「消臭力」や「ムシューダ」、「米唐番」などのユニークなCMシリーズを手掛けてきたエステーの鹿毛康司氏と、視聴者が実際にテレビ画面を見ているかどうか、独自のアルゴリズムで「注視度:AI(アテンション・インデックス)値」を分析しているTVISION INSIGHTSの郡谷康士社長との対談企画の後編。果たして、データ分析で「人の心は読めるのか」。話題は鹿毛流クリエイティブの神髄に近づいていった。

TVISION INSIGHTS 郡谷康士氏(以下、郡谷) 前回の記事(「「視聴質」データで分析 エステーのCMはなぜ心に残るのか」)の最後では、CMが視聴者の心に残るかどうかと、目線の振れ幅の大きさとの相関関係を発見したというお話を披露していただきました。
エステー 鹿毛康司氏(以下、鹿毛) TVISIONのシステムが進化して、視聴者の目が動いたところに本当に伝えたい商品があるのかまで分かるようになればいいですよね。でも、さらにここで重要なのは、「視聴者にラブレターが届くかどうか」という問題なんです。郡谷さんは、女性からラブレターを渡されたら、絶対ほれますか?
郡谷 それは難しいですね。
鹿毛 気持ち次第でしょう。そのラブレターの文面次第というか。CMでも単に商品を見てもらえたからといって好きになるはずもなく、結局、心が揺れるかどうかなんですよね。例えば、「300万円で空飛ぶクルマが買えます」というCMだったら、「えっ、どうやって飛ぶの?」と、誰でも引き付けられます。でも、そんな画期的な商品はそうそうないわけです。だから、画面や商品を見てもらうだけではなくて、「人はなぜそれを買うのか」という心の奥底のインサイトを理解してクリエイティブを出さないといけない。
郡谷 人の心を理解する必要があるということですね。実は我々は最初、笑った顔や泣き顔など、表情を計測するのが分析結果としてもキャッチーだと思っていたのですが、難しかった。というのも、テレビを見ている時は意外とみんな無表情なんです。自分自身を考えても、テレビを見てそんなに大笑いすることはありませんから。だから今はその手前で、「本当に見ているかどうか」というAI値(注視度)を計測しているのが現状です。
鹿毛 この技術の先には何がありますか?
郡谷 例えば赤外線センサーを使うと、視聴者の血流が取れるんです。すると、そこから心拍数を測れます。当社に米国の3大ネットワークの1つであるNBCさんが問い合わせをしてこられて、彼らはオリンピックを長期契約していてスポーツのライブ番組の価値の高め方を検討しています。そこで、心拍数を計測して番組作りに生かせないかと。
鹿毛 やはり、人の心を知りたいということですよね。もっとそっち側に寄っていきたいと。でも、心拍数で分かることの先には「感情」もあります。例えば、こうやっていきなり顔面に拳を突き出されると、驚いて心拍数が上がると同時に「ムカッ」とした感情があるじゃないですか。その深層心理は、別の仕組みで取らなければいけない。目の動きと、心臓のドキドキ、そして心理の3つが計測できるようになれば、もう完璧ですよ。
郡谷 確かにそうですね。
鹿毛 先ほどのラブレターの話に戻ると、実はアテンションを取った後に、「ポッ」と目がハートになるというのかな。たかが消臭剤でも、目がハートになる仕掛けが必要なんです。先日、日経クロストレンドで、ほぼ日の糸井重里さんと対談(「鹿毛康司 vs 糸井重里 ヒットを生む、心の中の「大衆」(前編)」)したときに、糸井さんもおっしゃっていたのが、「実は、飛鳥時代からずっと続く心の中に大衆がある」ということ。どんどんテクノロジーは進化しているけれど、例えばCMを見てビックリする仕方一つを取っても、たぶん現代の人と飛鳥時代の人は変わらないはずです。その飛鳥時代からずっと根付いている人間の意識の中に、消臭力を買ってしまうインサイトをつくる。
ここは感覚的なところなので表現しづらいのですが、このインサイトをつくることと、アテンションを取ること、この2つを併せ持ったものが本来のクリエイティブだと思っています。
郡谷 なるほど。
鹿毛 特に消臭力に関しては、2011年の東日本大震災の発生直後に日本で初めて商品CMを制作、放送しました。みんながテレビCMを自粛する中で、ポルトガルのリスボン、かつて震災で6万人が亡くなった街で撮影した消臭力のCMが、日本の人々にエステーの想像以上に共鳴されて、ポジティブな人の気持ちが沸き起こったんです。この経験を経て、商品の機能や価値ももちろん重要だけど、それを超えたところに購買は起きることを強く認識しました。
機能訴求の反対側にあるものを皆さんは「イメージ」という漠然とした言葉で解釈されますが、そうではないですね。インサイトが重要だと悟りました。そしてインサイトは商品の中にあるのでなく、人の心の中にある。だから特に消臭力は、その広告戦略をやっています。最新CMのテーマは「働き方改革」にしました。そのインサイトって何ですかとよく質問されますが、これは秘伝のたれなのでお答えできないですが(笑)。
郡谷 優れた映画監督は、1人に届けるために作品をつくるといいますね。
鹿毛 そうかもしれません。先ほどの対談企画で、糸井さんも「N=1」で全然OKとおっしゃっていました。その1人に届けることを突き詰めると、絶対に大衆に届くのであって。N=1を深掘りして何かを見つけて届ける。その人たちが世の中に何人いるかは既存のマーケティング手法で測定する必要がありますが。その何かを見つけたり、コミュニケーションしたりするときは、N=1を強く意識しないといけないんだろうと思います。
僕は「ターゲティング」という言葉を「喜んでもらうお客様」と言い換えています。ターゲティングという言葉で“正解率”を上げることに固執し過ぎたり、お客様を人と見ずに量という数字で発想したりすると、「コト」は起きないんじゃないかと思ってやっています。ターゲットという言葉を「お金を奪い取る標的」としてしまうと、コミュニケーションは成立しないはずです。
「KI(鹿毛インデックス)値」創設へ!?
郡谷 せっかくですから、当社の視聴質データで鹿毛さんのCMの分析をさせてください。例えば、今春放送されたムシューダの「そこにいる篇」を見てみましょう。
郡谷 F1やF2層で見ると、最初のAI値(注視度)の立ち上がりが抜群にいいですね。その後、特に白タイツの虫役が続いた後に泥棒役が出てくるところあたり(5~7秒)で、AI値が高い状態になっています。
鹿毛 CMでアテンションを取るには、どこまで「ギャップ」をつくるかなんです。短い時間の中でも次のシーンが普通だと面白くなくて、でもやり過ぎると「あざとい」ということになる。だから、いかにやり過ぎずにギャップをつくるか。例えば、最初に高橋愛ちゃんが特徴的な声で「出てきなさい!」と言ってアテンションを取る。ここから、白タイツの虫が1人、2人、3人と出てきて、「えっ」となるわけです。1人だったら普通ですが、まさか3人も出てくるとは思っていませんから。本当は虫の着ぐるみをかっちり作り込んでもいいけど、それをやめて制作側のあざとさ、たくらみを消しているんです。
郡谷 ちなみに、昔と比べて今のほうが、企業のたくらみが視聴者にばれやすくなっているんですか?
鹿毛 そうですね。今はYouTubeはじめ一般の人がみんな動画を作って、それに慣れている。「作る側」と「見る側」に分かれていたものが一緒の目線になってきました。だから、わざとベタでまねできる設定だけど、プロが作ったらこうなるというエンタメにしたんです。そうやって、あざとさを消しました。セットはタンスがメインで、着ぐるみもなくてタイツですし、音楽も「ムッシッシ、ムッシッシー」という3コード以外使っていません(笑)。
郡谷 なるほど。これを普通にユーチューバーがやったら、もっと激しくなってしまって、あざとさを見透かされてしまう。実は今、我々が考えている次の指標のキーワードも「ギャップ」です。というのは、今あるAI値(注視度)は15秒CMや30秒CMの平均値なんですね。それで、「15秒ずっと高い値を取りました」という結果は、本当に視聴者にとっていいCMなのかという議論があります。そこで、途中のAI値の上がり幅(ギャップ)が大きいCMはどうなのか調査していまして。しかし今のお話ですと、あざと過ぎるCMがランキングの上位に来てしまいそうです。
鹿毛 その可能性はありますね。本当にあざといCMと、あざとくないCMは、僕が見れば分かります。まずは、“鹿毛AI”で振り分けてお出ししますよ(笑)。
郡谷 ありがとうございます。その時はぜひお願いします。最後にもう一つ、17年秋にエステーが発売した新ブランド、洗浄力 モコ泡わトイレクリーナーの「地球を救う力篇」の分析結果も見てましょう。
郡谷 こちらも、冒頭の船員のセリフでいきなりアテンションが上がっていますね。
鹿毛 ジャーン、ジャジャジャジャンと音楽を入れながら、「艦長、このままでは地球が……」と続けています。これは、あえてなんです。冒頭から入ったら、視聴者は言葉が聞こえないし、入らない。そのタイミングをすごく計算しています。
郡谷 なるほど。
鹿毛 後半の「気持ちいい~」(10秒前後)でもっとAI値が上がってほしいけど……、そうか、F1、F2層で見るとそんなに上がっていないですね。この辺は僕の反省材料にしなきゃいけないかもしれないですね。この最後の落ちだけに、西川さんに出演してもらったんですが、世間からは「西川貴教のムダ遣い」って突っ込まれました(笑)。洗浄力ブランドは、これまで消臭力で築いてきたとてつもない財産に乗っかった商品なので、西川さんに出演してもらいました。
郡谷 でも、M2(男性35~49歳)のAI値データを見ますと、後半の「気持ちいい~」のところで、ものすごく数値が上がっています。
鹿毛 それはうれしい。この商品のターゲットに男性も含まれるんです。奥さんに「立っておしっこしないで」とか「トイレ掃除くらいやって」とか普段言われているけど、洗浄力をシューとトイレのフチ裏に振りかけて流すと、掃除した気分になる。男性が救われる瞬間なんです(笑)。
郡谷 そんな思いは伝わってますよ。CMの舞台設定も宇宙戦艦ですし、男性はグイッと引き付けられています。ここまでお話を伺ってきて、本当にどこまで鹿毛さんのクリエイティブをデータで表現できるのかということにすごく興味が湧いています。アテンションの取り方にしろ、ラブレターの届け方にしろ、感覚的な部分も含めて鹿毛さんの知見をすべてデータ化して、日本のクリエイターの方々が参照できるようにしたり。KI(鹿毛インデックス)値もつくれるかもしれません。
鹿毛 恐縮です(笑)。既存のAI値(注視度)自体、とても有意義で面白いデータなので、これを基にしてクリエイターのためのアワードをつくると、みんな燃えると思いますね。そして戦略をつくる人たちもクリエイティブをもっと勉強しなければいけないんですよね。クリエイティブをみんなで勉強できるスクールなんかも作ってもらったらうれしいです。
郡谷 TVISION INSIGHTS賞ですね。スクールも含めて、ぜひ実現できればと思います。
(写真/高山 透)