「アフターコロナで求められるのはパーパス経営です」――。そう語るのは台湾でセブン―イレブンやスターバックスを広め、「台湾の流通の父」とうたわれる徐重仁氏だ。1970年代、台湾にはまだなかった「流通」という概念を取り入れ、コンビニエンスストアを筆頭に数々の小売業を成功させた同氏が、今こそ日本に伝えたいビジネスのノウハウとは。
重仁塾 塾長
ちくま新書『台湾流通革命ーー流通の父・徐重仁に学ぶビジネスのヒント』(筑摩書房)が2022年7月7日に上梓(じょうし)された。同書は日経クロストレンドで20年2月から21年10月にわたって掲載された長期連載「台湾『流通の父』 徐重仁の教え」を基に、加筆・再構成してまとめられたものだ。
【関連記事】 台湾「流通の父」 徐重仁の教え徐氏は「流通」の概念すらなかった1980年代の台湾に、当時最先端の小売業だった「セブン―イレブン」を上陸させた。その後30年余りで、店舗数世界第3位、人口当たり同第1位となる約5000店舗を展開。加えて「無印良品」やドラッグストアなどの小売店、「スターバックス」「ミスタードーナツ」などの飲食店、百貨店・エステなどの流通サービス店、合計877店を開業した。それ以外にも、これらの店舗経営を行うBtoC(一般消費者向け)の事業会社や物流、IT、金融関連の BtoB(法人向け)企業を台湾で30社以上、海外を合わせれば50社近く誕生させ、一代で台湾最大の流通コングロマリットを築き上げた。
台湾流通界の重鎮でもある徐氏だが、彼自身は起業家でも生み出した企業のオーナーでもない。台湾の大手食品メーカーである統一企業の傘下にある、統一超商のいわば“サラリーマン社長”だった。そんな徐氏がなぜ「台湾の流通の父」になれたのか。本書は徐氏のイノベーターとしての発想法、何十人もの社長を生み出した人材育成術、サラリーマン社長としての志と矜持(きょうじ)などに迫っている。
刊行にあたり、徐氏と、著者で連載の執筆者でもある佐宮圭氏との対談を実施。4年余りの日本留学から現在に至るまで、日本と深い友情関係を結んできた徐氏が考える、日本のビジネスの未来や日台ビジネスの可能性などについて語ってもらった。
日本と台湾は良いビジネスパートナー
佐宮圭氏(以下、佐宮) ご自身の著書が日本で出版されることについて、どのような感想をお持ちですか。
徐重仁氏(以下、徐) この本の元となった「日経クロストレンド」の連載記事の取材は17回、のべ40時間ものインタビューを受けました。これほど長期的な取材は初めてで、自分の考えをしっかりと語ることができてうれしかった。
この本が、日本の企業の経営者や若い実業家たちとの交流のきっかけになれば本望です。日本人と台湾人はビジネスを進めていくうえで相性が良い。この本が両者をつなぐ懸け橋になってくれれば何よりです。
佐宮 なぜ日本人と台湾人は、ビジネスを進めていくうえで好相性なのでしょうか。
徐 日本人の多くの経営者は職人精神で仕事に一生懸命。もちろんそれは非常に良いことですが、事業を海外で展開する際にはあだになることもあります。国外では現地の人と経営理念を合わせたり、コミュニケーションを取ったりする柔軟さが必要です。日本人は真面目すぎる性格が故に、日本国内で培ったやり方を海外でもそのまま踏襲する傾向にあります。
一方、台湾人はアイデアが豊富で機転が利くうえ、性格も非常に穏やか。現地の人や環境にも溶け込みやすい。日本人の高い技術と台湾人の適応力を兼ね備えれば、世界各国のマーケットに進出できると思います。日本と台湾はライフスタイルも似通っていて親交も深い。今の台湾ではコンサルティング業務をはじめとする分野で、多くの日本人が働いています。今後よりグローバル化が進んでいく中で、どんどん世界に進出してもらいたいですね。
佐宮 徐さんが中国へ事業を展開したのは1990年でした。大陸に進出してから事業を拡大するまでの過程を教えてください。
徐 90年代の台中関係は今のように緊迫しているわけではなく、むしろ良好でした。中国政府は台湾の企業に対して、免税をはじめとした優遇制度を敷いていました。しかも当時の中国は商業が発展しておらず、統一超商が進出するチャンスでした。
昔ながらの酒屋や市場がコンビニやスーパーに移り変わっていく流れは、どこの国も同じです。台湾での知見を生かし、中国でのフランチャイズ展開は成功しました。2011年8月時点ですが、スターバックスが215店舗、セブン―イレブンが78店舗など、飲食や小売の事業を広げていきました。
佐宮 現在は台中関係も緊迫し、当時とは状況も変わっています。中国に進出している台湾企業の現状はいかがですか。
徐 例えばスーパーマーケットの「UNI MART」は中国政府の資本が入っているため、この先どうなるか不透明です。これまで中国から撤退した台湾企業はたくさんありますが、こうした経験からマーケットを拡大するうえで忘れてはいけないことがあります。それは「マーケットの規模に惑わされない」こと。確かに中国市場は魅力的ですが、常にリスクをシミュレーションすべきです。いったん進み始めたら元には戻れないので、あまり焦らずに自分たちが管理できる範囲で拡大することが大切です。
佐宮 リスクをシミュレーションするとは具体的にどういうことでしょうか。
徐 私が意識しているのが「Focus and selection(フォーカス・アンド・セレクション)」。つまり進出する範囲を絞り、集中的に展開することです。海外に進出する場合、最初は都市部に絞って集中的に出店します。いきなり全土に広げても物流、調達、人員、経営管理などはうまくいきません。品ぞろえやサービスの提供では、必ずその国や地域の文化や習慣、市場のニーズや人々の暮らしに合わせた現地化(ローカライズ)が必要です。特に中小企業がグローバルな活動に取り組む際には、この考え方がより重要になっていきます。
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