米アドビシステムズのマイケル・クレイン氏は同社のイベント「Adobe Summit 2018」で、「ミレニアル世代の多くは実店舗に行きたがらない」と指摘。米百貨店のコールズやノードストロームが取り始めた新たな集客策を紹介した。
EC市場が、グローバル規模で成長を続けている。デジタルマーケティングの調査会社である米イーマーケターの予測によると、2015年に約1.7兆ドル(1ドル107円換算で181兆9000億円)だった同市場の取引額は、19年には3.5兆ドル(同374兆5000億円)に達する見込みだという。
実際、米アマゾン・ドット・コムのプライム会員サービスによる顧客囲い込みや、中国アリババ集団の「独身の日(11月11日)」キャンペーンなど、ECが小売市場に与える影響力は大きい。例えば、17年11月11日のアリババの取引額は、1500億元(1元17円換算で2兆5500億円)に達した。これは、アイスランドの国内総生産(GDP)を超える金額だ。
しかし、小売業の商取引額全体で見ると、ECが占める比率は、それほど高くない。イーマーケターが18年2月に公開した調査結果によると、17年の小売の取引額に占めるEC比率は、グローバルで平均10%だという。最も高かった国/地域は中国で22.7%、次いで英国が19.2%、3位が北米で9.0%、日本は7.3%だった。
最初にネットありきの購買行動
とはいえ、将来的にEC比率が下がることは考えにくい。米アドビシステムズが18年3月に開催したデジタルマーケティングに焦点を当てたコンファレンス「Adobe Summit 2018」で、小売業のトレンド変化について講演したアドビシステムズ小売 旅行 消費財分野の産業戦略ディレクターのマイケル・クレイン氏は、「EC市場を見る場合、世代による購買行動の違いに注目すべきだ。特にミレニアル世代の多くは実店舗に行きたがらない」と指摘する。
ミレニアル世代とは、1980年代から2000年代初頭に生まれた世代を指す。物心ついたときからインターネットに接している彼らは、その購買スタイルが「最初にネットありきだ」とクレイン氏は説明する。
イーマーケターが17年11月に公開した資料によると、同世代のインターネット利用者のうち、「実店舗に行く前にオンラインで製品に関する調査をする」という人は43.1%、「調査も購入もオンラインのみ」という人は19.4%、「調査も購入も実店舗のみ」という人は19.6%だった(図)。

実店舗に対する不満はさまざまだ。アドビシステムズが実施した調査によると、いちばん多かったのは「製品が比較できない」(71%)だった。以下、「レジに並ぶ必要がある」(66%)、「(近くの店舗に)商品がない」(65%)と続く(複数回答)。面白いのは、「パーソナライズされた特典や情報がない」という不満が65%に上ったことである。ECでは当たり前のように行われている「自分向けにカスタマイズされた情報やサービス」を、実店舗でも求めていることが浮き彫りになった。
クレイン氏は「もう1つ、実店舗で発生しているのは、製品情報量が顧客と従業員とで逆転していることだ。ミレニアル世代はオンラインで製品を調査してから店舗に行くので、豊富な情報を持っている。しかし、従業員はすべての製品に対して知識があるわけではなく、顧客からの質問に対応できないことも多い。十分な情報が得られず、自分に向けた特別なサービスや特典もない店舗に、彼らが足を向ける理由はない」と説明する。
返品やお直し無料で来店を促す
こうした状況下、小売企業はミレニアル世代やZ世代(1990年代後半~2000年生まれ)が実店舗に来店するような施策を講じている。注目すべきは、新たな形でのオンラインと実店舗の連携だ。単にオンラインでクーポンを発行し、来店を促す次元ではない。
例えば、米百貨店のコールズは、17年9月から「Amazon Echo」などのアマゾン製品を実店舗で販売している。また、同年10月からは、アマゾンで購入した製品の無料返品受付サービスを、全米82の店舗で開始した。アマゾンで購入した製品をコールズに持ち込めば、コールズ側が梱包し、送料無料でアマゾンに返品する。コールズの狙いは実店舗に足を運ぶ顧客の「ついで買い」だ。具体的な売り上げ金額の伸び率は公開していないものの、「間違いなく来客数は増加している」(クレイン氏)という。
同じく米百貨店のノードストロームは、14年に買収したオンライン・ファッション・サービスであるトランククラブで購入した洋服のお直しを、ノードストロームの店舗で「無償サービス」として実施している。
09年創業のトランククラブは、専任のスタイリストが、顧客の嗜好やスタイルにあった服や靴、ファッション小物を選択して「トランク(段ボール箱)」で発送するサービス。商品到着から5日間の試着期間があり、好みに合わない商品は返品できる。送料は無料だが、1つのトランクにつき25ドルの「スタイリスト料」がかかる。取り扱うアイテムは、ベーシックなオフィス用シャツが200ドル前後と決して安くない。
創業当初は、オシャレはしたいが服を選ぶ時間(とセンスに自信)がない男性を対象にしていたが、現在は女性向けトランクサービスも実施している。専任のスタイリストとは、チャットを通じて価格やアイテムの相談ができる。
ノードストロームの無償お直しサービスについてクレイン氏は、「トランククラブの顧客は、ノードストロームにとって魅力的なセグメントだ。200ドルのシャツや700ドルのパンツ(ズボン)を、現物を見ないで購入する『ハイエンド顧客セグメント』が店舗に来るインパクトは大きい。もともとノードストロームは、きめ細かな顧客サービスを強みとしていた百貨店であり、そのノウハウを活用したサービスができる」と説明する。
オンラインでは提供できない「プラスα」の付加価値が、ミレニアル世代にとってどこまで魅力的に映るのか。実店舗を持つ小売企業の試行錯誤は続くが、その結果が明らかになるのはもう少し先のようだ。