チョコレート菓子「ブラックサンダー」で知られる有楽製菓(東京都小平市)は、ユニークなプロモーションを展開する企業として知られる。2021年のバレンタインデーにはECサイトで下駄箱や煮干しを販売した。有楽製菓がそうしたプロモーションを実施するのは、単に面白さを追求しているからだけではない。顧客の「心」、すなわちインサイトを見つけていたからだ。

 有楽製菓はなぜ、顧客の心をつかめるのか。今回、その秘密に迫るのは「お客様の心に向き合う」をテーマにマーケターとして活動する、かげこうじ事務所(東京・新宿)の鹿毛康司氏だ。鹿毛氏はエステーの宣伝部長として、数々のヒットCMを生み出してきた。その活動の中で、お客様本人でさえ気付いていない「心」に触れる方法を見つけ出した。ビッグデータやマーケティング調査ではたどり着けないインサイト。それを見つけ出す方法を著書『「心」が分かるとモノが売れる』(※クリックすると外部サイトにアクセスします)に記している。

 その鹿毛氏が、有楽製菓の河合辰信社長との対談で、ブラックサンダーがなぜ人の「心」を動かすマーケティングを実施できているのかを解き明かす。

有楽製菓(東京都小平市)の河合辰信社長(左)、かげこうじ事務所(東京・新宿)の鹿毛康司氏(右)
有楽製菓(東京都小平市)の河合辰信社長(左)、かげこうじ事務所(東京・新宿)の鹿毛康司氏(右)

鹿毛康司氏(以下、鹿毛):最近はどんなマーケティング施策に取り組んでいますか。

河合辰信氏(以下、河合):2021年4月から「ブラックサンダー アンバサダープログラム」を始めました。まだ募集を開始したばかりですが、公式Twitterアカウントでアンバサダーを募集して、そこから徐々に人が増えていっている段階です。お題に対してハッシュタグを付けてツイートしたり、友達を紹介したりするとポイントがたまってシルバー、ゴールドとランクが上がります。今はまだ、ブラックサンダーのフレームを付けた写真を投稿できる程度の機能しかありませんが、今後アンバサダー向けに特別な商品や、新商品の先行販売を実施していきたいと思っています。

鹿毛:そのアンバサダープログラムは何が目的ですか? 顧客との絆づくりですか?

河合:企業だけで情報を発信していても、情報が届く範囲が限られてきました。自分たちだけで届けられる範囲は限界があるので、情報を発信したい人に自分なりの解釈でブラックサンダーを使ってもらって、周囲の人たちに情報を届けていくことを目指したいです。ただ、活用というと失礼に当たるかもしれませんが、参加者とのやり取りはまだ悩んでいます。

鹿毛:著書『「心」が分かるとモノが売れる』にも書きましたが、「縦の時代は終焉(しゅうえん)」を迎えました。昔は広報を中心にプレスリリースの内容を一生懸命、一字一句決めて、マスコミと友好関係をつくり、取材してもらって情報を出してきました。ですが、今はそれより横の話のほうがお客様は信用する。

 企業側は嘘をついているわけではないのに、企業が出している情報はバイアスがかかっているのではないかという印象が広がり、横のつながりが重要という時代になった。だとすると、企業側が一方的に情報を出して多くの人にリーチするより、横の情報のほうが価値がある。その場合に「リーチ重視」の昔の話になっていませんか。そもそもブラックサンダーが売れたきっかけは何でしたか。

河合:ブラックサンダーが特に売れたのは約15年前です。体操選手の内村航平さんがブラックサンダー好きを公言したことで、火がついて売れ始めました。その頃は広告などの宣伝活動はやっておらず、口コミが売れるきっかけになりました。

鹿毛:ブラックサンダーのすごいところは、横のつながりから今のブランドの在り方が始まっているところにあります。あれ、“ブラックサンデー”でしたっけ?

河合:いえ、ブラックサンダーです(笑)。鹿毛さんにはいつもそうやっていじってもらっていますが、実は21年6月に商品名をもじった「ブラックサンデー」を実際に発売することになりました。パフェを参考にした商品で、名前はギャグのようですが中身はきちんと作っています。

鹿毛:それは面白いですね。ブラックサンダーのすごいところは存在感があるところです。言うならば「クラスにいる変なやつ」。不思議な存在だけど、みんなに愛されている。そんな、おいしいポジションを取っていますよね。ちなみに貴社の社員は何人ぐらいになりましたか?

河合:400人ほどになりました。

ブラックサンダー好きが社員数以上に集まったと捉える

鹿毛:アンバサダーの数は社員数を超えていませんか? これをリーチと捉えると少ない。でも、もしかしたら社員よりもブラックサンダーのことを好きかもしれない人が、社員数以上に集まったとも考えられますよね。そうなると、いっそアンバサダーではなくて、ゴールドランクを超えたら“社員”にしてしまえばいい。例えば、ブラックサンダー社員のように。

河合:ブラックサンダー課の平社員からスタートですね。

鹿毛:僕は「エステー特命宣伝部」という、お客様の集まりをつくっています。会員になって、面白いことがあったら遊びましょうというテーマです。普通、テレビCMの放送開始日は企業秘密ですが、特命宣伝部員には事前にお知らせします。その際、これはオープンな話ではありませんと断りを入れると、誰もTwitterには書きません。宣伝部員は仲間であって、リーチ先でもアンバサダーでもありません。

 そして放送開始と同時に公開会議という名目で、今度はCM中の「忘れられない」というフレーズをテーマに、特命宣伝部員にエピソードをツイートしてもらいました。何が起きたと思いますか。ツイートの総インプレッション数は1800万を超えました。広告費に換算するとおよそ1億円です。社員がそこまで頑張りますか? これが横のつながりの力です。
 

河合:そうですね、いいアイデアをいただきました。でも当社のアンバサダープログラムも商品アイデアを出してもらうといったことは、考えていません。それは、あまり意味がないことだと思っています。

鹿毛:景品をあげると、そういう人ばかりきてしまうのであまりやらないほうがいいです。リツイート(で抽選プレゼント)キャンペーンをやっても景品が欲しい人しか集まりません。

河合:(アンバサダープログラムの支援会社からは)あげるのであれば、ブラックサンダーのファンでなければうれしくない物をプレゼントしたほうがいいとアドバイスを受けています。

「ファン」という言葉が上から目線な理由

鹿毛:我々は宣伝部員をファンとは言いません。ファンというのは上から目線だからです。アンバサダープログラムのような施策を「ファンベースドマーケティング」と一般的には呼びますが、僕は「ファンと呼ばないファンべースドマーケティング」と言っています。

 エステー宣伝部時代に、もともとTwitterのフォロワーで西川貴教さんのファンだった花子(通称)という子が入社して宣伝部に部下として加わってくれました。彼女に「ファンベースドマーケティング」をやろうと提案したら、「ファンと呼ぶのは上から目線です。上でも下でもなく仲間です」と怒られました。

河合:ブラックサンダーでも上からだとは一切思っていません。集まってくれた人たちに、自分たちが考えた面白いものを共有していく感覚なんですよね。

鹿毛:内村選手がブラックサンダー好きを公言したことで、人気に火がつきました。売り上げ上がった後は、あの手この手でブランドを維持してきましたよね。特に面白かった企画はありますか?

河合:一番反応が良かったのはバレンタインデーの企画で、13年に始めてから毎年、面白いことやろうと取り組んできました。(そうしてアップデートしてきた)ですので、21年が一番面白かったと自負しています。テーマは「バレンタインをもっと自由に」ということで、ECサイトで商品を販売しましたが、物としてはチョコレートではなく下駄箱を売りました。あとはマネキン、それからルーペ、それから煮干しも売りました。

有楽製菓はなぜ下駄箱をバレンタインに売ったのか

鹿毛:下駄箱って売れたんですか?

河合:売れました。21年のテーマはバレンタインを自由にでしたが、さかのぼると13年からキャンペーンのテーマは長らく「義理チョコ」でした。昔はバレンタインは恐怖ではあるけど、もしかしたら下駄箱にチョコレートが入っているかもしれないという「わくわく」を味わえるイベントだったはずです。ですが、時代が変わり義理チョコを義務的にあげないといけない、返さないといけない、義理チョコって嫌だなという人が増えてきています。

 そこで、チョコレートはもう売らなくていいのではないかという話になりました。下駄箱には一応ブラックサンダーを付けましたが、なんならチョコを売らなくてもいいよねという発想です。煮干しを売ったのは2月14日が煮干しの日だったからです。これも結構売れました。

鹿毛:これは間違いなくインサイトを突いている企画です。バレンタインは人間の心理を突いていて、もらえないと男として失格だとか、友達がいないとか、そういう恐怖がありますが、それを優しく包んでくれるのがブラックサンダーでした。ところが義務化という意識が世の中に芽生える中で、チョコレートをあげるのではなく、新しい発想で恐怖とわくわくを行ったり来たりするインサイトを突いたわけです。バレンタインを商品インサイトから、イベントインサイトにした。そのときになくなったのはチョコレートだった。他の会社ではやれないことですよね。部下なら来年は大変だと思う。

河合:既に来年の企画について話し始めていますが、来年は何を売ったらいいかという考えになりがちです。ですから、「そういうことではないからね」というふうにくぎを刺しています。あれだけ議論したのにインサイトを忘れてしまう。

鹿毛:インサイトを忘れて、前年主義になってしまうことは起こりがちです。(博報堂ケトル取締役の)嶋浩一郎さんは書店を回っているときに、店員が「なぜこれが芥川龍之介賞(に選ばれた)なのか、僕なら別のものを売るのに」と言っていて、文学賞に対してポジティブではなかったことに気付いた。そこに彼が気付いていない「店員が本を選びたい」というインサイトを発見しました。

 この本人も気付いていないインサイトに対して、全国の書店員が一番売りたい本を選ぶ「本屋大賞」を企画しました。インサイトを解決する装置が企画です。この成功を受け、表面だけをなぞった賞が相次いで生まれましたが、インサイトを無視しているから全部失敗しました。そこを河合さんは分かっている。

河合:バレンタインにチョコレート以外を売ることが目的ではなくて、本当は楽しかったはずなのに、バレンタインがネガティブな認識になっている。そこで、わくわく感や楽しさを発信していく、そのことを絶対にずらしてはいけないと言っています。

(写真/山田 愼二)

いちばん謎なのはじぶんである。
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だったら、じぶんと語りあおう。

糸井重里

 消臭剤「消臭力」で知られるエステー。同社は独自視点の広告クリエイティブや消費者コミュニケーションで、CM好感度ランキングで何度も上位にランクインしてきた。エステーの広告宣伝費は、競合の大手企業に比べておよそ10分の1。にもかかわらず、成果を出し続けられるのはなぜなのか。その秘密は顧客のインサイト、すなわち「心」の理解力にある。

 人間の嗜好や行動は5%の顕在意識と、95%の潜在意識によって成り立っているといわれる。人は自分が商品を買った理由の大半を自分でも説明できない。こうした潜在意識は、既に確立された「4P理論」「STP分析」といったマーケティングのフレームワークではたどり着けないと著者は言い切る。顧客の深層心理を理解し、本人も気付いていない心に響くコミュニケーションの実現がエステーの広告の訴求力につながっている。

 そうした、「心」に寄り添うエステーのコミュニケーションをけん引してきたのが、名物宣伝部長として、顧客からも愛される著者の鹿毛康司氏だ。本書には鹿毛氏がこれまでのマーケティング活動で培ってきた、顧客の「心」に触れるためのノウハウを余すことなく詰め込んだ。

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