深層心理に働きかける「フック」

 テーマを決め、メロディーをつくった後に、「深層心理に働きかける言葉を歌詞に入れる」というさだ氏。つまり、聴き手の心に強く残る言葉「フック」を残すのだという。引っかかりがあればこっちを振り向いてもらえる。

 「風に立つライオン」でいえば「僕たちの国は大切なところで道を間違えたようですね」がフックだ。“ケニアにいる医師がかつての恋人に宛てた手紙の中”という全体の歌詞の流れからは関係のない言葉である。1988年の発表当時は「なぜこの歌詞が出てくるのか」と質問攻めにあった。

 「長年いろいろなことが起きて、様々な出来事の中であの歌を歌い、聴き続けてきた人には腑(ふ)に落ちる言葉になっている」(さだ氏)。何かのミスが積み重なって現代がある。でもそのミスが重なった現代の中に、良いものもきちんと残っている。そんな「搾りかすみたいなものが文化になって残っていくのを見ている」状態。それをぜひ感じてほしいと、フックを残した。

 ぜひともこれは感じてほしいという「違和感のある言葉」をそっと置いておく。それが「アユの友釣りのように聴き手の心に引っかかってくれる」(さだ氏)。何がさだまさしファンの共感を呼ぶのかを理解している。「ファンの一番の共感部分は、知らないことをちょっと教えてくれたり、読めない字を読ませてくれたり、知らない環境や心象風景をポンと見せてくれたり、思いがけない親近感で『え? それ私のこと?』と思わせてくれたりする言葉の出入りの面白さ」。そして、「こうなのではないか、と推理することが好き」だそうだ。

コロナ禍の中、コンサートに来た新しい客

 なぜこんなにファンを理解しているのか。さだ氏は、多いときで年間187回、現在でも年間80回(コロナ禍の2020年を除く)のコンサートを全国各地で開催してきた。「(僕が)精いっぱいやって、観客には納得してもらって、笑顔で帰ってほしい。また次のコンサートに来てくれたということは、1つの答えになるから、コンサートは非常に大きな現場」。現場でファンの反応を感じることが次の新しい曲づくりへの原動力になる。そして新しい曲を真っ先に披露するのもこの現場だ。

 現場で重要視しているのも共感だ。「エンターテインメントは単に自分の主張を伝えるだけでなく、共感を持ってもらい、一緒に楽しむことができなければ成立しない」(さだ氏)。だから面白くて笑えるようなトークが多め。「口を開けて笑った3分後に歌に共感して泣いている。そして歌が終わったら、何事もなかったかのように口を開けて笑っているファンが結構多い」という。ダメな自分、実物大の自分を見せて、自分は普通のオジサンなのだと身近に感じてほしい。半面、歌は違う世界だからプロとしてきちんとやらせてもらう。両面を知ってもらうのがさだ氏のコンサートだ。

 コンサートで毎回ファンに聞くことがある。「さだまさしのコンサートに初めて来た人は?」と、手を挙げてもらったり拍手してもらったりするのだ。いつもは3~5割が新規顧客。ところが20年は、新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発令され、9カ月間コンサートができなかった。久々に満席になった福岡県久留米市のコンサートで質問すると8割が新しい客で驚いたという。

 理由を聞いて膝が折れた。「チケットが取りやすかったから」。いつもは取ろうと思っても取れないのだそうだ。だがコロナ禍で行こうにも行けない人が多く、チケットがギリギリまであったという。

 「新型コロナのおかげで、新しい客が開拓された。これも天の配剤かなと思いました。インスタグラムを見ると母親に言われて嫌々付いてきたが、すっかりはまったという投稿があってうれしかった」(さだ氏)

 そんな「いちげんさん」とも言える10代の若者に、21年4月21日に発売されたセルフカバーアルバムをぜひ聴いてほしいとさだ氏は語る。アルバムには、46年前の「無縁坂」から12年前の「いのちの理由」まで14曲が収録されている。全てドラマの主題歌やCMソングだ。

4月21日に発売されたセルフカバーアルバム「さだ丼」
4月21日に発売されたセルフカバーアルバム「さだ丼」

老舗が出す丼の味

 「さだ丼」は、1973(昭和48)年創業の老舗店“さだまさし”の看板メニューをイメージして付けたネーミングだという。希少でおいしい人気の具材がほかほかの新米の上に並べられている。老舗は「何も変えなければ絶対ダメになっていく」(さだ氏)。今回のアルバムは、さだまさしという老舗の味のどこが変わったか、変わっていないかを聴いてもらうための挑戦だ。

 10代の人に聴いてほしい理由は「今、自分をごまかそうとしている君、ちょっと違うよねと気づいてほしい。今の時代でいう正義と、本当に自分が心の中で思っていることとちょっとズレがあるということにも気づいてほしい」と言う。青春時代に感じる違和感こそ大切だ。ないがしろにせず、自分の本当の思いを突き詰めてほしい。60代のさだ氏の世代は、中島敦や梶井基次郎、あるいは夏目漱石や芥川龍之介を読んでそのズレに気づいてきた。こうした文化的な下地の上に曲を聴くと、より心に響くため「曲があとに続く」(さだ氏)という。自分の歌が若者たちの何かのきっかけになればと願う。

 さだ氏が歌の大きなテーマとして扱っているのは、「命」「時間」「心」だ。「どれも自分の意思では自由にならないもの。ぼーっと過ごすか一生懸命に過ごすか時間は使い方によっては平等ではない。また、心は自分のものだから自由になるかというと一番自由にならない」。これらの“正三角形”を大きなテーマに選び、家族、夫婦、親子、恋人、友達同士などの「ラブソング」にしていく。どの角度から見ても「ラブソング」でなければさだまさしの歌ではない。

 アルバム最後の収録曲「いのちの理由」には「しあわせになるために誰もが生きているんだよ/悲しみの海の向こうから喜びが満ちてくるように」と歌詞が並ぶ。東日本大震災の被害者の方々が一番喜んでくれたのがこの歌だという。

 被災者の方々からは、ひどい目に遭っても海を恨んでいないというすごみを感じた。「『悔しいし悲しいし憎いところがあっても、海が好き』ということを教わると、人の心は、いっときの恨みつらみではない部分で、何か確固たる愛というものがいつの間にか根付いている」(さだ氏)

 動くはずのない愛を皆が持っている。あとは、そこへたどり着くためのステップさえ用意してあげればいい。歌を聞きながら、どんな季節でどんな花が咲いて何の匂いがしたのか、そのときどんな表情だったのか。体感温度を加え、まるでそこにいるかのような風景や物語を見えるようにするのが、さだ氏の歌づくりだ。

 21年4月10日に69歳になったさだまさし氏。「老い先短いと結論が早くなりますよ」と笑う。だから言いたいことを優先して、腹をくくって歌を書く。「伝わらなきゃつくる意味がない」。これからもっといい歌をつくりたいと話す。

 変化の時代の下、人の心を動かすさだ氏の歌づくりの極意が今、マーケティングを展開する際の言葉選びにも通じる時代になりつつあるかもしれない。

(写真提供/まさし)