日本企業の勝ち目は?

 では、日本企業はどこで戦えばよいのか。「ディープラーニングとものづくり、ハードウエアの技術を組み合わせることが日本にとって大きなチャンス。労働集約的な産業に大きな変化がある」と松尾氏は話す。

 例えば、「収穫したトマトの品質をチェックする」「顧客の表情を見る」など、これまで熟練した職人やスタッフの経験が必要だった分野にディープラーニングを導入して機械化・省力化したり、収穫作業や調理、盛り付けといった作業の自動化に可能性があると展望。「産業ごとに非常に強いプレーヤー、支配者が出てくるだろう」と話す。

 ただ、この分野でも中国の成長はめざましく、米国も先行している。「日本はこのままだと米中に負けてしまう。新しい技術、人への投資をきちんとやらないといけない」

ディープラーニングでヒット曲を作れるか?

 講演の最後には、日経クロストレンドコメンテーターで、宇多田ヒカルさんの宣伝などを担当するソニー・ミュージックレーベルズ EPICレコードジャパン RIAオフィス部長の梶望氏が、音楽や創作のフィールドから、AIにまつわる素朴な疑問を松尾氏にぶつけた。

ソニー・ミュージックレーベルズ EPICレコードジャパン RIAオフィス部長の梶望氏
ソニー・ミュージックレーベルズ EPICレコードジャパン RIAオフィス部長の梶望氏

Spotifyなどサブスクリプション型音楽サービスでは、「眠るときに聴く音楽」「パーティで食欲を促進する音楽」などのプレイリストがよく再生され、隠れたヒットが生まれている。こうした「生理的欲求を支援できる音楽」は、近い将来AIで作れるのではないか?

AIは模倣ができ、「似た曲」を作ることができる。眠くなる音楽やヒット曲の例をたくさん集めると、それに似たものは作れるようになる。また、ユーザーの挙動を何らかの方法で観察できるようになれば、その挙動を目的に近づけるような曲を、いろいろなバリエーションから見つけ出すことができ、より創造に近いことが可能になるだろう。

若者に大ヒットしたある曲についてディレクターに聞いたら、「僕が夜な夜な『mixi』をチェックし、若者の言葉をつなげて歌詞を作った」と話していた。こうした作業は、AIで代替できるのではないか。

結構できると思う。歌詞は、意味が通っているかどうかより、言葉の響きやつながりが重視されると思うので、AIに向いている。ただ、高いレベルで、聴く人に情景を思い浮かべさせる詞を書くのはAIには難しいだろう。

短歌や俳句を詠むことはAIに可能か。

知能は、「2階部分」の言葉が「1階」のイメージを駆動するものだが、短歌や俳句はこれをハイコンテクストでやっている。文脈がかなり共有されていなくてはならないし、非常に細やかな感性や経験、思いが必要な世界なので難しい。もしそこまでできたら、AIによる意味理解は完成に近いだろう。

ソニーグループは、仏パリの研究機関と一緒に、アーティストの想像力を補完するような、AIの作曲支援システムを作ろうとしている。こうしたことは近い将来、可能になると考えていいか。

数が多かったりクオリティが不要だったりなど、(単価が)安いことならば可能になる。人の介在が必要なのは、より高付加価値な分野だ。例えば、AIによる医療診断は、発展途上国でも進むだろう。人間のお医者さんにかかるのは、より高付加価値になるだろう。

アーティストは普通の人とは違う感覚を持っている。平均と違う感覚をAI化していくのは難しいか?

どちらかというと、AIに普通の人の感覚を入れるほうが難しい。知能と生命で考えると、知能はある種の原理があり、簡単にできるはずだと思っているが、生命は、長い期間をかけた進化による作り込みでできているため、まねるのがすごく難しい。

知性はどうか。

知性が「人間社会に根ざした知的な行動」を意味しているなら、「人間社会に根ざした」という部分を作るのがすごく難しいかもしれない。

例えば「とんち」のようなものはどうか。「一休さん」で「屏風の虎」というとんちエピソードがある。屏風の虎を捕らえるのは、「知能」が高いと無理だが、「知性」が高い人はできると言える。

今のAIは、屏風の虎と普通の虎を見分けることはできるが、「これが屏風だ」とか「本物の虎だ」など、現実世界を認識する能力が決定的に欠けており、世界の捉え方がすごく一面的で偏っている。「普通じゃない見え方」をしているとも言え、ある面からするとクリエイティブとは言えるかもしれない。

(写真/新関 雅士、稲垣 純也)