日経クロストレンドは創刊記念イベント「日経クロストレンド FORUM 2018」の初日となる2018年6月18日に、オムロン イノベーション推進本部SDTM推進室長の竹林一氏と、AI企業の米パロアルトインサイトCEOである石角友愛氏による対談「AI・IoTを新規事業の創造にどう生かすか」を実施した。竹林氏は、イノベーションの実現には「起承転結」の人材が必要だと説いた。

オムロンイノベーション推進本部SDTM推進室長の竹林一氏と、AI企業の米パロアルトインサイトCEOである石角友愛氏による対談「AI・IoTを新規事業の創造にどう生かすか」
オムロンイノベーション推進本部SDTM推進室長の竹林一氏と、AI企業の米パロアルトインサイトCEOである石角友愛氏による対談「AI・IoTを新規事業の創造にどう生かすか」

 AI(人工知能)やIoTを使って新規事業を立ち上げようと奮闘する企業は少なくない。だが、既存の人材や事業から新規事業を生むことは、簡単なことではない。

 「新しい価値をデザインする“人”を生まなくてはならない」。老舗の大企業ながら、AIやIoTを使った事業を積極的に進めているオムロンの竹林氏はこう語る。竹林氏はNTTドコモとオムロンでドコモ・ヘルスケア(東京・渋谷)を設立し、社長も務めた。パロアルトインサイトの石角氏は米グーグル出身。AIを使った事業デザインの手法や、新規事業の肝を解説した。

「顧客の困りごと、最新技術で解決する」

 オムロンは創業時から「顧客の困りごとを最新技術で解決する」ことを使命としてきた。1960~70年代には、交通渋滞緩和のために信号機を開発。改札を無人化するため自動改札機も開発した。「AIやIoTという言葉はなかったが、その時の最新技術を投入し、新しいことをしてきた」と竹林氏は振り返る。

 その姿勢は今も変わらない。心血管疾患を防ぐため、24時間装着できる時計型の血圧計を新たに開発したり、同社製センサーで取得したセンシングデータを外部企業と共有し、業種の壁を越えて流通させる試みをするなど、既存事業を拡張し、新たな取り組みを進めている。

オムロンの竹林氏
オムロンの竹林氏

新規事業に必要な「起承」の人材とは

 事業には「起承転結」それぞれの人材が必要だと竹林氏は話す。0を1にする「起」、1をN倍にする「承」、そしてオペレーションを担当する「転」「結」だ。

 竹林氏は、「起」「承」を忍者に、「転」「結」を武士に例える。「武士は失敗したら切腹だが、忍者は切腹が許されない。5人の忍者のうち4人が死んだとしても、最後の1人は必ず戻ってきて『このパターンがダメだった』とか『ここには敵が多かった』といった情報を持ち帰らなくてはいけない」。

 AIやIoTで市場が変化する中、新規事業を立ち上げ、ビジネスをデザインするのは「起」「承」の人材だが、大企業にはなかなかいない。「創業時は『起』『承』で立ち上がったはずだが、成功モデルができると『転』『結』を回し続けてしまう」(竹林氏)ためだ。

 大企業で新規事業を創造するには、組織体制から変える必要がある。「武士の文化で新規事業をやれと言われてもつらい。いったん『失敗しても切腹しなくていい』という世界に持ってきてトライアンドエラーするのが大事だ」(竹林氏)。オムロンの場合、「イノベーション推進本部」を新設し、「起」「承」のできる人材や風土の育成に注力している。また、普段は「転」「結」を担当する事業部が、新規事業の提案を受ける場も作っているという。

 米国など海外では、「起」「承」はベンチャー企業、「転」「結」は大企業と役割分担がはっきりしており、ベンチャーが新規事業を立ち上げ、大企業が買収し、ベンチャーはまた別の事業を創出する――というサイクルが回っている。日本企業は文化が異なるが、「自社なりの起承転結のイノベーションプロセスを作るのが重要だ」と竹林氏は説く。

「転んでもただでは起きない」ために

 「新商品は失敗する前提で始めた方がいい。転んでもただでは起きない、失敗を失敗で終わらせないマインドセットが大事」と石角氏は言う。例えば米アマゾン・ドット・コムのスマートフォン「Fire Phone」は大失敗に終わったが、Fire Phoneで最も使われていたアシスタント機能「Alexa」は、スマートスピーカー「Amazon Echo」に形を変えて大ヒットした。「いかに失敗を成功に変えるかだ」。

 失敗を成功に変えるためには、設計段階で「モジュール化」しておく必要があるという。「一枚岩のプロダクトは、技術や機能の一部だけを切り出して別製品にすることが困難。モジュール化していれば、一部の技術だけを取り出すのが容易で、開発言語に縛られない」ためだ。

AIで新規事業開発、「正しい質問」が肝

 石角氏は、AIを使った新規事業開発の要点も解説。「正解はないが、フェーズごとに正しい質問を投げかけることでリスクを回避できる」と話す。

パロアルトインサイトの石角氏
パロアルトインサイトの石角氏

 AI導入に当たって企業はまず、(1)どこから始めればいいか分からない、(2)ふわっとした仮説はあるが、どう商品化すればいいか分からない――といった課題にぶち当たる。(1)については、「自社の業界がAIによってどう変わっているか、新商品で需要や供給がどう変化するのかなど、マクロな視点を問いかける」ことが大事とし、(2)の解決には、どうデータを集め、どう検証し、何をもって結果が正しいと判断するかを自らに問いかけることが大切になるという。

 (1)と(2)をクリアすると次は、「新規事業部などで企画した事業を、各事業部に落とし込む際、なかなか理解されない」という問題が起きがちだ。それを解決するのが「プロトタイプ」だ。「プロトタイプは、共通言語で話すツールとして必要だ。2週間でプロトタイピングして事業部に見せることができれば人を巻き込める。2週間でプロトタイピングできない場合はやめたほうがいい」(石角氏)。

(写真/稲垣純也)