クックパッドの生鮮食品EC「クックパッドマート」が2018年9月20日から東京都目黒区の一部エリアでスタート。特徴的なのは自宅に届くのではなく、指定の場所に注文者自ら受け取りに行くという点だ。その狙いとは?

 料理レシピ投稿・検索サービス事業を展開するクックパッドが生鮮食品のEC事業に乗り出した。2018年9月20日から目黒区の一部エリアでスタートした新サービス「クックパッドマート」がそれだ。

 専用アプリで前日18時までに食材を注文すると、契約した精肉店や鮮魚店などが食材を準備し、翌日夕方に配送される(当面は受け取りが火・木曜のみの予定)。注文した翌日に商品が届くのは他の生鮮ECとあまり変わらないが、特徴的なのは自宅に届くのではなく、指定の場所に注文者自ら受け取りに行くという点だ。

「クックパッドマート」はiPhoneの専用アプリからのみ注文可能。決済時にクレジットカードの情報が必要
「クックパッドマート」はiPhoneの専用アプリからのみ注文可能。決済時にクレジットカードの情報が必要

 販売者として想定しているのは精肉店や鮮魚店、ベーカリー、さらに農業や畜産業などで直販に対応できる生産者など。サービス開始当初は世田谷の精肉店「精肉柳屋」、品川・五反田の鶏肉専門店「信濃屋」、西東京市で露地栽培を行う「やすだ農園」、千葉・松戸で無農薬野菜を栽培する「綾善」などが参加する予定。参加店は公式サイトから募集している。「生鮮ECの大半は商品が画一化している。クックパッドマートでは個性のある生産者や販売者をそろえる予定。ユーザーにはスーパーや商店街で自由に買い物する感覚で使ってもらいたい」と意気込む。

 商品の受け取り場所は実施エリアによって異なるが、「なんでも酒やカクヤス」「ドラッグストア スマイル」「ツルハドラッグ」などのチェーンストアやカラオケ店、イタリアンバルなどと提携済み。これらの一部店舗が受け取り場所として利用可能になるという。

 なぜこのようなサービスを立ち上げたのか。同社新規サービス開発部の福崎康平氏は「生鮮ECは玄関横に食材の入ったコンテナを置いて配送を完了する『置き配』が多い。だが、オートロック付きのマンションで不在時に受け取れなかったり、マンションの規約で廊下にコンテナを置けなかったりする場合がある」と指摘する。また、気温が高い日などに食品が傷む心配もある。そんなとき、家の近くに置き場所があれば、仕事帰りなど好きなタイミングで取りに行くことができると考えたという。

クックパッド 新規サービス開発部 福崎康平氏
クックパッド 新規サービス開発部 福崎康平氏

 だが、自分で取りに行くくらいなら店で買ったほうが早いと考える人もいるのではないだろうか。それに対して福崎氏は、「配達時間に家にいなければならないことをストレスに感じる人は少なくない」という。仕事が忙しくてスーパーが開いている時間に帰れない人や、レジに並ぶのが面倒で生鮮ECを利用する人は多いだろう。

 忙しいからECを利用しているのにもかかわらず、指定時間に家にいないといけない不便さに矛盾を感じている人もいるはず。また、家にいるとしても、子供が小さい家庭だとむやみにインターホンを鳴らされたくないという人もいるだろう。そういった理由で生鮮ECに手を出せなかった人にとって、帰宅時や散歩時などの好きなタイミングで取りに行けるのは魅力的に映るのかもしれない。

 「食材を買わない人はいないのでターゲットは特に定めていない」と福崎氏は言うが、受け取りの面倒を省いたという点を見る限り、単身者や共働き、子育て世帯など比較的若い世代をターゲットにしたサービスといえるだろう。

 1品から送料無料で買えることもポイントだ。従来の生鮮ECは送料を価格に転嫁したり、「5000円以上は送料無料」などとまとめ買いを促したりするケースが少なくない。世帯人数が少ない場合、大量に購入しても使い切れず、食材を無駄にしてしまうことも起こり得る。そこでクックパッドマートでは1品から送料無料で購入できる仕組みを採用。1世帯のために配送するのではなく、複数世帯分をまとめて一つの受け取り場所に配送することで、受け取り場所ごとに1~2万円の注文が入れば配送コストがカバーできるという考えだ。

利用者が3000~5000万人を超えるサービスを目指したい

 生鮮ECは女性の社会進出による共働き家庭の増加とともに成長し、新規参入する業者も増えている。米アマゾン・ドット・コムは17年4月に同社の有料会員を対象にした生鮮EC「Amazonフレッシュ」を日本の一部エリアでスタートした。また、17年10月にはセブン&アイ・ホールディングスがアスクルと提携して「IYフレッシュ」を、18年3月にはローソンが「ローソン フレッシュ ピック」を始めている。特にローソンはコンビニの店頭で受け取れるなど、クックパッドマートに近いサービスを提供している。

 上記3社に共通するのはいずれも物流サービスのノウハウを持っていること。また、セブン&アイ・ホールディングスもローソンも、生鮮食品の取り扱い経験がある。それに比べて、食の情報には精通しているが物流や調達のインフラを持たないクックパッドが生鮮ECに進出したのは無謀とも思える。なぜ新たなサービスを始めたのか。

 「クックパッドを超える新しい事業を作っていきたい。10~20万人ではなく、3000~5000万人を超えるサービスを目指したい」と福崎氏は話す。クックパッドのレシピ検索サービスは今年で20年を迎える。月間ユーザーは5500万人。ブラウザもしくは端末ベースで計算しているので利用者が重複している可能性はあるが、単純計算すれば日本人の2人に1人が利用している計算だ。「ここ数年で動画を使ったレシピサイトも増えているが、クックパッドの認知度は圧倒的に高い」(福崎氏)。有料会員数は月間約200万人(18年3月末時点)だ。だが、レシピサイトで獲得したユーザーだけでなく、新規ユーザーも狙った新しいサービスをどんどん出していくというのが同社の考え。そこで目をつけたのが、生鮮ECだった。

クックパッドのレシピと連動。調理に必要な食材とそれぞれの量や個数が提案されるので、それぞれをカートに入れると「ミールキット」感覚で手軽に買い物ができる
クックパッドのレシピと連動。調理に必要な食材とそれぞれの量や個数が提案されるので、それぞれをカートに入れると「ミールキット」感覚で手軽に買い物ができる

 さらに、レシピサイトのノウハウを生かした商品提供も行う予定。例えば、東京から近いエリアで取れる魚のなかには、その土地では有名でも一般的に知られておらず、どう調理していいか分からないものもある。そこで生きてくるのが同社のレシピだ。「ユーザーは品種を限定するのではなく、単に『魚が食べたい』と思う人が多いのではないか」(福崎氏)。煮付けに向いている魚が入荷すれば、それを「煮付けセット」としてレシピと一緒に提案する考えだ。

 クックパッドの収入は販売者が売り上げに応じて支払う手数料のみ。商品の値段は販売者が決めることができ、初期費用や固定費はかからない。売れた分だけ手数料を支払うというのは委託販売に近いといえるだろう。販売店から受け取り場所への配送は、同社が契約した運送業者が担当。受け取り場所として協力した店舗には、クックパッドから場所の使用料が支払われる仕組みだ。

 サービス提供エリアを広げても、その近隣県から食材を調達するというスタンスは変えないという。輸送コストを抑えるだけでなく、鮮度が良いうちに配送するという目的もあるからだ。参加する店が増えていけば1カ所の受け取り場所に対して数店の精肉店や鮮魚店が競合することも考えられるが、「それによってサービス内で価格競争が起こるのも面白い」と福崎氏は前向きだ。他店との差異化を図るためにブランド肉や希少部位だけを売る店も出てくるかもしれない。

 実は、クックパッドが生鮮ECを手がけるのは今回が初めてではない。12年にユーザーがクックパッド上で直接食材を購入できる宅配・まとめ買い形の生鮮EC「やさい便」をスタート。14年には「産地直送便」としてリニューアルしたものの、業績が思うように伸びなかったこともあり、16年8月に事業を撤退している。今回はライバルの多い従来形ではなく“地産地消”生鮮ECとして再出発するが、どこまでサービス対象エリアを拡大できるのだろうか。

■変更履歴
初出では産地直送便のサービス終了を16年7月としておりましたが、正しくは16年8月でした。該当箇所は修正済みです。 [2018/10/04 13:12]
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