業績不振のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を劇的なV字回復に導いた、戦略家・マーケターの森岡毅氏が、新たに挑戦する沖縄本島北部の新テーマパーク計画。同氏が率いるマーケティング精鋭集団「刀」は、沖縄県内の有力企業3社(オリオンビール、ゆがふホールディングス、リウボウ)と協力し、準備会社の設立へ向け動き出している。日経クロストレンドの単独インタビューに答えた前編(元USJ森岡氏の新挑戦 「沖縄北部テーマパーク構想」を語る)に続き、今回は新たに開発するテーマパークの内容にまで話が及んだ。

──前回は、「沖縄北部テーマパーク構想が実現すれば、観光客の滞在日数を延ばし、消費額も増やせる」ということまでお話しいただきました。
森岡毅氏(以下、森岡) 効用はそれだけではありません。かつて大阪にUSJが開業し、その後落ち込んでいた集客をV字回復させた過程で、関西圏やパーク周辺に多くのホテルやショッピングモールなどが建設されました。1つのテーマパークが建設されて経済が回り始めると、観光資源への投資が劇的に増えるのです。
つまり、最初の投資がすべてを変えるわけではありませんが、たった一つの成功が多くの投資の呼び水になり、「変化の起点」となる。沖縄でも、北部テーマパーク構想を実現することで、より多くの投資を呼び込む変化の起点をつくりたいのです。今回の大いなるプロジェクトの目的は、ここにあります。現在、沖縄の有力企業であるオリオンビール、ゆがふホールディングス、リウボウの3社と準備会社の設立に向けて奔走していますが、今後は想いを一つにする県外からの投資も呼び込んでいきます。
こうして我々が計画する沖縄北部テーマパークが成功すれば、同じエリアにある沖縄美ら海水族館にも相乗効果が出ますし、その結果、本島北部が潤い、沖縄の観光産業も成長する。すると、日本全体の観光にも絶大なインパクトをもたらします。日本の観光資源に対して世界中から資金が集まるという好循環ができれば、その先駆者である沖縄は日本にとって「宝石」のような場所になるでしょう。
50年後、100年後、沖縄エリアが観光によって、日本の税金収入をけん引している時代を作ることができるのではないかと、私は考えているのです。
──沖縄北部テーマパークの開業時期はいつ頃を予定していますか。
森岡 今後、開発地やコンセプトが固まった時点で、開業時期のターゲットが明確になるはずですが、正直なところ、今はまだ乗り越えなければならない課題がたくさんある状況です。現時点では、2020年代前半までに開業したいと考えています。
このプロジェクトの中で弊社「刀」の役割は、最も勝率の高い計画を提案し、賛同する仲間を巻き込みながら、それを実現していくことです。沖縄をどのように世界有数の観光地とするか、そのためのコンテンツをどう創り上げるか――。我々には、USJを世界一EBITDAマージン(利払い、税金、償却前利益)の高いテーマパークに引き上げた実績とノウハウがあります。マーケティングの観点から、市場分析、コンセプト開発、アトラクションの開発、そして設計・建設、運営・安全管理、集客まで、一気通貫でマネジメントできるのは刀だけだと自負しています。
──沖縄に人を呼ぶために、どのようなテーマパークが必要でしょうか。
森岡 現状、テーマパークの切り口はいくつもあります。ただ、一つ確実なのは、USJやディズニーランドのようなテーマパークだったら、わざわざ東京や大阪から沖縄に来る理由はつくれないということ。つまり、沖縄に来るための「必然」をつくらなければならないということです。
では、人は沖縄に何を求めてやって来るのか。やはり、都会の喧噪や、鉄骨のビルに囲まれた人工的な環境から逃避できる、圧倒的な開放感を求めているはずです。要素としては美しい海や空、風、森など複数ありますが、いずれにしても大自然の中の没入感を求めて沖縄に来るわけです。
そうした観光客を一人でも増やすためのテーマパークとは、沖縄の観光要素をさらに強く、濃く体感できる沖縄のブランド・エクイティを最大限生かすべき。もちろん、日本人のみならず、アジア全体の富裕層が行ってみたいと思える、万国共通の“大自然体験”を表現していきたい。
ただ、大自然体験とはいっても、例えば「虫がたくさんいるエリアを散策する」など、リアルすぎる自然体験は求められていないわけです。そこで私は、「Wild Excitement without Mess」という言葉をよく使っています。例えば、都会に住む人たちにとって、癒やし溢れる大自然の中での体験というのは、それだけで非日常的であり、興奮するものです。しかし、大切なのは「without Mess」。「Mess」とは、厄介なこと、邪魔くさいことを意味します。「快適で、面倒なことがなく、便利でクリーン。安全な環境の中で過ごす興奮の体験」を目指さなければならないのです。
沖縄北部テーマパークでは、そういうMessの部分だけを取り払い、大自然の面白いところだけを凝縮し、なおかつ、人工的に整えた雰囲気をできるだけ感じさせないものを造りたいと考えています。
──「癒やし」と「興奮」は対極にあるように感じますが、どちらも表現することはできるのでしょうか。
森岡 基本的に人は、程よい興奮がある方が癒やされた感覚が増します。スイカに塩を振ると甘く感じるように、少し感情の起伏をつくった方が癒やしを得やすいのです。もちろん、極上の癒やしを提供できるようなコンテンツも盛り込もうと思っていますし、同時に沖縄の大自然の中で適度な興奮を得られる仕掛けもつくりたいと考えています。
また、沖縄北部には、癒やしの“代表格”である沖縄美ら海水族館がすでにあります。北部エリアの感情的ベネフィットのバランスを考えると、新パークは興奮の要素をしっかり兼ね備えていた方が、相乗効果を生むという点でも有効です。

──今回の構想は、USJ時代の計画から変更点はあるのでしょうか。
森岡 完全に仕切り直していますので、新しいプロジェクトです。USJのときとは、2つほど大きな違いがあります。1つは、以前はUSJの「第2のパーク」を造るということだったので、大株主である外資系企業のアジェンダを素通りすることができませんでした。しかし、今回は沖縄県を代表する有力企業の皆様と、力を合わせながらやっていきます。アプローチの起点が全く違うわけです。
今回のもう1つの相違点は、できるだけ民間の土地、民間の資本を活用して進めたいと思っていることです。どうしても民間で資金調達ができなかったならば、さまざまなオプションはあり得るかもしれませんが、できる限り民間の力を中心にして進めていきます。
しかし、繰り返しますが、まだまだ問題は山積みです。1つのテーマパークを完成させるということは、ある意味、奇跡と言えるほど困難で道のりは長いのです。土地、資金、人材、物資の調達網……、すべてがチャレンジです。現段階では、土地も確定していません。
──那覇空港では2020年3月末の供用開始を目指して、第2滑走路の建設が進められています。これは一つ、プロジェクトの大きな追い風になりますか。
森岡 この英断は、沖縄はもちろん、日本の観光業にとっても「鬼の一手」だったと私は思います。
もちろん、第2滑走路が新設されてキャパシティーが増えたとしても、沖縄の観光客数がすぐさま2倍になるわけではありません。現状のままでは、飛行機の発着増に対応する旅客ターミナルの能力に限界があるからです。ただ、徐々にターミナルの効率を上げていくことは可能なので、やはり新滑走路の観光に対するインパクトは大きい。
同じように沖縄の観光を盛り上げるためにはインフラの整備が今後も必要です。本島の南北を結ぶ沖縄自動車道を名護市内や、沖縄美ら海水族館もある本部町まで延伸したり、鉄軌道の整備をしたり、こうした交通網の充実については国や県に働きかけています。
──最後に、改めて沖縄北部テーマパーク構想に懸ける意気込みを。
森岡 やはり私は、今後50年後、100年後の日本のために、沖縄を日本の観光産業の起点とし、アジアの中で最もブランド力のあるプレミアム観光地、「アジアのハワイ」にしていくべきだと考えています。そうすることが、沖縄の地元経済にとってもすごく重要ですし、その可能性を生かすために日本人すべてが総力を挙げて応援すべきだと思っています。
ハワイにはテーマパークはありませんが、かつて何もないジャングルのような土地だった米国のフロリダも、ディズニーランドが建設され、そこからさまざまな商業施設、ホテルが集まり、一大リゾートに発展しました。海岸線をきれいに保ち、交通インフラを整え、雇用も創出しながら他の産業も伸ばし、経済を回しました。
このように、もともとは何もなかったフロリダやハワイと比較すると、すでに沖縄は輪郭が見えつつある状態です。今後は、インフラとコンテンツを整えながら、沖縄をいかに質的に強いブランドに引き上げるかという勝負。チャレンジは明確ですので、はっきり言えば必要なのは「投資」です。
いずれにしても、日本のためにやるべきことがあるのに、そして我々にそのノウハウがあるのに、挑戦しないわけにはいきません。1960年代、ハワイには我々と同じように腹をくくった人たちがいたわけです。沖縄プロジェクトは刀の最重要のプロジェクトの1つとして、50年後、100年後の日本のために、志のある人たちの力を合わせて必ずタッチダウンするという信念で取り組んでいきます。
(写真/大髙 和康)