※日経ビジネスオンライン6月21日掲載記事を再構成

「組織戦略とは、いかにして『一人』の力を最大限に発揮させるための仕組みを備えるかだ」──業績不振のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を、マーケティング・ノウハウだけではなく、それを実行し、持続成長できる組織に変革することでV字回復に導いた戦略家・マーケターの森岡毅氏は、こう主張する。この度上梓された『マーケティングとは「組織革命」である』(日経BP社)には、森岡氏の経験に裏打ちされた組織改革のノウハウがふんだんに詰め込まれている。

 会社の経営資源を最大限に生かすための「組織構造」の正解とは何か。また、そんな組織をつくるために必要な要素とは何か。森岡氏に詳しく話を聞いた。

株式会社 刀 代表取締役CEO 森岡 毅氏
株式会社 刀 代表取締役CEO 森岡 毅氏
1972年生まれ。神戸大学経営学部卒業後、1996年P&G入社。ブランドマネージャーとして日本ヴィダルサスーンの黄金期を築いた後、2004年P&G世界本社(米国シンシナティ)へ転籍、北米パンテーンのブランドマネージャー、ヘアケアカテゴリー アソシエイトマーケティングディレクター、ウエラジャパン副代表を経て、2010年にUSJ入社。12年、同社CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)、執行役員、マーケティング本部長。USJ再建の使命完了後、17年、マーケティング精鋭集団「株式会社 刀」を設立し、マーケティングを普及させることで日本を元気にする活動に邁進する(写真=吉成 大輔)

組織構造に「正解」はあるのか

あらゆる企業の形は、業種、業態、トップのキャラクターなど、さまざまな要素によって千差万別です。その中で「正解の形」は存在するのでしょうか。

森岡 組織の形は、企業の目的と経営資源によって正解が定まります。企業によって解決すべき問題はそれぞれ異なりますから、当然のことながら解も異なります。従って、「どの課題にも対応できる組織」というような普遍的な「形」はないと私は考えています。

 経営資源も千差万別です。カリスマ性のあるリーダーがいる組織なのか。人の力を引き出すようなプル型のリーダーがいる組織なのか。意思決定に長けた経験と見識を持った幹部が豊富にいる組織なのか。「人」という側面だけを見ても、経営資源はすべて異なります。

 それから、解決すべき課題も異なります。例えば、技術先行でイノベーションを生み出す企業形態なのか、あるいは技術も何もなく、ローテクをどのように売るかという形態なのか。それによって解決方法も全く違うわけです。

 すると、その企業の組織編成において必要となる「重心」の置き方も変わってきます。重心をどこかに置けば、必ず別の場所が軽くなります。どこかに強みを作ろうとすれば、その裏側には必ず弱点ができるのです。すなわち、完璧な組織というものはありません。その企業の目的を達成するために、どこに強みを作ろうかという問題は、意図的に弱点をどこに作ったほうがマシなのか、という問いかけと実はイコールだと私は考えています。

逆転の発想ですね。

森岡 そうです。例えば、人から人への情報伝達は、人を介するたびにコストがかさんでいきますよね。この人と人との繋がりの線の数を最小化する組織モデルというのは数学的に計算でき、実は最適値を導き出せます。

 ちなみに官僚型組織では、仕事を作りたがる傾向があります。上司の存在を正当化するために、どんどん部下を増やしたがるのです。この特性も、数式で証明されています。つまり、どういう割合で無駄な仕事がどんどん増えていくかが分かるわけですから、数年に一度は採用人数を見直していかなければ、組織が肥大化してしまいます。

 ただし、こういった問題は、あくまでも「企業の目的は何か」「目的を遂げるためにどのような構造が最適なのか」というビジョンがある程度固まった後の話です。

 多くの企業が抱える組織問題は、この「目的設定」自体ができていないという点に起因しています。しかし、経営者たちは「なぜ当社は管理職の数が多い逆三角形型の構造になってしまったのか」「なぜ、社員から意見が上がってこないのだろうか」「なぜ、ミドル以下の層の成長が遅いのだろうか」「なぜ、人件費がかさんでいるのか」などといった表層の問題ばかりにとらわれています。

 人件費カットなどで最適化することはできますが、これをどれだけやっても会社はうまくいきません。本当の組織改革とは、先ほども申し上げた通り、目的にかなった強みと弱みをいかにして作るか、という意思決定です。組織とは戦略なのです。ここを経営者の哲学に基づいて決めなければなりません。その上で組織の大まかな構造を作り、最後に人を当てはめていくのです。

 問題の本質は、組織の根本的な思想にあります。多くの場合、経営者が組織構造の最も根幹となる部分を決めていないのです。

なぜP&Gの業績は低迷しているのか?

目的と経営資源などによって、企業の最適な形態が異なるというお話でしたが、企業の成長過程によっても形は変わっていくのではないかと思います。森岡さんがこれまで見てきた中で、組織がタイムラインによって適切に構造改革をして成功した例は。

森岡 いい質問ですね。今は世界的に見て絶好調と言い難いようですが、私の古巣でもあるP&Gが一つの好例です。企業が成長するに従って、組織構造が変わることが多いというのは事実です。一般的に、構造を変えていかなければ、新しい成長は担保できません。

 ただし、すべての企業に当てはまるわけではありません。中には、経営規模が変わっても、解決すべき問題があまり変わらない企業があります。例えば、スーパーハイテク系企業は、イノベーションを生み出すことが存在価値になります。この場合、経営側は技術者にいかにインセンティブを与えて、彼らをどれだけ支援するかという構造自体は、変える必要がありません。この構造を維持した上で、より旬な技術者に入れ替えていけばいいのです。

 P&Gの話に戻りますが、かつて同社は意思決定の権限を「消費者視点のある現場に委任する」というブレイクスルーを行いました。それが「ブランド・マネジメント・システム」と呼ばれる仕組みです。一人のブランドマネージャーのビジョンと消費者理解によってブランドを設計し、それに基づく商品開発、市場への流通、すべて連動させるシステムです。これによって、より会社を市場に適合させることに成功しました。

 その弊害として、社内のブランド間の競争が起こるのではないかという懸念がありました。確かに起こります。はっきり言って、“内ゲバ”がたくさん起こりました。しかし、社内で勝ち残るアイデアが世の中に出て行ける仕組みは、結果的に良質なプロダクトを作り出しますから、健全なシステムなのです。

 例えば、P&Gは何十年も前に粉石けんを主力製品としていました。これは、単純に石けんを粉状にしたものです。しかし、途中で石油から作る合成洗剤が開発された。これは画期的な商品でしたが、粉石けんから合成洗剤に移り変わるとき、実は経営上の大きなリスクがありました。主力の粉石けんの市場が、合成洗剤に食われてしまう可能性があったのです。

イノベーションのジレンマがあった。

森岡 その通りです。しかし、当時の経営層が素晴らしい判断をしました。「消費者の生活を楽にする」という哲学が浸透していましたので、社内での都合やコストの問題よりも、「目的」を優先する意思決定ができたのです。我々が存在するのは、消費者の生活を豊かにするためだ、と。経営上のリスクがあってもやるべきだと判断し、合成洗剤の開発に取り組んだのです。こういったジレンマを克服して創造的破壊をしながら、P&Gは消費者目線を最重要視して成長していきました。こういう意思決定ができる組織の構造を持っていることが、P&Gの強みだったと思います。

 では、なぜ最近になって低迷しているのか。業績が伸びていないことは、数字を見れば明らかです。業界全体の問題かと言えば、競合と比較しても後れを取っている。つまり、P&Gは売上高を伸ばすことに苦しんでいるわけです。

 これは私の見解ですが、かつて消費者視点の組織構造だったP&Gが、ある時期からグローバルの展開速度を上げるために、それまでのブランド・マネジメント・システムを変えたことが影響していると思います。

 従来は、各国にブランドマネージャーがいて、その国における商品開発から商業化戦略、店頭展開まで、一気通貫で一人の責任者が担っていました。これは一つのブランドの社長をやっているような感覚で、リスクを取りながらも非常にオーナーシップを持って取り組めていたのです。しかも、柔軟に地域のニーズに応えることができる。

 しかし、これだとある国の成功事例を他の国に水平展開しにくいというデメリットがありました。そのため、P&Gはブランドをフランチャイズする形でグローバル組織に構造を変えたのです。具体的には、アジアのヘッドクォーターを日本からシンガポールに移しました。こうすると、確かにグローバルでの成長革新において、もの凄いスピードが可能になります。

 しかし、これにより1つのブランドの業務プロセスが3つに分かれてしまったのです。コンセプト開発などの“頭”の仕事はジュネーブ、テレビCM開発などの“胴体”の仕事はシンガポール、そして店頭展開などの“脚”の仕事は日本というように、距離や時差もある拠点間で、しかも3人の“船頭”がいる状態です。私自身もP&Gに在籍した最後の数年間で、その環境を体験しましたが、本来は消費者に対して使うべき時間や精神力を、社内でコンセンサスを取ることに浪費するしかなく、しかも最終責任を負うのが誰なのか、極めて分かりにくくなったと感じていましした。

 そういった中で、競合がローカルにベストフィットしてくる。すると、グローバルの最大公約数を優先する組織では、なかなかローカルのニーズには応えられません。なぜなら、グローバルな企業は存在しても、「グローバルな消費者」はいないわけです。

 P&Gには約180年間に積み重ねてきたデータベースやノウハウ、そして優秀な人材がいます。マーケティングという意味では、世界で最も進んでいる企業の一つです。OBの一人として、いつか復活を遂げると信じていますが、これだけの経営資源、マーケティング・ノウハウを持っているP&Gですら、一人ひとりの力を生かして、その強みを増幅できる組織、消費者目線ですべてが統合された組織構造をつくらなければ、伸びなくなってしまうのです。

技術ドリブンの経営から脱却せよ

森岡 もう一つ重要なのは、商品開発をするための根幹とも言える「技術」の捉え方です。技術とは、消費者の求める価値を実現するための装置だと私は考えています。

 技術を消費者に届ける価値に転換することを「ベネフィット化」と呼んでいます。ここで忘れてはならないのは、消費者にとっては、商品の価値が自分の求めるものに繋がれば、技術が何であれ関係ないということです。

 これは、技術者の皆さんを軽んじて申し上げているわけではありません。技術は非常に大切ですが、消費者が商品の価値を実感できるのであれば、技術を千差万別にしておく必要はないということです。逆に言えば、消費者の価値を見出せないのであれば、技術があっても何の意味もなくなってしまう。技術者にこの認識が浸透していないことは、大きな弱点となっているのです。

身振り手振りを交えて、情熱的に話を進める森岡氏(写真=吉成 大輔)
身振り手振りを交えて、情熱的に話を進める森岡氏(写真=吉成 大輔)

 そしてマーケターにも、日本人特有の悪い癖が見られます。商業化において、世界の成功事例にアンテナを張っておかなければならないのは当然のことですが、日本のマーケターは基本的に「何でも自分でやりたがる」という特徴があるのです。

 米国人や中国人は、他者の成功事例からヒントを得て、そのアイデアをそのまま使ったり、少し手を加えたりして、より速いスピードで、より高い確率で商業化を成功させます。

 しかし、日本人はこれを積極的にやりません。職人気質で、全部自分でやろうとする。まず自社開発という苦労するところから始めます。しかし実際は、過去を振り返れば、世界中のどこかで同じ問題に直面した企業は必ずあるのです。自社でやろうとするよりも、世界にベストプラクティスを探しに行くほうがはるかに効率的で、速くて、成功確率が高い。何でも自分でやりたいと思うことは、マーケターのエゴに過ぎません。

マーケターとは、技術と消費者の間を繋ぐ翻訳者のような仕事ですね。

森岡 おっしゃる通り。作った商品に対して「どう売ろうか?」というところだけ考えるのが狭義のマーケティングです。例えば、キャッチコピーを何にするか、テレビCMをどうするか、店頭の販売価格をどのように設定しようか、ということ。一方、消費者が欲する価値を起点に、それを技術者に翻訳し、売れるものを開発してもらう、もっといえば市場価値を創造する仕事全般を意味するのが、私の考えるマーケティングの定義です。

プロダクトから消費者へのベクトルよりも、消費者からプロダクトへのベクトルが重要だということですね。しかし、多くの製造業には、そのベクトルが足りない。

森岡 そうです。本当に強い企業は、消費者から技術へのベクトルがちゃんとあります。

 すでに開発した商品をヒットさせることは、非常に困難です。しかし、消費者をよく理解しているマーケターが、技術者の皆さんにニーズを明確に示し、そこで創造力と熱意を発揮すれば、売れる商品は作ることができるのです。

 しかし、多くの日本企業では、自分自身の技術からしか発想できません。日本が世界から「マーケティングが下手だ」と言われるゆえんは、ここにあります。日本は素晴らしい技術力があるがゆえに、その成功体験が、自身の発想を完全に縛っているのです。

では、技術者はどういったマインドセットを持つべきでしょうか。

森岡 私がUSJ時代に、技術やクリエイティブの皆さんに伝えていたのは、「あなた方が磨いてきた技術は、今この消費者を喜ばせるためにある」ということです。消費者の誰を、どのように喜ばせるのかというところを、常にチェックし続けなければならない。

 自分の技術に誇りを持つと同時に、自分は世界一主観的であるということに対する恐れを持っていてほしいのです。その上で、消費者のニーズを客観視できる専門家としてのマーケターの声に耳を傾けてほしい。

しかし、日本の技術者の中で、そういった意識を持っている人は少ないのではないでしょうか。

森岡 少ないですね。今までは、技術力の高さからある程度成功してきましたから、そのマインドを変えることはあり得ないというのが、多くの日本企業の姿です。

 しかし、マーケターの力と技術を合わせれば、もっと成功できるのです。もちろん、マーケティングの責任者と技術の責任者との間で激しい議論をせざるを得ないこともあります。ここは健全な対立が起こるべきです。

 そこで社内には、この対立を消費者目線で調整する強力なパワーが必要です。それがCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)という存在です。USJでもCMOを置いています。この役割を担う人物は、技術の消費者的価値をちゃんと理解した上で、この技術をどうブランディングしていくかという点でのマーケターとしての研鑽が必要です。

なぜ退任後もUSJは業績が落ちないのか

森岡さんがUSJを再建し、退任してからも同社はまだ伸び続けています。それは、組織改革によって成し得た成功ではないかと思います。

森岡 私は6年半という時間をかけて、USJにマーケティングを一連のシステムとしてインストールすることを最上位の課題に掲げて取り組んできました。私がUSJを辞めた後も、好調を維持すべくスタッフの皆さんががんばっている点は、非常にありがたく思います。

 私がUSJにいた当時、サステナブルな組織を実現しなければならないと意識していました。例えば、カリスマ性のあるトップや、特殊な才能のあるマーケター、すごいアイデアを持つクリエイターなどがいたとしても、ずっと成果を出し続けることは不可能です。続いたとしても、せいぜい30年程度でしょう。

 このような「天才依存型」のビジネスモデルは、一人の人間のライフサイクルにビジネスリスクを懸けてしまっていますから、継続性に問題が生じます。しかも、これは資金調達にも影響が出るのです。

 特に映画などは、当たるか外れるか博打のようなビジネスですから、多くの企業がスポンサーになるのが怖くて、複数社で少しずつ出資をします。これが、エンタメ業界です。USJのようなテーマパークもその一つです。私は、それを変えたかった。一人の天才に依存するのではなく、組織の力で、高い確率でヒットを打つことによって、テーマパークを投資可能案件に変えたかったのです。

 博打では、資金は集まりません。やはり予測可能でなければならない。資金が集まってくれば、エンタメ業界も活気づくでしょう。これを変えるためには、マーケティングというサイエンスの力で、再現性のある形を追求すべきだと思ったのです。

 ですから、私が得意とする高等数学を駆使した需要予測のモデルを他の人でも扱えるようにしてきましたし、テレビ広告も誰かの感覚で作るのではなく、戦略から消費者理解をつむぎ出し、どこに焦点を合わせて消費者が求めている価値を絵にするかを突き詰めるようにしました。これはノウハウであり、再現性があるのです。

 同時に組織構造も消費者視点で会社全体が機能する“マーケティング・ドリブン”なものに変革しました。つまり、マーケティング戦略の下で商品開発を機能させるということです。加えて、意思決定も、誰か一人が決めるのではなく、多くの情報が集まるような仕組みを作りました。ユーザーの情報を多く持つ現場スタッフからの情報を、より広い視野を持つ上層部へと繋ぎ、活発な情報交流が起こりやすくする。こうした全社を消費者視点でドライブできる組織への変革と、マーケティング・ノウハウの移植をセットで行ったことが、USJのV字回復の原動力になったのだと確信しています。

 今やUSJは世界一EBITDAマージン(利払い、税金、償却前利益)の高いテーマパークになっています。これは、オリエンタルランドを超える水準です。

最後に、昨年設立したマーケティング精鋭集団「刀」で、これからどのようなミッションを遂行していくか、教えてください。

森岡 当社は、「日本社会をマーケティングの力で元気にする」ことにコミットしていますから、日本社会の活性化に資する事業をされている企業の応援をしたいと考えています。

 当社がやりたいのは、私たちが生きている間に、日本の社会にマーケティングを普及させて、日本を活性化させることなんです。日本社会に寄与する会社に、我々の持つ持続可能なマーケティングのノウハウを余すところなく開示し、身につけてもらう。つまり、マグロを釣ってくるのではなく、マグロを釣れる船を用意し、その釣り方までを伝授していくということです。それには膨大な時間と労力を要しますから、我々が携われる企業はそう多くはありません。それでも持続可能なマーケティング力を一つでも多くの企業に移植できれば、50年、100年の価値があると思うわけです。

 私たちの寿命を超えたところに、日本社会を活性化させる上での価値をいかに残せるか。刀のミッションはそこにあります。

(聞き手 島津翔=日経ビジネス、森脇早絵=ライター)

書籍紹介
『マーケティングとは「組織革命」である。』(日経BP社)

最強マーケター・森岡毅氏が旅立った後も、なぜUSJは絶好調なのか?その裏には、マーケティング・ノウハウだけではなく、それを実行し、持続成長できる組織に変革する「森岡メソッド」があった。本書では、2017年にマーケティング精鋭集団の「株式会社 刀」を立ち上げた森岡氏が実戦で培ってきた、ビジネスで成功するために最も重要な「ヒトと組織」の本質と、一人のサラリーマンでも「組織」を動かす起点になるための秘訣を初めて明かす。

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