様変わりする市場に合わせ、変革を迫られる大企業は、どこもかしこも「オープンイノベーション」に躍起だ。しかし、明らかな成果を得られているところは少ないのではないか。その点、森永製菓は4000人以上の登録デザイナーを擁するTRINUS(トリナス)と協力し、斬新な2つの製品を開発。クラウドファンディングを使ったテスト販売に踏み切った。どのような開発過程で、どんな製品が生まれたのか。
食べると40分も清涼感が長持ちするミントチップに、外はカリッ、中はとろっとした二重食感のチーズ風味菓子――。ありそうでなかった新機軸の製品を今、森永製菓が世に問うている。
舞台は、ものづくりプラットフォームを運営するスタートアップ、TRINUS(トリナス)のクラウドファンディングだ。TRINUSには、フリーやインハウスのデザイナーなどが4000人以上も参加しており、今回、森永製菓は2つの特許技術をTRINUSのウェブ上で2018年1月に公開。商品コンセプトやデザインを公募し、集まった約150~200に上るプロダクトアイデアから2案を厳選、将来の市販化をにらんでクラウドファンディングを活用したテスト販売に踏み切った。プロジェクトを統括する森永製菓の新領域創造事業部の渡辺啓太マネジャーは、「菓子メーカーとして新領域を生み出していかないと、すぐに市場の変化に取り残されてしまう。既存のものづくりの枠組みを“壊す”試みとして、外部デザイナーの知見を得たかった」と危機感をあらわにする。

まず7月末から実施しているプロジェクトが、「1粒40分! 超持続性ミントチップ『TiMES(タイムス)』」。シート状のミントチップに9つの切れ目が入っており、1つ1つ折って食べる清涼菓子だ。支援者は1本350円(税・送料別)、10本3000円(同)の2コースを選ぶ形で、製品は12月に発送予定。プロジェクト開始から1週間ほどたった8月9日時点で、目標金額40万円に対して179人から47万円を超える支援が集まっている。
この製品は、森永製菓が有する特許技術「難溶解性非晶質素材(Low Solubility Amorphous material)、通称LSA(エルサ)」を使ったもの。デンプン質原料と高甘味度甘味料を独自配合し、特殊な熱工程を経ることで、「長時間なめ続けても溶けにくい」物性を担保した食品素材だ。通常のキャンディーの場合、口に入れてから溶けるまでの時間は約5分程度、タブレットなら1〜2分程度しか持たない。それに対してLSAは、同社のテストによると平均66分もかかるという。また、LSAはミントなどの含有成分をゆっくり放出する性質「徐放性」も高いため、口内で成分を一定濃度に保てる。下図のように、既存のタブレットや粒ガムと比べて、ミントの強さを維持する力は段違いだ。
同社は3年以上かけてLSAを開発し、17年10月に特許を取得。しかし、「研究過程では『長持ちする喉あめ』など、いろいろな商品企画が持ち上がったが、新規投資で製造ラインを整えるほどリターンに確信が持てるプランは出ず、製品化できていなかった」(森永製菓マーケティング本部新カテゴリー担当の平野智也氏)。そこで浮上したのが、TRINUS登録デザイナーとのオープンイノベーションによる商品開発企画だ。
“門外漢”のデザイナーによる斬新なアイデアに期待すると共に、クラウドファンディングでは実際にお金を出して支援する“ファン”の意見が集まり、一般販売の前に製品をブラッシュアップして完成度を高められるのが利点。また、4000個の限定募集にしたため、研究所レベルの試験生産で対応でき、挑戦のハードルがぐっと下がった。
LSAを使った製品のアイデア募集には、TRINUSを通じて196件の応募が集まった。徐放性の高さに着目した口臭予防などのエチケット系や、なかにはエナジードリンクの成分を入れたキャンディーのようなエッジの立った案もあったという。「集まったアイデアは社内で評価を集め、研究所で試作を重ねながら実現性や売り出した際の販路などを検討し、スクリーニングした」(平野氏)という。
その中で採用されたTiMESは、共に武蔵野美術大学を卒業し、製紙会社のデザインセクションで働く松井健朗氏と、デザイナーの小池峻氏によるもの。「折って喫食するバータイプの菓子」という新しいスタイルを提案しており、菓子に直接触れずに分割できるなど、所作のスマートさを大切にした設計という。「社内でLSAの活用を検討していた際は、キャンディーの文脈で『長持ち』することばかりに着目していて、タブレット菓子のように喫食タイミングを選ばず、気持ちを切り替えるシーンで食べてもらうという発想はなかった」と平野氏は話す。

一方で、森永製菓の知見を生かして原案に多少修正を加えた部分もある。例えば、当初のアイデアではパキッと折れる部分が粒状の想定だったが、これを厚さ2.7㎜のシート状にした。薄くすることで、口中に長くとどまっていても邪魔にならず、「リフレッシュしたい会議中や、口臭が気になるデート中にも気兼ねなく食べられるようになった」(平野氏)。また、原案では眠気覚ましのためのハードタイプミントも想定されていたが、これをより食べやすいペパーミントに変更したという。
TiMESに続く第2弾プロジェクトとして、8月8日には「外はカリッ、中はなめらか。二重食感チーズおつまみ『Cheezest(チーゼスト)』」が始まった。こちらは、森永製菓のチョコレート菓子「BAKE(ベイク)」に採用されている特許技術の横展開を目指したアイデア募集で、TRINUSで集まった150件の応募の中から選ばれたプランだ。

森永のベイクド技術は、独自の素材配合と焼成方法によって表面を効率よく加熱し、内側の軟らかさを保つもの。表面の耐熱性が高く、溶けにくい特性も持つ。市場性さえあれば、コーンスープやカレールウといった液状のものを固形にすることも可能だ。
この技術に対して、チーズを使ってアルコールのつまみにもなる“大人の柿の種”を提案したのは、デザイナーの菅井麻絢氏。「BAKEとは異なるおつまみ市場を開拓できるのが魅力。常温保存できるCheezestは一般のチーズよりも利便性が高く、可能性があると感じた」(森永製菓の渡辺啓太氏)という。外側にチェダー、内側にカマンベール、隠し味にマスカルポーネのパウダーをぜいたくに配合してチーズ感を強めているため、クラウドファンディングの支援コースは1個420円(税・送料別)、5個セット2000円(同)など、少々強気の設定。これは贈答用ニーズもにらんだ“チャレンジ価格”で、「クラウドファンディングの動きを見て、一般販売する際の価格は検討していく」と渡辺氏は話す。
森永製菓以外でも、ここ数年は大企業によるオープンイノベーション・プロジェクトが大はやりだ。しかし、スタートアップと提携はしたものの、具体的な製品・サービス化にまでは至っていない取り組みが目に付くのも現実だろう。その点、森永製菓はTRINUSとの連携によって斬新な製品アイデアを異例の速さで形にし、テスト販売にまで至った。“虎の子”の特許技術を外部デザイナーに開放し、従来のメーカー発想で「作ったものを売る」ことから「売れるものを作る」スタイルへの脱皮――。まだ全国発売への道のりは長いが、森永製菓のオープンイノベーションの手法は多くの企業の参考になるだろう。