なぜP&Gの業績は低迷しているのか?

目的と経営資源などによって、企業の最適な形態が異なるというお話でしたが、企業の成長過程によっても形は変わっていくのではないかと思います。森岡さんがこれまで見てきた中で、組織がタイムラインによって適切に構造改革をして成功した例は。

森岡 いい質問ですね。今は世界的に見て絶好調と言い難いようですが、私の古巣でもあるP&Gが一つの好例です。企業が成長するに従って、組織構造が変わることが多いというのは事実です。一般的に、構造を変えていかなければ、新しい成長は担保できません。

 ただし、すべての企業に当てはまるわけではありません。中には、経営規模が変わっても、解決すべき問題があまり変わらない企業があります。例えば、スーパーハイテク系企業は、イノベーションを生み出すことが存在価値になります。この場合、経営側は技術者にいかにインセンティブを与えて、彼らをどれだけ支援するかという構造自体は、変える必要がありません。この構造を維持した上で、より旬な技術者に入れ替えていけばいいのです。

 P&Gの話に戻りますが、かつて同社は意思決定の権限を「消費者視点のある現場に委任する」というブレイクスルーを行いました。それが「ブランド・マネジメント・システム」と呼ばれる仕組みです。一人のブランドマネージャーのビジョンと消費者理解によってブランドを設計し、それに基づく商品開発、市場への流通、すべて連動させるシステムです。これによって、より会社を市場に適合させることに成功しました。

 その弊害として、社内のブランド間の競争が起こるのではないかという懸念がありました。確かに起こります。はっきり言って、“内ゲバ”がたくさん起こりました。しかし、社内で勝ち残るアイデアが世の中に出て行ける仕組みは、結果的に良質なプロダクトを作り出しますから、健全なシステムなのです。

 例えば、P&Gは何十年も前に粉石けんを主力製品としていました。これは、単純に石けんを粉状にしたものです。しかし、途中で石油から作る合成洗剤が開発された。これは画期的な商品でしたが、粉石けんから合成洗剤に移り変わるとき、実は経営上の大きなリスクがありました。主力の粉石けんの市場が、合成洗剤に食われてしまう可能性があったのです。

イノベーションのジレンマがあった。

森岡 その通りです。しかし、当時の経営層が素晴らしい判断をしました。「消費者の生活を楽にする」という哲学が浸透していましたので、社内での都合やコストの問題よりも、「目的」を優先する意思決定ができたのです。我々が存在するのは、消費者の生活を豊かにするためだ、と。経営上のリスクがあってもやるべきだと判断し、合成洗剤の開発に取り組んだのです。こういったジレンマを克服して創造的破壊をしながら、P&Gは消費者目線を最重要視して成長していきました。こういう意思決定ができる組織の構造を持っていることが、P&Gの強みだったと思います。

 では、なぜ最近になって低迷しているのか。業績が伸びていないことは、数字を見れば明らかです。業界全体の問題かと言えば、競合と比較しても後れを取っている。つまり、P&Gは売上高を伸ばすことに苦しんでいるわけです。

 これは私の見解ですが、かつて消費者視点の組織構造だったP&Gが、ある時期からグローバルの展開速度を上げるために、それまでのブランド・マネジメント・システムを変えたことが影響していると思います。

 従来は、各国にブランドマネージャーがいて、その国における商品開発から商業化戦略、店頭展開まで、一気通貫で一人の責任者が担っていました。これは一つのブランドの社長をやっているような感覚で、リスクを取りながらも非常にオーナーシップを持って取り組めていたのです。しかも、柔軟に地域のニーズに応えることができる。

 しかし、これだとある国の成功事例を他の国に水平展開しにくいというデメリットがありました。そのため、P&Gはブランドをフランチャイズする形でグローバル組織に構造を変えたのです。具体的には、アジアのヘッドクォーターを日本からシンガポールに移しました。こうすると、確かにグローバルでの成長革新において、もの凄いスピードが可能になります。

 しかし、これにより1つのブランドの業務プロセスが3つに分かれてしまったのです。コンセプト開発などの“頭”の仕事はジュネーブ、テレビCM開発などの“胴体”の仕事はシンガポール、そして店頭展開などの“脚”の仕事は日本というように、距離や時差もある拠点間で、しかも3人の“船頭”がいる状態です。私自身もP&Gに在籍した最後の数年間で、その環境を体験しましたが、本来は消費者に対して使うべき時間や精神力を、社内でコンセンサスを取ることに浪費するしかなく、しかも最終責任を負うのが誰なのか、極めて分かりにくくなったと感じていましした。

 そういった中で、競合がローカルにベストフィットしてくる。すると、グローバルの最大公約数を優先する組織では、なかなかローカルのニーズには応えられません。なぜなら、グローバルな企業は存在しても、「グローバルな消費者」はいないわけです。

 P&Gには約180年間に積み重ねてきたデータベースやノウハウ、そして優秀な人材がいます。マーケティングという意味では、世界で最も進んでいる企業の一つです。OBの一人として、いつか復活を遂げると信じていますが、これだけの経営資源、マーケティング・ノウハウを持っているP&Gですら、一人ひとりの力を生かして、その強みを増幅できる組織、消費者目線ですべてが統合された組織構造をつくらなければ、伸びなくなってしまうのです。