2018年度 人工知能学会全国大会では、AI(人工知能)が社会に与える影響がより大きくなってきたと感じさせるセッションが多かった。今回の報告リポートは、前編「AI兵器について考えた、2018年度 人工知能学会全国大会」に続く後編。産業界でAI人材が担う役割は何か、話し合われた。

パネルディスカッション「『AI人材』に今求められることと教育環境の理想と現実」の壇上、左から経営共創基盤の川上登福氏、安川電機開発研究所の関山友之氏、早稲田大学教授の尾形哲也氏、東京大学大学院特任准教授の松尾豊氏、ABEJA社長CEO兼CTOの岡田陽介氏、エヌビディア エンタープライズ事業部長の井﨑武士氏、前クロスコンパス社長の佐藤聡氏
パネルディスカッション「『AI人材』に今求められることと教育環境の理想と現実」の壇上、左から経営共創基盤の川上登福氏、安川電機開発研究所の関山友之氏、早稲田大学教授の尾形哲也氏、東京大学大学院特任准教授の松尾豊氏、ABEJA社長CEO兼CTOの岡田陽介氏、エヌビディア エンタープライズ事業部長の井﨑武士氏、前クロスコンパス社長の佐藤聡氏

 AIと社会の関わりはますます強くなってきていることを印象づけた2018年度人工知能学会全国大会。その1つが、昨年に新設した「インダストリアルセッション」という、AI活用に関する企業の取り組みをプレゼンするという企画だ。プレゼンした企業数は24社。昨年から6社増えた。パナソニックや沖電気工業、東芝、NEC、富士通研究所、日本ユニシス、ALBERT、グリッド(東京・港)などは昨年に続いての参加だ。

 インダストリアルセッションに参加した企業の狙いは、「当社のAI活用の具体的な取り組みを紹介することによって、学生に興味を持ってもらい、できればインターンシップに参加して当社のことをよく知ってもらいたいためだ」(大手製造業)。要するにAI人材の青田買いである。協賛企業の1社である富士フイルムは、人事部の担当者が鹿児島に駆けつけた。協賛理由は優秀なAI人材獲得にあることが明確だ。

 そうしたなか、6月6日の夕方には、「『AI人材』に今求められることと教育環境の理想と現実」という、日本ディープラーニング協会(Japan Deep Learning Association=JDLA)主催特別セッションが開かれた。冒頭のパネルディスカッションは、「産業界が求められるディープラーニング人材」をテーマに話し合われた。

 司会は、経営共創基盤(東京・千代田)パートナーで取締役マネージングディレクターの川上登福氏、パネリストは、次世代ロボットを開発している安川電機開発研究所の関山友之氏、ロボットとニューラルネットワークを中心に研究している早稲田大学教授の尾形哲也氏、ディープラーニングの学術研究と産業活用を推進しているJDLA理事長であり東京大学大学院特任准教授の松尾豊氏、12年9月創業以来約100社にディープラーニングの実行環境を提供しているABEJA(東京・港)社長CEO兼CTOの岡田陽介氏、サーバーやワークステーション向けGPU(画像処理半導体)やソフトウエアを提供するエヌビディア エンタープライズ事業部長の井﨑武士氏、ディープラーニングを中心としたAIの産業活用で実績のある前クロスコンパス社長の佐藤聡氏。

「1億円以上の予算規模がないと受けない」

 冒頭、ディープラーニング活用状況を話し合った。エヌビディアの井﨑氏は「いろいろなところで、ディープラーニングの活用が進んでいる。例えばウェブや金融、コアは製造業、医療などだ。世界全体で見ると、データが多いところ、すなわち米グーグルや米ツイッター、米フェイスブックが進んでいる。日本はロボティクスも含めて約6割の製造業でディープラーニングの活用が考えられているが、どう使っていいか分からない会社が多い」と日米の違いを説明した。

 日本企業の問題をさらに続けたのがABEJAの岡田氏だ。「基本的に意思決定しない企業はつらい。お勉強だけする会社は勘弁してほしい。『今日は勉強になりました』と言われるのはつらい。(だから最近は、)電話の段階で予算規模が1億円以上でないと受けないようにしている。米アマゾン・ドット・コムの研究開発費は年間2.5兆円。規模感が違う。だから最低でも1億円、ご理解ください」と率直に語った。

 安川電機の関山氏は、「製造業寄りの農業を相手にしている。現場は大規模で、パートタイマーの方々がずらりと並んでいる。そこにロボットを入れるのは大変。(中略)新しい設備を入れるときに一気に対応する以外、何もできない。工場設備の場合は、自動車工場以外は厳しい。お試しでやる場合は、ちょこちょこやるしかない。いつできるかはお客さん次第だ」と実情を説明した。

 川上氏の「企業からは何を依頼されているのか」という問いかけに対して、早稲田大学の尾形氏は「これまでロボットを動かすプログラムを書くのが大変だった。ディープラーニングをうまく活用することでプログラムの書き方が変わってきている。ディープラーニングで簡単に書けるようになる。これまでできなかったことができるようになるので、ディープラーニングへの期待が大きい」と話した。

どんな人材が欲しい?

 続いて川上氏は「ぜいたくを言えば、この人、最低でもこの人といった場合、どんな人材が欲しいですか?」とAI人材について尋ねた。

 前クロスコンパスの佐藤氏は、「(クロスコンパスは顧客に対して)ワンストップで対応しているので、コンサルティングから入る。ここの人材は必要だ。コンサルティング人材は欲しいが、ディープラーニングに落とし込むところが重要になる。できれば、コンサルティングをやりつつディープラーニングを実装できるスーパー人材が欲しい。たまにはいる。最新の英語の論文を読んで実装してしまうトップラインの人材が必要」と理想を語った。

 さらに「ボトムラインは、可能性を持った人、スピード感を持った人になる。JDLAはボトムラインの人材育成に力を入れる。大企業には特に優秀な人材がいる。ディープラーニングをやりたがっているポテンシャル人材の再教育が、ディープラーニング人材の育成になる」と現実を対応策も含めて解説した。

「ディープラーニング一辺倒だと困る」

 ディープラーニングだけでなく、基礎的な学力や学び続ける力を求めたのが、ABEJAの岡田氏と安川電機の関山氏だ。

 「学生の方には何を求めるか」──川上氏の質問に岡田氏は、「学生にビジネスセンスを求めるのは厳しい。ビジネスを学ぶ姿勢があり、数学とプログラミングができることが最低条件かな。あとは倫理観。(ABEJAには)戦争兵器を作ったことがある方もいるので、倫理観を求めている。コンピューターサイエンスを継続して勉強する力が必要だ。基礎的な学力があれば、何となくディープラーニングを書くことができる。そういう人材なら制限なく採用する。当社には教育システムがあり、採用したらポジションをつくる。優秀な学生ならぜひ欲しい」と明解に語った。

 関山氏は、「優秀なAI人材が入社しても、AIを分かる上司はいない。なぜかというと、ロボット(産業)ではかつて(AIを)やっていなかったからだ。会社の中で新しいことを勉強することが求められる。数学や機械など基礎的なことを勉強してきた人は、いろいろなところで応用できる。面談すると、基礎を勉強してきたかどうか分かる。ただし、ディープラーニング一辺倒だと困る。工場を歩き回って、自動化するためにはどうすればいいか答えを言える人や、カメラを調整したことがある人、システムを組んだことがある人でないと。(ディープラーニング以外は)私は分かりませんと言われたら困る。会社に入れば、現場を経験できるので、基礎力のある人が必要だ」と、欲しい人材について具体的に語った。

 「ディープラーニングは簡単。理系で数学をやっていれば、基礎は分かる」と語った上で、今をインターネットの黎明期に例えたのがJDLA理事長の松尾氏だ。

 「インターネットが立ち上がったとき、当時HTMLファイルは誰も書けなかったので、ウェブページをつくれなかった。HTMLファイルを書けるだけで、いろいろなことができるようになった。1990年代後半にHTMLファイルを書けた人が今のインターネット産業の中心にいる。そういう意味でディープラーニングは非常に大きなテクノロジーの黎明期。今ならディープラーニングは簡単だし、取っつきやすい。学生ならあっという間にできるようになる」とディープラーニングの学習を呼びかけた。

ディープラーニングの自主講義、応募倍率は6倍

 では学びたいと思ったときに、「松尾研には定員があるのか? 入れる条件は?」と川上氏が尋ねた。

 松尾氏は「定員はある。学生が応募してきたら、上から順番に採る。ただ、できるだけ枠は設けないほうがいいと思ったので、2015年からディープラーニングの自主講義を始めた。最初は70人、次の年は190人、今は定員を360人にしたが、応募倍率は6倍だ。今年1月には社会人向けにオンライン講座を始めたが、150人の枠に1800人が応募した。そこで300人に枠を広げた。それでも6倍の倍率だ。(ディープラーニングを学びたい)需要が多く、供給が追いついていない。教えるキャパシティーを増やしたい」と答えた。

 尾形氏も「(ディープラーニングは)やればできる。きっかけをつくってあげることが必要だ。早稲田では、政経学部のほうがデータサイエンスに熱心だ。モチベーションのある学生にディープラーニングは使えるんだよと伝えたい。ディープラーニングで何をしたいかが重要になる」と応じた。

 川上氏は「企業が(AI研修を)やってくれると、加速化できる。企業がどうすれば、加速化できるのか」と、改めて松尾氏に問うた。松尾氏は「企業には、(ディープラーニングを活用して)もうけてほしい。(現状では)中国の勢いに負けてしまっている。顔画像認識も(日本企業が世界一だったが)世界一から脱落してしまった。医療画像認識も、日本には優れた医療機器メーカーがあるのに、遅い。もっと真剣にビジネスを大きくすることを考えてほしい。人材に投資すべきだし、中国の高校教科書は企業がつくっている。企業にはもうけてほしい」と、日本企業にエールを送った。

 川上氏は次いで、井﨑氏に海外企業のディープラーニング活用を尋ねた。

新卒でも年収3000万~4000万円

 「ディープラーニング人材は、海外でも逼迫している。米国シリコンバレーでは、新卒でも年収3000万~4000万円を得ている。米グーグルでは、ここ数年でディープラーニングのプロジェクトが社内に2000もある。逆に日本のお客さんに話すと、給与体系を変えないといけないと言う。(日本企業は)シリコンバレーやボストンに会社をつくって人材を採用しようとするが、初年度は年間400万円。(米企業に比べて)一桁違う。能力のある人には高給を出すべきだし、考え方を変えないといけない。そうしないと、差がどんどん開いていく。製造業に(ディープラーニングが)入ってこられると、日本の競争力が落ちていく、危機感を持たないと」と井﨑氏は答えた。

 学生はどう考えるのか、川上氏が早稲田大学の尾形氏に尋ねた。尾形氏は「(学生は)入社して研修4カ月は勘弁してほしい。(これでは)ディープラーニングの論文が読めない」と話しており、博士になれる実力があるので研究室に戻ってくる可能性もあると答えた。

 松尾氏は「松尾研でも(日本の)大企業に行って、1~2年でさっさと戻ってくる。『やっていられない。会社は自分の能力を使ってくれない』と学生は言う。研究の世界に入って、起業のチャンスを待っている」と実態を説明した。

 一方で関山氏は、「AIがらみで人が流動化している。新卒で優秀な人材が辞めていくなど、日々起きている。(学生や新入社員には)『うちの会社にはこれだけの現場がある。あなたはどこに行っても大丈夫ですか?』と尋ねている。『これしかできない』と言われても、困る」と、企業側の考えを説明した。

 佐藤氏は「今は、企業側に問題点がある。給与の問題もあるが、(AIに関しては)出島でやっている。安川電機も、(製造・産業用ロボット向けのAIソリューション開発などを手掛ける新会社)エイアイキューブをつくった。そこでAIをやる。私は『これはベンチャーではありません』と言った(笑)が、そういう気概が出てきたのではないか」と話した。

 ただし、岡田氏は「変わろうとしているが、相対的に数は少ない。12年に世界中の人がディープラーニングの論文を読めたのに、なぜ読まなかったのかということだ。読んでいれば、スタートラインが変わっていた。6年も遅れた。ディープラーニング以上に革命はこれから起きてくる」と、対応が遅い日本企業の現状を指摘した。

 学生が企業を見極めるポイントはどこにあるのか?──川上氏が岡田氏に質問すると、「ディープラーニングについて具体的に質問したらどうだろうか。社長なら投資額やリターンを聞いたり、(ディープラーニング活用について)なぜやらないのか、聞いたりしたらどうか。企業も学生の質問に答えるために勉強しなければならない」と答えた。

東大生は大企業に行かず、ベンチャーに行く

 この後、会場から質問を受けた。東京大学の先生が「最低限の数学とは何か?」と尋ねたところ、関山氏は「線形代数」と答えた。さらに「東大生は大企業に行かず、ベンチャーに行く。行きたくない学生にどうアピールするのか」という質問に対して、川上氏は「大企業にも問題がある。せっかく入っても研修があって辞めてしまう。いわゆる出島をつくるのが、大企業の打ち手の1つだ」と答えた。

 関山氏は「ディープラーニングがはやり言葉になっているが、工場でディープラーニングを使うかどうか判断できる人がいない。ディープラーニングがすべてではないが、いくらでどのくらいの期間でどんな効果があるのか話せるようにしたい」と指摘した。

 松尾氏は「ディープラーニングがいかにイノベーティブなのかという認識が甘い。コンセプトは簡単な関数を組み合わせるだけ。トランジスタは信号を増幅するだけだが、この言葉はなくならない。トランジスタは集積されて半導体になる。ディープラーニングは積み重ねることで脳になる。(今は)ディープラーニングの夜明けだから協会(JDLA)をつくった。強調したいのは、(ディープラーニングは)バズワードではない」とアピールした。

 岡田氏は「松尾先生のことを理解する人を増やしてほしいので、JDLAのG(ジェネラル)検定を受験していただく。受かったら、E(エンジニア)資格を受験し、会社が補助してほしい」と提案した。

 井﨑氏は「AI技術の不連続変化が起きており、急速な変化がこれから起きる。インターネットのときもそうだった。ディープラーニングを知らなかったら、取り残される。取り組む人にはエールを送る」とディープラーニング活用を勧めた。

医療AIパネルで、医者とAI研究者の壁が問題視

 全国大会の最終日、最後のセッションでは、AIの医療応用に関するパネル討論企画「人工知能の医療応用研究の現状と課題」が開催された。座長は、国立病院機構本部そごう研究センター診療情報分析部副部長の堀口裕正氏、パネリストは、奈良先端科学技術大学院大学ソーシャル・コンピューティング研究室特任准教授の荒牧英治氏、静岡大学情報学部行動情報学科准教授の狩野芳伸氏、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教の藤原幸一氏、北見工業大学工学部・工学研究科教授で保健管理センター長、社会医学系専門医・指導医の奥村貴史氏。パネルの冒頭で奥村氏が、問題提起を行った。

 「世界の時価総額ランキング(18年1月現在)を見ると、ほとんど上位は米国企業。しかも新興企業だ。10位以内には騰訊控股(テンセント)やアリババ集団など中国企業がいるというのに、日本企業でトップのトヨタ自動車ですら43位に入る程度。日本政府は5年でスタートアップ企業20社をつくるといっているが、どうなのか」と、奥村氏は指摘した。そのうえで奥村氏は「5年後は予測できない。13年、日本政府は成長戦略に関する文書を出しているが、この中にAIという言葉は入っていなかった」と日本政府の問題に言及した。

 さて、医療AIにおける問題について、奥村氏は研究開発投資の問題と薬事規制上の問題があると説明した。

 研究開発投資については、「現在主流の研究方法論との相性が良い画像診断系研究への豊富な予算配分に対して、依頼状やカルテ情報を対象とした自然言語処理への過小投資がある」と問題を指摘。日本の薬事規制上の問題については、「法改正により医療用ソフトウエア全体が規制対象になっている。医療用AIへの対応が模索されたが、業界団体と学術団体の代表として既存秩序との挑戦が中心だ。ソフトウエアの技術者が制度設計に関与できない」と問題を指摘した上で、「そもそも、日本の医療用ソフトウエアは国際競争力がほぼ皆無」とばっさり切り捨てた。

 パネルディスカッション全体を通して、さまざまな意見が出た。1つは、医者(MD)と情報系Ph.D.の垣根を取り払わなければならないという問題提起があった。また、医療データをよく理解しなければならないという指摘はもとより、誰もがアクセスできるビッグデータの解析はもはやレッドオーシャン、今後は専門家の知識が求められるスモールデータから新たな仮説を獲得することが重要になるという意見があり、印象に残った。スモールデータの解析には、対象についての物理的・生理学的知識を駆使することが求められる。現地現物で対象をしっかりと観察することがデータ解析の成否を決めるというものだ。

 「MDでないやつは人ではない」と考えるMDもおり、MDと情報系Ph.D.の間の溝は大きく、医療ビッグデータの活用が進まない大きな要因となっている。そのため、R&Dと医療現場を近づけるという意見や、医療と情報の両方を分かる人材の育成に投資すべきだという意見が出た。

 最終的には、人材育成に思い切って投資すべきだという意見に集約された印象だ。日本や日本企業は、あらゆる産業領域で、ディープラーニングをはじめとするAIを理解し、使いこなせる人材の育成が急務であると、改めて痛感した全国大会だった。

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