政府が2018年6月に発表した新しい成長戦略の基本方針を示す「未来投資戦略2018」で、今後の重点分野としてモビリティ革命「MaaS(Mobility as a Service)」が初めて取り上げられるなど、MaaSがもたらす交通の近未来への関心は否応なしに高まっている。そんななか、かつて「自動車大国」と呼ばれた米国のシアトルでは、10年足らずでマイカー通勤が1割も減少するという劇的な変化が、すでに起きていた。都市・交通のシンクタンクである計量計画研究所の理事 兼 研究本部企画戦略部長である牧村和彦氏の現地視察レポートをお届けする。

併せて、日経クロストレンドの特集「クルマや鉄道・交通業界に地殻変動 モビリティ革命『MaaS』の真相」も参考にしてほしい。

米シアトルのビル群。同地のモビリティ革命は、すでに夜が明けていた
米シアトルのビル群。同地のモビリティ革命は、すでに夜が明けていた

 あらゆる交通サービスを統合し、移動の自由度を上げると同時に最適化を目指す「MaaS(Mobility as a Service)」というムーブメント。メディアでは、しきりに「100年に1度のモビリティ革命」というフレーズが繰り返されるが、実際のところ自分の生活にどんな変化が起こるのか、ピンと来ていない人が多いのではないだろうか?

 日本の地方都市では、昔ながらの路面電車がクルマの渋滞に巻き込まれながらノロノロと走り、間隔が詰まった路線バスが“ダンゴ運転”し、路上駐車したクルマが相変わらず中心市街地を埋め尽くしている。また、公共交通機関に乗り継げば乗り継ぐほど運賃は割高になり、停留所ではいつバスが来るのかも分からない。多くの市民が中心部にマイカーで乗り入れているため、駅前には空車のタクシーがいつ来るとも分からない客を待って、あふれている。この30年、ほとんどこの光景は変わっていない。

 一方で、かつて“自動車大国”と呼ばれた米国では、すでにモビリティ革命が始まり、多くの都市で街の姿自体が大きく変貌している。なかでもマイクロソフトやボーイング、アマゾンの本社があるワシントン州の最大都市・シアトルは、鉄道やバス、タクシーといった多様なモビリティが共生し、交通における“動脈と静脈”の役割を補完しながら成長し続けている都市である。日本のモビリティと都市との在り方を考えていくうえで、今、最もホットな都市の一つと筆者は考えている。現地シアトルでの体験レポートをお届けするとともに、そこから日本が何を学ぶべきか、考察してみたい。

MaaSアプリの「TripGo」(世界約200都市以上をカバー)でルート検索をすると、シアトルではさまざまなモビリティが利用可能であることが一目で分かる
MaaSアプリの「TripGo」(世界約200都市以上をカバー)でルート検索をすると、シアトルではさまざまなモビリティが利用可能であることが一目で分かる

多種多様なモビリティがうごめく都市、シアトル

 シアトルのタコマ国際空港に降り立ち、空港出口の案内板を見ると、多くの日本人は驚くのではないだろうか。ずらっと並んだ交通手段の多さもさることながら、見たことも聞いたこともない交通手段が表記されている。シアトル市内の主要地点やホテルへのシャトルバス、路線バス、タクシーなど、ここまでは日本人にもなじみのあるサービスだ。それ以外に、「バンプール」(シャトル・エクスプレスと呼ばれ、バンタイプの車両による相乗り送迎サービス)、「ライトレール」(米国ではLRTと呼ばれ、空港と市内中心部や大学などを直結している鉄軌道の輸送サービス)、UberやLyftに代表される「配車サービス」(案内板にはApp-Based Rideshareと表記)などがあり、さまざまな交通手段で空港出口は混沌としている。シアトルに着いた瞬間から、モビリティ革命の一端を垣間見ることができるだろう。

シアトル・タコマ国際空港の出口にある乗り継ぎ案内板。様々な交通手段が表記されており、モビリティの多様性を象徴するような光景
シアトル・タコマ国際空港の出口にある乗り継ぎ案内板。様々な交通手段が表記されており、モビリティの多様性を象徴するような光景

 ダウンタウン(都心部)では、地下にライトレールと路線バス(最初はバスのみのトンネルとして1990年に開業)が走行しており、地上では縦横無尽に走行する路線バス(2階建てバス、連節バス、トロリーバス、スペシャルトランスポート)、BRT(バス高速輸送システム)などが街の“動脈”となる幹線交通網を担い、「ストリートカー」(日本でいうところの路面電車、2系統)や、モノレールが特定地域の移動需要を支えている。また、カーシェアリング(例えば独BMWが運営する「ReachNow」は2016年4月からサービス開始)、自転車シェアリング(乗り捨て可能なタイプで3社が運営、約1万台を供給)、前述のバンプール(都市圏交通を担うMETROが運営)、配車サービスなどが都市の“静脈”として機能している。

 その混沌ぶりを理解するには、下の画面写真を見てほしい。自分の最寄り地点から利用できる交通手段と待ち時間を一覧で提供しているTransitScreen社の検索結果である。これを見るだけでも、実に多様な交通サービスが市内で提供されていることが分かるだろう。

シアトルのようにオープンデータの最先端都市では、最寄りの利用可能な交通手段と待ち時間がリアルタイムで提供される 出典:TransitScreen社
シアトルのようにオープンデータの最先端都市では、最寄りの利用可能な交通手段と待ち時間がリアルタイムで提供される 出典:TransitScreen社

 また、シアトルでは都市圏内の公共交通(フェリー含む)はゾーン運賃制となっている。日本人には聞き慣れない言葉かも知れないが、欧米では一般的な運賃制度である。シアトルのゾーン運賃制は、都市圏のゾーン内であればどの公共交通に何度乗り継いでも、2時間以内は運賃の割り増しがなく、一律で乗れる。

 さらに、運賃収受の仕組みも世界最先端を走っている。交通系ICカード「ORCA(オルカ)」を使うことでキャッシュレスを実現しており、モバイルアプリの「TransitGo」(キング郡交通局が提供)というサービスを使えば、チケットレスかつキャッシュレスで、都市圏内のどの公共交通もスマホ一つで利用可能である(スマホの画面にチケットが表示される仕組みで、不正防止のため背景に動画が流れる)。また、カーシェアリングやバイクシェアリング、配車サービスも、それぞれの運営主体が提供するスマホアプリ一つでキャッシュレスとチケットレスを実現している。

1人乗りマイカー通勤が減少し、都心回帰が実現

 今年の2月、17年の都心部の通勤交通に関する調査レポートがシアトル交通省から発表され、全米だけではなく、世界で話題となっている。2010年から17年のこの7年間で、1人乗りのマイカー通勤の割合が35.2%から25.4%へと約10%も大幅に減少したのだ。しかも、その間、都心部の従業者数は20万2000人から26万2000人と3割も増加している。これだけ短期間にマイカー通勤の割合が減少した都市は、先進国では聞いたことがない。

 17年の都心部への通勤時間帯の利用交通手段の構成を見ると、マイカー以外の利用が75%を占め、ライトレールやバスなどの公共交通が48%、カープールやバンプールなどを含む相乗り交通が10%、自転車が3%となっている。マイカーから公共交通やライドシェア、自転車に転換したと言っていいだろう。

 この間、南北幹線軸へのライトレールの新設、BRTの積極的な導入(18年6月時点で6系統)、ストリートカーの新設(2系統)など、シアトルでは次世代を担うさまざまな公共交通に対する先行投資が行われており、それが功を奏した結果でもあると筆者は捉えている。

 この現象をモビリティ革命前夜と捉えるのか、既に革命真っ只中と捉えるのか、読者の皆さんはどう判断するだろうか?

7年間で都心部への1人マイカー通勤が約10%減少した 出典:シアトルDOT
7年間で都心部への1人マイカー通勤が約10%減少した 出典:シアトルDOT
モビリティ革命により多様な手段で都心来訪を実現したシアトル(図は通勤時間帯の都心来訪の手段構成、2017年) 出典:シアトルDOT
モビリティ革命により多様な手段で都心来訪を実現したシアトル(図は通勤時間帯の都心来訪の手段構成、2017年) 出典:シアトルDOT

シアトルは「バス革命」の最先端都市

 世界各地で今、バス革命が起きている。ここシアトルはその最先端の都市といっても過言ではない。古くから大気汚染などの環境問題に配慮し、地形的な制約もあって電気駆動によるトロリーバスを多く採用している。最近では、2階建てバス、連節バスなど輸送力の向上を積極的に進めている。また、基幹的な交通網を形成するため、都心から放射方向に6系統のBRT(バス高速輸送システム)が、現在導入されている。

 シアトルのBRT(現地では、Rapid Rideと呼ぶ)の特徴は、市民に分かりやすいネットワーク構成、街路の一部をバス専用レーンに再編、車両デザインや停留所デザインの刷新、系統番号の見直し(普通の路線バスは数字表記、BRTはローマ字と赤丸表記で差別化してA~Fの番号を付与)、優先信号の導入などの総合的な施策として取り組まれている点である。BRTの導入によりマイカーに負けない移動時間と時間信頼性、移動の快適性が確保されている。これらが導入されたのは、たったこの10年での出来事である点は注目に値する。

 訪問時には、BRTのE系統に乗車する機会を得た。都心からシアトル北部の終点までの約25kmの区間は、全線バス専用レーンとして運用されており、ほとんどの信号交差点には止まることがなかった。バス車両の接近を前方の信号交差点が検知すると、前方の青信号の時間を延長し、赤信号の際には時間を短縮するといった信号優先制御が働いていた。これだけ大がかりなバス優先信号は、世界的にも希であろう。

シアトル市民の足となっているBRT。リフト付きの連節バスは全扉から乗降可能で、車両前方には自転車を搭載できる
シアトル市民の足となっているBRT。リフト付きの連節バスは全扉から乗降可能で、車両前方には自転車を搭載できる
通勤通学の足として人気の2階建て路線バス
通勤通学の足として人気の2階建て路線バス

自動運転社会に向け、中心市街地をリ・デザイン

 米国の専門家の間では、シェアリングと自動運転が融合した「SAV(Shared Autonomous Vehicles)」が、将来のモビリティサービスの本命として有望視されている。しかし、SAVの車両やサービスが技術革新したとしても、専用の空間に見知らぬ人同士が乗り合うという習慣、公共的な交通サービスを利用する習慣は、一朝一夕には根付かない。有人運転でもバスに乗っていない人が、無人運転になることでバスを利用するようになるとは、筆者には到底思えないのだ。

 また、SAVがどれだけ高機能化したとしても、自転車や一般の車両、歩行者との接触の機会、リスクを最小限にするインフラ側の協力が必要不可欠ではないだろうか。その意味では、シアトルはこの10年間で、路線バスなどの特定車両だけが走行できる専用レーンを街中に拡充してきた。街路空間の再編には地域や沿道施設、ドライバーなどの理解が必須であり、非常に時間を要する取り組みを着実に進めてきたのだ。これら特定専用に対する空間の確保を先行的に進めてきた努力があって初めて、将来普及するであろうSAVの車両に優先権を与えることが可能となり、安全安心な自動運転社会が幕を開けていくと筆者は考えている。

 加えてシアトル市では、短時間駐車は「路上」、長時間駐車は「路外」という政策を長年採用している。補助幹線的な街路には歩道の一部を切り込む形で、沿道特性に合わせて30分や1時間、2時間など、短時間用の有料駐車場を確保している。将来普及が見込まれるSAVは、オンデマンドで車両を呼び出すことになるだろう。その際、車両が待機する短時間の停車空間が非常に重要となることは言うまでもない。

3車線の街路をバス専用(左)、一般車(中央)、自転車専用(右)にリ・デザイン
3車線の街路をバス専用(左)、一般車(中央)、自転車専用(右)にリ・デザイン

 これまで解説してきたように、近々到来するであろう本格的なモビリティ革命に先行し、人々に新たな移動の機会をもたらし、柔軟に対応できるインフラの整備を戦略的に進めている都市がシアトルである。翻って日本では、車両の技術開発や法制度の議論は先行しているものの、モビリティ革命の到来によって起こるライフスタイルや都市像の変化、そのための先行投資の議論がほとんどされていないのではないだろうか。

 18年6月に閣議決定された政府の成長戦略の基本方針を示した「未来投資戦略2018~『Society5.0』『データ駆動型社会』への変革~」においては、次世代モビリティ・システムの構築が重点分野とフラッグシッププロジェクトに位置付けられた。なかでも、まちづくりと公共交通の連携、新たなモビリティサービスのモデル都市・地域構築が柱の一つとなっていることは、かなりの前進と言える。

 ともあれ、百聞は一見にしかず。モビリティ革命の足音を感じるために、先行しているシアトルの訪問をお勧めしたい。(※次回、牧村氏による米ロサンゼルスのMaaSリポートも近日公開)

「『日本版MaaS』の実現に向けて」(第2部)
計量計画研究所の牧村和彦氏らが登壇
計量計画研究所理事 兼 研究本部企画戦略部長 牧村和彦氏
計量計画研究所理事 兼 研究本部企画戦略部長 牧村和彦氏
さまざまな交通・移動手段を統合して次世代の交通体系を生み出す「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」。鉄道やバスといった公共交通や自動車メーカー、IT企業などが覇権を争い、欧米では、すでに社会実装に向けた具体的な取り組みが複数進んでいる。まだ号砲が鳴ったばかりの日本で、今後どのような社会インパクトが生み出されるのか。日本版MaaS実現に尽力する第一線の論客が解説する。第1部が好評をいただき、早々に満席となったため、第2部の追加開催を決定。第1部の内容を受け、さらに深掘りします。

日時 11月29日(木) 13:30~14:10
会場 東京国際フォーラム(東京・有楽町)
申し込みはこちら