中で、よくぞ紹介してくれたと思いました。特に本書169ページから、「社会は人で構成されてない。社会を形作るのはコミュニケーションである」といったルーマンの言説を記述していた点がとてもユニークな視点だと思いました。

 私は組織・人材開発系のワークショップをやっていますが、参加者に「組織の構成要素は人である」ということは正しいか否かと質問しています。皆さん、「人で当たり前では」という顔をされますが、「組織の構成要素は、人ではなく、コミュニケーションである(注3)」と説明しています。このときに、このルーマンの名前を出してもピンとくる人はほとんどいません。だからルーマンについて説明されているお二人の書籍の存在、私にとっても非常に助かります(笑)。

多くの日本企業は分析ばかりで、共感しようとしない

野中:経営でも、やっぱり最も重要なのは人間同士の共感ですよ。共感こそがものごとを普遍化する力になる。個々の経験はもちろん重要だけれど、そこからいかに普遍化するかがポイントで、そのために必要なのが共感なんですね。しかし多くの日本企業は表面的な分析ばかりです。昨今、共感する力が一番、劣化しているのかもしれません。表面的なブレーンストーミングなどでイノベーションは起こらないんです。

 そういう意味でホンダの伝統である「ワイガヤ」とか京セラの「コンパ」のように、やっぱり徹底的に対話しないと駄目なんです。それぞれの思いを出発点に知的バトルを極め尽くすと、共に無心の境地になっていきます。そのときに本当に心から共感できるんです。弁を尽くしたうえの損得抜きの境地で「われわれの思い」をつくり上げ、より普遍に近づいていく。だから最初から論理的に分析しても、真理はつかめません。

 まずは2人の人間がペアになり、互いに共感することが基本。それがチームになって幅や縦を広げることによって、より普遍的になって真理に近づく。少なくとも共感のベースにはペアがある。日本のユニークな企業を例にとっても、本田宗一郎と藤沢武夫のように必ずペアで経営に当たっている。われわれが昔、発表した「アジャイルスクラム」という考え方を、アメリカのサザーランド博士がソフトウエア開発に応用しましたが、現在、「スクラム開発」として世界的に支持され、実践されています。そのソフトウエア開発でも重要視されているのが「ペアプログラミング」です。互いにメンタリング、コーチングしながら良いものをつくりあげていくんです。

 経営は生き方ですからね。「何のために存在するか」という問いから始まりますから。欧米型のスタイルだけを持ってきて、それを日本に合わせようというのは本末転倒です。しかし残念ながら、経営学に関して言えば欧米からの受け売りばかり。欧米からの借り物で、経営学をやっているから、本質的な思いとか、そういう概念が何もない。経営をファッションにしていては駄目ですよ。

紺野:今、日本の企業は構想力に劣り、グーグルやアマゾンなどの「GAFA」に負けているといわれていますが、GAFAのまねではなく、彼らの論理構造を学んだうえで、新たな道を探るべきでしょう。そのためにも必要なのが構想力です。構想力は次世代の成長エンジンになるはずです。そうしないとGAFAに支配されるだけの世界になって、次をつくることができません。本来発揮できるはずの日本企業の構想力の欠乏に気づく必要があるのです。

野中:新しい「構想」は、互いが思いをぶつけ合いながら共感する知的バトルから生まれます。本当に人間同士が全身全霊で向き合っていけば、どんな問題でも二項対立ではなくなるはずですよ。米マイクロソフトのナデラCEOも言っていますが、AI(人工知能)に欠けている共感する力が我々にはあります。日本企業は若手も含めてなかなか元気が出ないのは、やっぱり根本において共感が成立してないからかもしれません。そういう感じがします。彼らはむしろ共感を求めていると思いますね。「VUCA」の時代などといわれていても、その本質は変わらないのだと思います。

渡邉:『構想力の方法論』を読むと、決して正解は書いてありませんが、だからこそ今後の可能性を強く感じます。「自分たちでいかに考えるか」をベースにして、哲学、社会学、現象学なども勉強したいという人も出てくればいい。まさに、その起点となる書籍だと思いました。本日はありがとうございました。

(写真/丸毛 透、本文のまとめ/大山繁樹)

注1)フッサールはオーストリアの哲学者。「現象学」を提唱する。現象学は20世紀の哲学の新潮流となり、ハイデッガー、サルトル、ポンティらの後継者を生み出し、哲学のみならず政治や芸術などの他領域まで影響を与えた。

注2) ニクラス・ルーマンはドイツの社会学者で、社会システム論の権威。

注3) 「組織の構成要素は、人ではなく、コミュニケーションである」は、ニクラス・ルーマンの著書『公式組織の機能とその派生的問題』新泉社刊で詳しく言及されている。組織の構成要素は、「コミュニケーション」であり、人は組織から区別された、組織にとっての「環境」であるとする。ここで言う「区別する」とは、切断し孤立させることではなく、あえて「組織」と「人」を区別することで、「組織」とは区別された存在としての「人」を重視し、独立した「人」同士の関係性をあらためて論ずることの可能性も見いだしている。「人」は組織の構成要素ではないが、「組織」にとって必要不可欠な存在、つまり「環境」であるとしている。
書籍紹介 『構想力の方法論』(日経BP社)
不正相次ぐ大企業、掛け声だけの働き方改革、かみ合わないデジタル化-。なぜ問題ばかり起こるのか。その理由は、想像力の欠如に起因する構想力の欠乏にある。目先の課題や自社の利益よりも、世界的な視野で社会全体の在り方を見据え、どのような方向性で臨むべきかを考えるべき。知識創造理論で知られる野中郁次郎氏と紺野登氏が贈る新世代へのメッセージをまとめた一冊。構想力を「次代の知力」としていかに身に付けることができるか。その方法論が本書のテーマであり、メソッドやもうけ方などについて書かれたノウハウ本ではない。構想事例(ケース)集でもない。構想力について関心を持ち、実践していくための「知的資源」ともいえる書籍だ。

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