チョコレート菓子「ブラックサンダー」でおなじみの有楽製菓(東京都小平市)の河合辰信社長と、「お客様の心に向き合う」をテーマにマーケターとして活動中のかげこうじ事務所(東京・新宿)の鹿毛康司氏による対談の後編では、マーケティングでは日常的に行われている消費者調査が持つ意味を議論する。
<前編はこちら>
鹿毛氏は著書『「心」が分かるとモノが売れる』(※クリックすると外部サイトにアクセスします)の中で、調査で顧客の「心」を理解するのは限界があると記している。調査は顧客の心を知る糸口にすぎず、それだけでインサイトの発見はできないと言い切る。
これに河合社長も同調する。かつて、消費者の意見をうのみにして、売れない商品をつくった苦い経験もあるという。マーケティング調査はどのように使うべきだろうか。
鹿毛康司氏(以下、鹿毛):コロナ禍でブラックサンダーの売り上げは上がりましたか?
河合辰信氏(以下、河合):上がりましたね。
鹿毛:今回、なぜ河合社長と対談したかったかというと「不要不急」の企業だからです。なくたって生きていけるし、チョコレートは他にも大手企業がある。でも、会社がなくなったらみんな寂しがる。そこがすごいわけです。有楽製菓は、多分なくなったら寂しい会社ランキングのトップ10に入りますよ(笑)。(明治のスナック菓子)「カール」が(東日本での販売を停止して店頭から)なくなったことと似ています。
不要不急なものは我慢しなければいけない。そうした空気の中、目の前にあるのがブラックサンダー。これなら怒られないということで、売り上げが増えたのではないかと思います。
河合:僕もコロナ禍になって、やたら日本酒やウイスキーをネット通販で買うようになりました。外に出て食事できないので、そのはけ口を探している。買うことで、満足している感覚があります。
鹿毛:ご自身でも気づいていないかもしれませんが、ブラックサンダーは面白いことをやろうというだけではなくて、きちんと人のインサイトを突いている。
僕は本人も分からない人の心を、どうやったら探せるのか研究してきました。お客様に聞いても駄目、だとすると自分に聞く必要があります。ですが、普段、自分は心の中に蓋をしています。それを「心のパンツ」と呼んでいます。チョコレートを食べているときに、買った理由を「おいしい」「安い」と考えるのは心のパンツをはいているからです。その心の奥を見たときに、他の人にも同じ周波数が流れていることに気づきました。こうして、自分の心と相談するという考えにたどり着いたのです。
表層的な意見をうのみにした商品は売れない

河合:人の思いは個人ごとに違っていて、調査などで共通点は見いだせますが、それを平均化しようとすると、とても平凡な話になってしまうことがあります。個人ごとに話を聞いて、エッセンスや共通点を抜き出すのはいいことですが、たくさんの量を聞いて、その中から一番多い意見を抽出しようとすると完全に濁ったものになってしまいます。
例えば、アンケートや消費者インタビューでも潜在意識の部分は言葉にしにくい。どんな味を食べたいか尋ねると「抹茶味」「いちご味」といった答えが返ってきますが、それをうのみにして商品を発売しても売れない。そうするうちにアンケートやインタビューは表層的に書いている、しゃべっているということがだんだん分かってきました。
鹿毛:アンケートの結果を見て、どこか違うと違和感を覚えていた。そのことに気づいたのは最近ですか?
河合:違うなと思いながらも、具体的にどうすればいいかという答えが出てこなかった時期が長かったかもしれないです。でも調査をしないと、とっかかりがないという思いがありました。
鹿毛:振り返って役に立ったと思える調査はありますか。
河合:この調査が役に立ったという実感はないですね。でも調査しないと見えないこともあります。ただし、ソースの1つ程度と考えなければいけません。ゼロよりはあったほうがいい。少し先が見えるようになり、進む方向がなんとなくつかめる感覚はあります。調査結果を取っ掛かりに、しっかりと考えていけばいいかなという印象です。
鹿毛:でも、調査が100%正しいと思っている人がいます。
河合:(11年に)マーケティング部をつくった当初はそうだったかもしれないです。
鹿毛:その当時の自分に言い聞かせるなら、何とアドバイスしますか。
河合:データに答えはないよと伝えたいです。向き合うのはお客様の心だし、自分の心。それから、どうやったらお客様が喜ぶか、それをずっと考えてくださいと言うと思います。
結局、最後は安くておいしくて毎日食べられるものを菓子に求めていると最近は思います。つい、手を替え品を替え(商品を出し)たくなりますが、日常的に食べてもらうには、すごくベーシックな味のおいしいもの。さらにコストパフォーマンスが良ければ買ってくれる。お客様が欲しい菓子はスタンダードなので、それを前提に物を考えてほしいと部下には伝えています。
鹿毛:社員にそれを伝えると、それだと競合製品と差別化できないと言われませんか? 差別化をどう定義しますか?
河合:そうですね。物だけで考えるから、そういう発想になります。「お菓子はコミュニケーションツール」が持論です。モノとしての価値だけではなく、パッケージ、デザイン、プロモーション、サービスを含めて提供している価値です。モノだけを見ると似通ってしまうかもしれませんが、トータルで見れば差別化できるはずです。
モノにこだわると心の差別化を忘れてしまう
鹿毛:まさしく、多くの人が言っているのはモノの話です。そこにお客様がいません。心の差別化がない。本当は心の中で差別化されてもいいはずです。モノの差別化にこだわり、お客様の心から離れてしまう人がいる。そういう場合はどう軌道修正しますか。
河合:よくそういう話になりますが「自分だったらそれは本当に欲しいのか?」と問いかけます。すると、「確かに1回は買うかもしれませんが、2回目はないかもしれない」と腹落ちすることは多いです。自分だったらどうかというのは一番分かりやすい、自分のことなら分かるはずです。
鹿毛:マーケティング調査は真っ暗な中で、薄暗く先を照らす明かりのようなもの。ないと困りますが、それで道が見えるわけではありません。それには人の心を見て、パッケージ、プロモーション、味をひっくるめて1つの商品価値。食べるだけが商品ではない。マーケティング調査をして、それを額面通りに受けとっていたら、あのようなプロモーションアイデアは出てこないはずです。本当は最初から気付いていたのではないですか。
河合:おぼろげながら、最初から感じていました。確固たる思いになったのはこの数年です。ブラックサンダーにお客様が求めているのは、バレンタインならパッケージに「義理」と書くような、面白さなのではないかと話しています。
一緒に遊ぼうよという感じですね。ブラックサンダーというブランドを軸に食べるのはそうだし、お菓子をあげるコミュニケーション、パッケージが面白ければ共有する。自分ならどういうパッケージにするか考えてもらうとか、大喜利に近いかもしれません。
ここ最近は自分が食べたいなとか、何回も買いたくなるよな、という感覚で開発商品を決めています。コンセプト調査とかもあまりしません。売れるかどうかも事前の調査はしません。実際に商品がないと分からないので、まず小ロットでつくってテスト販売してみる。面白いと思ったらすぐ形にしてしまう。出すまではドキドキしますが、この1年は思い通りに売れるようになってきました。
鹿毛:それがお客様と周波数が合ったということなんですよね。マーケティングって、調査とか手法とか勉強したら誰だってできます。データを基にニーズがこうだからという議論をしがちですが、データから見つけ出すだけならAI(人工知能)にやらせればいい。でもAIは人を口説けませんから。
(写真/山田 愼二)
いちばん謎なのはじぶんである。
いちばん親しいのはじぶんである。
だったら、じぶんと語りあおう。
糸井重里
消臭剤「消臭力」で知られるエステー。同社は独自視点の広告クリエイティブや消費者コミュニケーションで、CM好感度ランキングで何度も上位にランクインしてきた。エステーの広告宣伝費は、競合の大手企業に比べておよそ10分の1。にもかかわらず、成果を出し続けられるのはなぜなのか。その秘密は顧客のインサイト、すなわち「心」の理解力にある。
人間の嗜好や行動は5%の顕在意識と、95%の潜在意識によって成り立っていると言われる。人は自分が商品を買った理由の大半を自分でも説明できない。こうした潜在意識は、既に確立された「4P理論」「STP分析」といったマーケティングのフレームワークではたどり着けないと著者は言い切る。顧客の深層心理を理解し、本人も気付いていない心に響くコミュニケーションの実現がエステーの広告の訴求力につながっている。
そうした、「心」に寄り添うエステーのコミュニケーションをけん引してきたのが、名物宣伝部長として、顧客からも愛される著者の鹿毛康司氏だ。本書には鹿毛氏がこれまでのマーケティング活動で培ってきた、顧客の「心」に触れるためのノウハウを余すことなく詰め込んだ。