英国のスタートアップ、what3words(ワットスリーワーズ)が、2018年5月に日本版アプリをリリース。地球上を丸ごと3m×3m四方で57兆個の正方形に分割し、それぞれに割り当てられた3つの単語でピンポイントの位置情報を示せる新しい住所システムだ。慣れ親しんだ単語の組み合わせにすることで、音声UIで活用しやすいように設計されている。Eコマース、モビリティ、観光など、日本でのビジネス展開の可能性を探った。
「///かつどん・たんじかん・ひより」「///ためす・おさらい・すめる」――。
一体、何の呪文かと思ったかもしれないが、実はこれ、ある特定の地点を示す全く新しい“住所”だ。前者は東京駅直結の東京ステーションホテルのメインエントランス前、後者は渋谷駅にあるハチ公像の位置そのものを表している。
この新しい住所システムを開発したのは、英国のスタートアップ、what3words。現在、英語やフランス語など世界26言語に対応しており、18年5月に日本版アプリをリリースした。
同社は、地球上を丸ごと3m×3m四方のグリッドで57兆個に分割し、たった3つの単語を組み合わせてそれぞれに割り当てている。英語の場合は人を不快にさせるNGワードを除いた4万語のキーワードを選定。それを3乗すると64兆になり、そこから独自のアルゴリズムで57兆個の組み合わせを決めている。日本語の場合は、言語のエキスパートの協力を得て2万5000語を選定した。「海上などには日本語を割り当てていないので、このボキャブラリー数でも十分」(what3wordsのクレア・ジョーンズ氏)という。
実際、冒頭で紹介した渋谷駅前のハチ公像を示すグリッド「///ためす・おさらい・すめる」の右隣は「///ひっし・さいこう・きょだい」、左隣は「///しょっき・ごくい・おいこむ」となっているなど、組み合わせのかぶりは皆無だ。「似たようなワードが使われていたとしても、それが日本ではなくインドのある地点を示すというように遠く離れた場所に設定している」(ジョーンズ氏)。


この新しい住所システムのすごいところは、慣れ親しんだ単語を使って、既存の住所では表現できないピンポイントの位置を示せることだ。例えば、友人と待ち合わせをする際、住所を共有していてもなかなか現地で出会えず、周辺を探し回った経験がある人も多いだろう。また、ディズニーランドなどのテーマパーク内や公園の特定地点といった、そもそも住所が意味をなさない所でも、what3wordsのアプリを使って自分の現在地を示す3語を送り合えば、確実に相手と出会える。極度の方向音痴でも、もう迷うことはない。
また、自然言語を組み合わせているところもミソ。Amazonの「Alexa」や、Googleの「Googleアシスタント」のような音声UIがあらゆる機器に搭載され、スタンダードとなりつつあるなかで、たった3語の“呪文”を唱えるだけで行きたい場所の指定からルート案内までできれば魅力的だろう。従来のようにカーナビに電話番号や住所を入力する手間が省けるし、目的地周辺で案内が終了して、そこから本来行きたかった場所を探し回ることもなくなる。正確な場所を示すだけならGPSの座標を使う手もあるが、単なる数字の羅列を覚えるのも、音声UIに伝えるのも至難の業だ。
実際、同社の住所システムはメルセデス・ベンツが今春、海外で発売した新型「Aクラス」から採用している次世代の車載インフォテインメントシステムに搭載され、活用が始まっている。その他、中国最大の自動車グループSAIC Motor(上海汽車)のベンチャー部門が出資を行い、位置情報サービスのTomTomがwhat3wordsの住所システムの活用を発表するなど、多くの海外企業が着目している。
日本では現在、スタートアップ支援のPlug and Play Japanが実施しているモビリティ分野のアクセラレーションプログラムに採択された1社として、今後ビジネスパートナーとの提携を目指し、日本やアジアでの利用拡大を狙う構え。「注目しているのは、主に『Eコマース・物流』『モビリティ』『観光』の3分野」(ジョーンズ氏)という。いずれも、ユーザーと企業との間で「住所」や「地図」のやり取りが必要となるビジネスで、この情報を3つの単語の組み合わせでそっくり塗り替えるのが狙いだ。

まず、Eコマース・物流分野では、ピンポイントの位置情報を共有することで宅配の精度が格段に上がる。例えば、花見シーズンに宴会場所の公園に料理や飲料を届けるサービスや、宅配スタッフと位置情報を共有してネット通販で注文した品物を外出先で受け取るといったことも考えられる。
また、モビリティの分野では前出のカーナビでの活用に加え、タクシーの配車サービスや、今後本格展開が始まりそうなオンデマンドの乗り合いタクシーとの相性がいい。正確な位置情報によってピックアップで迷うことがなく、目的地も正しく指定できるから、ユーザーもドライバーもストレスを感じることが少なくなるだろう。いずれ訪れる自動運転社会を見据えても、ドライバーがいない状態で音声UIに語りかけるだけで手軽に目的地を伝えられるのは大きなアドバンテージになる。すでにインドでは、ライドシェアのBikxieで活用されており、「近いうちに、世界的なライドシェア企業との協力も発表できる予定」(ジョーンズ氏)という。
さらに観光分野では、海外の旅行情報サイトやパンフレットにwhat3wordsの3単語が住所と併記されているケースも出てきている。ざっくりとした住所区分しかない地方の観光地などで重宝する他、都内のホテルなどでもメインエントランスを指定しておくなど、よりユーザーに役立つ位置情報を提供できるようになる。また、観光地を訪れた個人ユーザーがInstagramにアップした写真にwhat3wordsの3単語を記載するなど、SNSや口コミサイトなどCGM(Consumer Generated Media)で広がる可能性も高い。「重要なベンチマークは、2020年の東京五輪。たくさんの外国人観光客が日本に来るなかで、迷わずに日本観光を楽しんでほしい。そのための一つのソリューションになりたい」(ジョーンズ氏)と話す。海外からの旅行客が迷うことが多いため、民泊のAirbnbオーナーが3単語を書き込んでおくなどの活用も広がるだろう。
このようにwhat3wordsが巻き起こす「住所革命」は、多くの業界に影響を及ぼし、ユーザー体験をより便利なものに刷新する可能性を秘める。音声UI全盛の時代になり、既存の住所に代わってwhat3words の3単語が位置情報のスタンダードを握る日が来るかもしれない。