経済産業省・特許庁は2018年5月23日、デザインによる企業の競争力強化に向けた課題の整理と対応策を検討してきた内容をまとめ、「『デザイン経営』宣言」と題する報告書として発表した。17年7月からデザイナーや企業のデザイン担当役員、経営コンサルタントなどが委員を務める「産業競争力とデザインを考える研究会」を立ち上げ、合計11回の議論を集約して提言。プロダクトやグラフィックといったデザインの考え方から、企業経営に大きく関わる存在としてデザインの役割に言及した。
「『デザイン経営』宣言」はブランディングやイノベーションに向けたデザインを重視するなど、「デザイン経営」をキーワードとして打ち出している点が大きな特徴だ。デザインをテーマにした政策提言は、03年の「戦略的デザイン活用研究会報告書の『競争力強化に向けた40の提言』」以来、15年ぶりという。
「AI(人工知能)やIoTなどを活用する新たな時代を迎え、世界の有力企業が戦略の中心に据えているのがデザインである。一方で、日本では経営者がデザインを有効な経営手段と認識しておらず、グローバル競争環境での弱みとなっている」と報告書では指摘。さらに別紙として、意匠制度の課題や今後の検討の必要性を記した「産業競争力の強化に資する今後の意匠制度の在り方」を添付。画像のデザインやブランディングにおける意匠権の考え方も述べており、デザイン経営時代に向けた意匠制度の改革も視野に入れている。
デザイナーからも関心が高まる
報告書によると、「デザイン経営」とはデザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営のこと。必要条件は「経営チームにデザイン責任者がいること」「事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」だという。ここで言うデザイン責任者とは「製品やサービス、事業を顧客起点で考えられているかどうか、ブランド形成に資するものであるかどうかを判断し、必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持った人」を示す。欧米に比べ、日本ではCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を設置している企業はほとんどないだろう。今後はCDOのような役割を経営チームに加えることが期待されそうだ。
「デザイン経営」の費用対効果についても海外の調査結果を例に挙げている。例えば英British Design Councilは「デザインに投資すると、その4倍の利益を得られる」と結論付けている他、米Design Management Instituteも「デザインを重視する企業は、S&P500全体と比較して過去10年間で2.1倍も成長した」という。費用対効果の算出は、デザインに関心の薄い経営者にデザインの重要性を訴求するための大きなポイントと言える。海外事例だけでなく、今後は大企業や中小企業、スタートアップなど国内事例でも何らかの指標が求められる。6月13日には同研究会の委員と日本デザイン振興会が連携し、報告書の内容について討論するカンファレンスを開催。100人以上のデザイナーやクリエイターが来場して意見を交換するなど、関心の高さがうかがえた。
●委員会のメンバー
梅澤高明・A.T.カーニー日本法人会長、喜多俊之・喜多俊之デザイン研究所所長、小林誠・デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 知的財産グループ シニアヴァイスプレジデント、田川欣哉・Takram 代表取締役 英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授、竹本一志・サントリーホールディングス知的財産部長、田中一雄・GK デザイン機構代表取締役社長、永井一史・HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長 クリエイティブディレクター、長谷川豊・ソニー クリエイティブセンター センター長、林千晶・ロフトワーク代表取締役、前田育男・マツダ常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当
日経デザイン(以下、ND) 今回の報告書で最も議論になった点は?
鷲田祐一氏(以下、鷲田) 研究会の委員には、デザイナーはもちろん、経営コンサルタントなどさまざまな人がいます。しかもデザイナーにもそれぞれの考え方があります。デザインとはプロダクトを通じて「美」を追求するものであり、デザインの意味を大きく解釈するのはいかがなものか、といった意見もありました。
こうした意見に対して、それは古いデザインの考え方であり、だから駄目なんだといった厳しい声もあったのは事実です。デザイン思考などが普及し、経営者にもデザインに対する意識を変える好機ではないか、というわけです。デザインの意味が曖昧になってしまうと危惧する人もいるなど、研究会では多くの時間をデザインとは何かについて議論してきました。いろいろな意見があったものの、経営にデザインの力が直接、関われるような社会を目指したいという点では一致したので今回、「『デザイン経営』宣言」としてまとめることができました。
ND 「美」を求めるデザイナーは多いのでは?
鷲田 美しいデザインを否定しているわけではありません。「美」は今まで通り重要ですが、そこにこだわるだけでは、経営者にデザインの力を示すことは難しいでしょう。今回の報告書で示すように、いわば「デザインの民主化」こそが、新しい時代を切り開くのではないでしょうか。