西友、ドミノ・ピザ ジャパン(以下、ドミノ)でCMO(マーケティング最高責任者)を務めた富永朋信氏が2018年9月、イトーヨーカ堂に入社。その決断の背景とGMS(総合スーパー)の可能性について聞いた。

 西友、ドミノ・ピザ ジャパンでCMO(マーケティング最高責任者)を務めた富永朋信氏が2018年9月、イトーヨーカ堂(以下、ヨーカ堂)に入社した。西友で「KY(カカクヤスク)」「バスプラ」「サゲリク」、ドミノで「トナカイのデリバリー」など意表を突くキャンペーンを連発した敏腕マーケターはなぜ新たなフィールドとしてヨーカ堂を選んだのか。

日本コダック(現コダック)、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザ ジャパンなどでマーケティング関連の職務を歴任。日本コカ・コーラではiモードでコカ・コーラが買える自販機システム「Cmode」の立ち上げを担当。それ以来、「購買=ブランド選択+チャネル選択」という式の解を模索し続ける。西友では企業イメージを一変させるキャンペーンを連発。ブランドの構造はカテゴリーによって違うことに気付き、全カテゴリーのブランド構築に対応できる方法の開拓に頭を悩ませる。座右の銘として今のお気に入りは「過ぎたハンサム休むに似たり」「渾身のアイデアは全てを解決する」
日本コダック(現コダック)、日本コカ・コーラ、西友、ドミノ・ピザ ジャパンなどでマーケティング関連の職務を歴任。日本コカ・コーラではiモードでコカ・コーラが買える自販機システム「Cmode」の立ち上げを担当。それ以来、「購買=ブランド選択+チャネル選択」という式の解を模索し続ける。西友では企業イメージを一変させるキャンペーンを連発。ブランドの構造はカテゴリーによって違うことに気付き、全カテゴリーのブランド構築に対応できる方法の開拓に頭を悩ませる。座右の銘として今のお気に入りは「過ぎたハンサム休むに似たり」「渾身のアイデアは全てを解決する」

あらためてヨーカ堂での役割を教えてください。

 営業本部の本部長補佐という役割です。明確にこれをやるということが決まっているわけではありません。狭義のマーケティングを超え、どんなことができるのかなということをいろいろな部署の方と話したりしながら描いているところです。

以前の記事でおっしゃっていた「自分は振り幅がより大きい選択肢を選ぶ」という意味でいうと、西友からドミノ、そしてヨーカ堂と最近はわりと近い業界や業態に転職されているイメージがありますが。

 痛いところを突いてきますね(笑)。実は入る前の時点でヨーカ堂にはマーケティングの部署がなかったんですよ。そこで、マーケティングでできることがまだたくさんあることに武者震いを覚えたという感じですかね。

西友のときもマーケティング機能がない状態で入られて、一から作り上げたと聞いています。

 マーケティング本部という部署はあったんですね。ただ実態としてやっていたことは消費者コミュニケーションのうちの広告と調査くらいだったんです。でもマーケティングってそれにとどまらない範囲でいろいろできる。それをちょっとずつ広げていきました。

 さらに、自分が西友のときにマーケティング的な眼鏡を通して見てこなかったことで、実はマーケティングが役に立つのではと思うことが後からかなり出てきているんです。例えば、ドミノで実店舗にお客さんが来店すると、スタッフが逃げていっちゃう。これまで宅配だけだったので、実店舗での接客に慣れていないんですね。そこでマーケティング=コミュニケーションをする相手の認知制御や態度変容を促すことだと定義すれば、お店の人のマインドセットやそこに対するメンタルモデルをどうやって作るかが重要だと分かる。このポイントって、西友のときにはなかったんですよね。

「西友では自分がやれることをやりきった」とおっしゃっていましたが。

 思っていたんですよ。でも、ドミノに入って店舗スタッフと話をしてみると、現場のディテールって本当に大事だよなと思うわけです。総合スーパーで考えてみると、同じ食品売り場でも加工食品、グローサリー、生鮮などのスペースがあります。さらに違う階に行ったら、洋服や家具の売り場もあります。それぞれの売り場を魅力的に作り、メンテナンスしていくノウハウって、売り場ごとに結構違うんです。

 ただ、そういうノウハウが言語化されていることってほとんどないんですよね。現場にすごく優秀な担当者がいて、その人はすごくきれいにやるんだけど、その人がいなかったら、そこそこの売り場になる。一般的な常識としては、それが大半だと思うんです。ですので、現場作りも言語化して再現性を高くして、売り場の魅力を最大化していくことができるんじゃないかと思っています。

 GMSは業態としてカテゴリーキラーに負けたといわれるじゃないですか。でも、本当かなと思っています。個別の最適化の追求がカテゴリーキラーよりも後手に回っただけだったら、そこさえ改善すれば、すぐには勝てなくても今より全然良くなる可能性はありますよね。

GMSという形でできることはまだあると。

 あると思います。GMSって何でも売っていますよね。家具とか家電とか洋服とか。だから、接客が必要なものなんです。接客によって、ものすごくパフォーマンスが変わるはずなんですよね。カテゴリーキラーは豊富な品ぞろえと価格が武器。接客をできるだけ排除し、お客さんに自分で見て選んでもらうというバイイングプロセスが多い。それと同じモデルに突き進んでいくとよろしくない。なぜならば、品ぞろえなら相手が勝っているから。これは相手の土俵で相撲をしているのと同じです。そうじゃない形で勝機を見いだすために、例えば接客にフォーカスする。

 接客スキルというのは、一般的には商品に詳しくなることを言うんですよ。お客さまが欲しいのはとにかく商品知識だからと。でも、本当にそうかなと思うんですよね。ご自身でクルマや家みたいな高額な商品を買ったときのことを考えてほしいんですけど、買い手の「これ、買ってもいいんだろうか」という疑問を解消してあげるとか、「この商品がおうちにあったらこんなことができますよ」と夢が語れるかといったことが大事。それって商品知識ではなく、対人スキルですよね。そういうことがすごく大事になってくると思います。

 GMSの売り場スタッフって、同じ食品でも加工食品担当の人もいれば、鮮魚担当の人もいる。加工食品の人がなすべきことと、鮮魚の人がなすべきことは同じ食品でも全然違うんですよね。さらにそれが家具になると、全く違う。でも実際にはストアのスタッフという感じで、十把ひとからげになってしまう。本当は個別具体的に、どの売り場ではどんなメンタルモデルが必要で、どういう行動が望まれるのかということがちゃんと議論されて、個別に指導されるべきだと思うんですけど、そうなっていない。

 GMSという業態を突き詰めるということは、良い商品を調達して安く売るみたいなことの他に、今言ったようなこともあると思うんですよね。そういうのを全部調和させる。「GMSは死んだ」とかいうようなことはまだ言わなくていいんじゃないかと思います。

ワンストップで買い物できる便利さは価値として変わらないですし。

 そのはずです。ただ、ワンストップだけだとGMSに来る理由にならないですよね。だから何かしらGMSのほうがいいということを言う必要があって、一見非常に厳しい競争環境に見える家具みたいなところも、例えば接客という勝機があるんじゃないかというのがさっきの話ですね。そんな感じで加工食品は加工食品なりの強み、鮮魚には鮮魚なりの強みを作っていくことによって、新たな強みの集合体としてのGMSが完成していって、それは結果的にワンストップ2.0みたいな話になるのかなと思うんですね。

接客で差異化することは顧客体験の向上にもつながるかと思いますが、Amazon GoのようなAIを使ったレジなし店舗も意識しているのでしょうか。

 デジタル化=顧客体験の進化ではないと思うんですよ。非常に重要なことだけれども、パーツだと思うんですね。一番大事なことは、直感的に気持ち良く買えること。これが大事だと思うんですね、業態を問わず。

 直感的というのは、どこで何が売っているかが即座に分かって、特にPOPとかガイダンスがなくてもサッとそこに行けて、棚の前に行くと直感的にどれが高くてどれが安いか、どこが違うのかなどが分かって、「じゃあ、これを選ぼう」というふうに、すべてが説明なく買える売り場だと思うんですよね。ストレスフリーなんです。

 そういう売り場を作る技術とかノウハウってあると思うんですね。一例を挙げると、何かのカテゴリーの中に4つの商品の選択肢があるとしてその4つが左から右に並んでいたら、お客さんは何となく左から順番に見るから、お客さんの心情的には左のほうがプライオリティーが高くなる、みたいなこととか。フェースを4つ取っている商品と2つ取っている商品だったら、4つのほうがお薦め度が強くなるとか、そういったお客さんとリテーラーの間にある暗黙の作法みたいなことを駆使していって、もっと直感的に買える売り場を作ることはできると思います。

 よくできる店舗マネジャーは、誰から説明されるでもなくそれをやっているんですね。それを全体としてやっていけるように方法論化していくと、売り場全体の直感性が大幅に上がる。それをベースに、次はどんな商品をお薦めしたいかをちゃんと決める。そのうえでデジタル技術を使って、実際にお客さんがどのように買うかをセンサーでチェックして、間違いがあったら正し、販売のペースがもし当初の想定と違っていたらそれに従って補充のぺースを変え、隠れた売れ筋があったらそれを前に出すなど、みたいなことができていけると思うんですよ。

 そんなことを全体的にダイナミックにやっていくと、ストレスフリーに買える買い物環境というのがまだまだ追求できると思います。そういうことをやって、接客サービスレベルの適正化を図っていくと、いい買い物経験というのが達成されると思うんですね。

 さらにそこに各リテーラーらしさ、ヨーカ堂ならヨーカ堂らしさをどう乗せていくかを考えて実践すれば、それぞれのリテーラーなりの顧客経験が完成する。そのらしさというのは、例えばハイアットとリッツは両方一流ホテルですけど、全然サービスが違いますよね。ハイアットはすごく都会的でわりと突き放すサービスだけど、リッツは逆。でも、どちらも一流のサービスに変わりはない。どういった方向を追求していくかが、ヨーカ堂らしさとか、それぞれのリテーラーらしさの核になると思うんですね。

今、ヨーカ堂の強みをどう見ていますか。

 2つあると思っていて、1つは商品の目利き力。生鮮食品を中心にして、良いものが並んでいるんじゃないかという感じがします。今、ヨーカ堂に入ってずっと店舗研修に行っているんですが、良いものを良い状態で売っていくという原則が貫かれている感じが1つですね。商品の良さ。もう1つは、お店を良い状態にしようとしている販売本部のカルチャー。それによってお店が高いレベルで維持されているという、この2点かなと思います。

 5~6年前、「リアルスコープ」というテレビ番組があって、いろいろな業界の競合他社がそれぞれの会社の自慢をプレゼンしたのですが、そのときにヨーカ堂は非常に商品に寄ったプレゼンをしていて、ヨーカ堂で売っているサンマがいかにおいしくて良いサンマかを理詰めで説明したり、とある店舗の総菜売り場のかき揚げを作るパートの方がいかにかき揚げ名人かみたいな話をしたりしていたんですね。そういう商品的な優位性の事実とかエピソードとかバックグラウンドストーリーがすごくたくさんある気がするんです。そういうことを掘り起こしていくことが本当に楽しみですね。

あとはセブン&アイグループのPB「セブンプレミアム」もあります。これをヨーカ堂としてどう売っていくかというのは、マーケティングのしがいがある気がするのですが。

 大きく2つの方法があって、1つはセブンプレミアムをセブンプレミアムとして前面に出して売るやり方。もう1つは、ヨーカ堂なりの商品選択とか、お薦めの基準があって、その中にセブンプレミアムがうまくハマるからそこに入れていますよというやり方。どっちもあると思うんですね。どっちがワークするかということはちょっとまだ分からないです。

やりたいことがたくさんあるという感じですね。

 ヨーカ堂の中でいろいろなところに行く機会があるから、できるだけその中でたくさんのことをマーケターとしてやっていきたい。歴史的に外部からほとんど人を採っていない会社に呼ばれたということは、そういうことを期待されているんだと思います。

(写真/中村 宏)

イトーヨーカ堂・富永氏、エステー・鹿毛氏が登壇
「マーケティングの鉄人」を今年も開催!
(左)イトーヨーカ堂・富永朋信氏、(右)エステー・鹿毛康司氏
(左)イトーヨーカ堂・富永朋信氏、(右)エステー・鹿毛康司氏
昨年開催した「マーケティングの鉄人」の様子
昨年開催した「マーケティングの鉄人」の様子
「TREND EXPO TOKYO 2017」で前代未聞の試みとして反響を呼んだ「マーケティングの鉄人」を今年も開催! 「天才マーケターが実在する商品の課題を目の前で解決する」というコンセプトそのままに、イトーヨーカ堂・富永朋信氏、エステー・鹿毛康司氏が鉄人として登壇する。

日時 11月28日(水) 16:10~17:30
会場 東京国際フォーラム(東京・有楽町)
<申し込みはこちら
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