ITベンチャーを起業しながら、なんと北海道に牧場をつくってしまった“変人”がいる。酪農・畜産向けIoTソリューションを提供するファームノート(北海道帯広市)を創業した小林晋也氏だ。現在は、ファームノートホールディングス(同)の代表を務める小林氏に、牧場を運営する理由を聞くと、DX(デジタルトランスフォーメーション)の勘所が見えてきた。
ファームノートホールディングス代表
ファームノートデーリィプラットフォーム代表
──ソフトウエア開発やシステム構築を行うIT企業を創業するなど、IT畑にいた中でなぜ酪農業界に飛び込んだのでしょうか?
小林晋也氏(以下、小林) そもそも酪農に興味を持ったのは、スカイアークというソフトウエア開発の会社を起業して8年ほどたった頃に、とある酪農家から連絡をいただいたことがきっかけです。
当時、売り上げは横ばいで、会社を大きくしたいのになかなか思うようにいかず、行き詰まっていました。そんな時に、「IT化が極端に遅れている酪農業界を何とかしてほしい」と声を掛けられました。調べてみると、グローバルで牛は約14億頭おり、マーケットも極めて大きいことが分かりました。
さらに、実際に現場に行くと、圧倒的にデジタル化、効率化が遅れている状況を目の当たりにしました。いまだに膨大な紙の資料があり、アナログの考え方が当然という環境。ここならば、ビジネスチャンスはあると感じました。
さっそくIT化ツールのプロトタイプをつくりましたが、結局その酪農家は買ってくれなかったんです。でも、せっかく開発したのにもったいないと思って知り合いに紹介してもらった酪農家を回ったら、「絶対にやるべきだ」と後押しをされてファームノートを創業しました。
──ツールをつくる側からなぜ、自分たちで牧場を運営することに至ったのですか?
小林 実は、4、5年ほど前から構想はしていたんです。ただ、株主にそれを話すと「何を言っているんだ」と反対の意見が出かねない。だから、機が熟すまでずっと隠していたんです(笑)。
「なぜ牧場を?」とよく聞かれますが、決定的な理由や出来事があったわけではありません。徐々にその考えが醸成してきたというのが正直なところです。
それまでベンダーとして事業を行ってきて、限界があるなという思いをずっと持っていました。ソフトウエアベンダーは、“リアル”な現場を持っていません。我々が何をしたらPL(損益計算書)にどう影響するのか、どんなに言葉で説明をしたところで本当のところは分からないというのが実感です。
逆に、生産者などのリアル側の現場では、ソフトウエアの知識や知見が不足しているケースがほとんど。ITを活用してオペレーションをどのように最適化すべきか、といった考えが深まっていないのが現状です。
これはどっちの視点も持たなければだめだなと思いました。生産者になれば、リアル側の人と同じ目線で話ができるようになります。そういう考えが原動力になって、牧場を経営しようという熱意が徐々に高まってきたのだと思います。
──自社牧場は、酪農のDX(デジタルトランスフォーメーション)を徹底的に追求しているとのことですが、具体的にはどういったものですか?
小林 現在は、作業効率の高い牛舎の設計から、ロボットの導入による自動化、疾病予防、繁殖改善まで、様々な技術を高次に組み合わせています。具体的には、牛舎内に多数のカメラを設置したのに加え、ウエアラブルセンサーを牛に取り付け、データを集積し、可視化して解析。分析結果はスタッフで共有し、誰もが発情や疾病兆候といった牛の状態変化を瞬時に発見できます。健康状況によっては、獣医師などの専門家のアドバイスを遠隔からすみやかに受けることもできます。
従来は目視によって牛の健康状態を確認していましたが、自動化することで効率が高まり、生産性も飛躍的に高まります。さらに、自動搾乳ロボットの導入により、安定した搾乳が可能になりました。今では、従業員1人当たりの生産性は約2.5~3倍にアップ。従来の半分以下の人数で牧場の管理ができるようになりました。
その結果、開始から僅か1年で収益がしっかり出るようになりました。始める前は、短期間で利益を出せるわけがないと言われていましたが、“素人”が牧場を始めて1年たたずに収益ベースに乗せてしまった。うちのシステムを利用すれば、新規就農も比較的簡単になることを証明できたわけです。収益が出ることが分かったので、2022年中までにさらに牧場を2カ所増やそうと計画しています。
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