米アドビシステムズは米国時間の2018年9月20日、マーケティングの自動化サービスなどを手掛ける米マルケトの買収を発表した。買収価格は47億5000万ドル(約5340億円)で、アドビにとって過去最大の買収となる。ただ、マルケトの顧客やパートナーからは期待と不安の声が入り交じる。

 マルケトは見込み顧客を特定したうえで、ソーシャルメディアやメールなどで訴求する活動を自動化するマーケティングオートメーション分野の大手であり、米ハブスポット、米セールスフォース・ドットコムなどが競合である。マルケトの17年の売上高は約3億2000万ドルで、18年は2割の増収を見込んでいた。16年に投資会社ビスタ・エクイティ・パートナーズに買収されている。ビスタは当時約18億ドルを投じており、2年間で約2.5倍の価値になったと見ることができる。

 アドビはコンテンツ制作関連のデジタルメディア部門に加えて、マーケティング支援のデジタル・エクスペリエンス部門に注力することで成長している。直近の18年6~8月期は売上高が前年同期比24%増の約22億9000万ドルと、過去最高を記録している。

日本のデジタルマーケティングの裾野拡大に期待

 アドビはマルケトの買収を、デジタル・エクスペリエンス部門の「Experience Cloud」を補完するものと位置付ける。「マルケトのマーケティング自動化とリード管理のためのソリューションと、Experience Cloudのパーソナライゼーションや測定などの機能を統合し、BtoB企業のニーズによりよく応えることができるソリューションを提供していく」(アドビ日本法人広報)と説明する。

米アドビの米カリフォルニア州サンノゼにある本社
米アドビの米カリフォルニア州サンノゼにある本社

 アドビとマルケトの商材を扱うあるコンサルタントは「アドビはグローバルな大企業向けで、マルケトはスタートアップやBtoB企業の利用も多い。いい方向に向かえば、日本のデジタルマーケティングの裾野が広がるのでは」と期待する。

 今回の買収について噂は飛び交っていたものの、マルケトのユーザーは驚きを隠さない。特に買収後の方針についての要望が多い。

「サイトカタリストのように料金を変えないで」

 マルケトのサービスを利用している米メーカーの日本法人の担当者は「現在のサービスレベルが低下しないことにコミットしてほしい。また、カスタマーサクセスを提供しているのであれば我々顧客を安心させるコミュニケーションが必要ではないか。すぐに説明してほしい」と不安を隠さない。

 日本でマルケトを利用しているIT系企業の顧客は「旧サイトカタリストのように、利用料金を引き上げる価格戦略は避けてほしい」と要望する。

 アドビは09年に米オムニチュアを買収し、Webのアクセス解析ツールで競争力のあるサイトカタリストを入手。現在は「Adobe Analytics」として提供している。ただ、およそ1年前に最低課金の条件を引き上げたため、アクセス数によっては実質的な料金が上がる場合があった。この顧客は約3倍となる新たな料金体系の提案を受け入れることができず、米グーグルのアクセス解析サービスに乗り換えたという。

マルケトは「FEARLESS」をテーマに2018年4月末から5月頭にかけて米サンフランシスコでイベントを開催した。FEARLESSは恐れを抱かない、大胆なという意味である
マルケトは「FEARLESS」をテーマに2018年4月末から5月頭にかけて米サンフランシスコでイベントを開催した。FEARLESSは恐れを抱かない、大胆なという意味である

 グローバルや日本のマルケトの優秀なメンバーを、アドビにとどまらせることができるかどうか。この点も買収の成否を左右しそうだ。

 前出の米メーカーの日本法人担当者は「マルケトのサービスを選んだのは、メンバーが優秀でいい人だったのも大きい。そうした方々に引き続き支援してほしい」、前出のコンサルタントも「顧客の課題を解決するパートナーとして、提案から実行まで真に連携していいビジネスができていた」とそれぞれ評価する。

 マルケトのサービスはCRM(顧客関係管理)でセールスフォースのサービスと連携させる案件が少なくないという。マルケトを統合したアドビがCRMでどのような戦略を打ち出してくるのかが注目される。

 こうした中、米国時間の9月24日、アドビ、米マイクロソフト(MS)、独SAPの3社が、顧客や業務のデータ連携で提携すると発表した。アドビとしてはSAPのCRMと連携することなどで、マーケティング分野でセールスフォースに対抗していく狙いがある。SAPとしてもERP(統合基幹業務システム)に続く成長分野への布石となる。MSにとってはクラウドサービスのAzureに顧客を取り込むことができる。

マイクロソフト、アドビ、SAP、3社のCEOがサービス・データ連係の取り組みを発表した(米オーランド)
マイクロソフト、アドビ、SAP、3社のCEOがサービス・データ連係の取り組みを発表した(米オーランド)

 ただ「3社とも巨大な企業だけに、どこがイニシアティブをとるのか、難しい面もありそうだ」(マーケティングサービスに詳しいグロービス経営大学院の武井涼子准教授)との指摘もあり、マルケトの統合も含めて、アドビにとって難しい舵取りが求められる。

 アドビによるマルケトの買収手続きの完了は規制当局の承認などが必要で、18年9~11月期となる見通し。マルケトが18年4月のイベントで掲げたように、恐れを抱かず大胆に統合するのも大事だが、顧客やパートナーに対する説明や今後のロードマップの提示が求められる。

 マルケトのスティーブ・ルーカスCEOは、アドビのデジタル・エクスペリエンス事業部門を担当するブラッド・レンチャー エグゼクティブバイスプレジデントの下でマルケトのチームを率いていく。

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